黄泉収獲祭

※作中にある猫耳のお話は「仮面武装会」、コスプレは「仮装行為」です。


 どんな姿でも、
 貴方だったら。


 俺は悩んでいた。
 そりゃもう盛大に。
 隊務をサボり倒し、滅多に使わない脳味噌をフル回転させて考えている。
 広間でのこのような姿をあの鬼に見つかれば、雷が落ちるに違いない。
 けれど、そうならない自信はあった。
 土方さんは十日程前から、副長室に缶詰状態で、来月に予定されている捕り物の計画を立てているのだ。
 食事も珈琲も煙草も、必要なものはすべて山崎や鉄が部屋に運び入れているから、風呂と厠の時くらいでなければ出て来ない。
 俺は普段の行いの良さから、副長室には出入り禁止を申し渡されていて、面白くないのだけれど。
 ちょっと、つまらないのだけど。
 でも、ほんの少しだけだし。
 兎も有れ、土方さんがそういう状態なので、俺は俺の悩みに没頭できる。
 明日は十月三十一日。
 ハロウィンだ。
 どうしても失敗できない。
 この数年、色々なコトを試して土方さんを貶めようとした。
 しかし、猫耳やコスプレはすべて裏目に出てしまい、俺は土方さんにぺろりと食べられてしまっている。
 今年は絶対、負けられない。
 自分の身の安全を確保しながら、尚且つ土方さんを遣り込められる方法はないか紙に書き出してみたが、どれもいまいちパンチに欠けていた。
 あの人を、叩きのめしたい場合には、此方もそれ相応の覚悟が必要だ。
 三日を費やし、己も一緒に鎖で繋がれることによって、やっと監禁して遊ぶことができたくらいなのだから。
 今でもあの時の土方さんの表情や言葉は鮮明に思い出せる。
 『黙れ』
 そう何度も繰り返して、チューパットを飲ませようとしていた。
 『死ぬことは許さん』
 屯所の連中は当たり前だけれど、俺にまで勝手に死ぬなと怒っていた。
 果ては鎖で繋がったまま、パイプをへし折り、助けようとしてくれた。
 クソ。
 カッコイイじゃねぇか、土方の分際で。
 「沖田さん、顔赤いですけど…風邪ですか?」
 「……ッ!?」
 角卓に頬杖をついて、うっとりと思い出に浸っていた俺の顔を、山崎が覗き込んでいた。
 すぐさまぶん殴り、慌てて無表情を敷き詰めたけれど、遅かったらしい。
 「何かイイコトでもあったんですか? それとも思い出し笑いですか?」
 「煩ェ! ザキなんだから地味にしてろィ!」
 詰られながらも山崎は、俺にお茶を淹れてくれた。
 さらに、切り分けた羊羹がのった小皿を二人分並べているので、広間に居座る心算のようだ。
 「随分と熱心に書いてましたね」
 その言葉に、リストアップしたハロウィンの罠を知られてしまうと思って、慌てて散乱している紙を掻き集めた。
 山崎は湯呑みをゆっくりと口に運んだ後、柔らかく微笑んだ。
 「すみません、さっき後ろから見ちゃいました」
 「土方の野郎にチクったら…どうなるか解ってンだろうなァ?」
 ぎらりと睨みつけてやれば、鯉口を切るまでもなく「言いません、言いませんって!」とぶるぶる震え出したので、まずコイツから漏れることはないだろう。
 それにしても、ハロウィンに仕掛ける悪戯が思いつかないのは、俺にとっては一大事だ。
 溜息をひとつ吐いて、お茶を飲む。
 先程脳裏に浮かんだ監禁した折の土方さんの姿がちらちらと過ぎって離れず、集中しようと思っても上手くいかない。
 ああいうのを、もう一度見たい。
 ん?
 あれ?
 だったら、ソレをやればいいんじゃないのか?
 幸い、此処には山崎がいる。
 「ザキ、ゾンビメイクしろィ」
 「はい?」
 「俺にゾンビメイクしろっつってんでィ」
 「えええええ!?」
 俺の向かいに座っている山崎が、羊羹を吹き出す勢いで叫んだ。
 だが、勿論、拒否権など与えない。

 ハロウィン当日は幸いにも夜半から午前中までの勤務だったので、昼過ぎからはたっぷりと時間があった。
 夜に合わせて、ゾンビメイクを施すように脅迫、もとい依頼をした俺は、自室の押し入れを漁る。
 土方さんを監禁した時に使った鎖付きの首輪を、行李から取り出した。
 至る所に傷や亀裂が入っており、それらがあの時の土方さんの迫力を思い出させ、背筋をぞわりと快楽が這い上がる。
 深緑色の首輪は、あまり自分では弄るコトのない下半身への、オカズになりそうな勢いだった。
 コレを再び着けるなんざ、考えもしなかったが、保管しておいたのは正解だ。
 その後、俺は土方さんを一度撃沈させるため、極短時間だけ効果を発揮する睡眠薬の調合に取り掛かった。
 仕事の虫に薬を盛るのは簡単だ。
 冷蔵庫に鎮座している土方さんのマヨを、薬入りのモノにすり替えるだけで、奴は眠り込んでしまうに違いない。
 卵の殻や酢、油などが散らかった文机の上、出来上がったマヨをじっくり観察する。
 美味しくなるようにと、隠し味に和辛子を入れた俺ってスゴイ。
 きっと飯に満足して、上手いコト昏倒するだろう。
 目覚めた時こそが、俺の狙いで、野郎の終わりだ。
 と、襖がぽすぽすとノックされる。
 応えを返すと、ゾンビメイクをするために山崎が大きな鞄を持って入って来た。
 「まだ早くねェ?」
 「沖田さんが求めるクオリティにしようと思ったら、このくらいから始めないと」
 そういうものなのか。
 向かい合うようにして座った山崎が、器用に俺の前髪を後ろへ撫でつけて数本のピンで留める。
 「ゾンビメイクって言っても、色々ありますよ?」
 「あー…。顔はそんな凄くなくてもイイんだけど、首周りを…この辺り、こう、バッサリ斬った感じで頼まァ」
 首の右側を、人差し指でとんとんと突付きながら、着物の衿をぐいと引いた。
 「なんでそんなに具体的なんですか?」
 「…企業秘密」
 「やっぱり副長絡みなんですか…」
 ふう、と大袈裟に溜息を吐く山崎を、殴ってやろうかとも思ったが、それではゾンビメイクが成功しない。
 山崎が鞄から赤いジェルや血糊、黒っぽい粉の詰まったケースなどを取り出して、並べていくのをじっと見る。
 「まずは顔色悪くして、目の周りはこの黒いシャドウ入れちゃいますね」
 化粧の何たるかがまったく解らない俺は、こくりと頷くしかない。
 顔から首筋、手首から指先までに、ぱたぱたと白っぽい粉を叩かれて、巨大な筆のようなものでぽんぽんと目元に色を乗せられる。
 血糊は兎も角、赤いジェルは何に使うのか不思議に思っていると、俺の疑問を察したらしい山崎が、手を休めることなく説明してくれた。
 「傷のメイクは、こういうジェルを使うと生々しくなるんです」
 「…結局、お前もノリノリじゃね?」
 「だって俺、この十日間、一度も休み貰ってないんで」
 成程。
 妙に協力的な理由が判った。
 俺が指定した首の傷も、慎重にジェルや色を重ねて本物と見紛うばかりの仕上がりになる。
 「此処を斬った傷だとしたら、顔にも血糊散らした方がいいですね」
 右の頬に筆がちょんちょんと当たる感触がして擽ったい。
 そうして完成した自分の姿を鏡で見た俺は、これなら今年は必ず勝てると思った。
 隊服をボロボロにしてしまうと、土方さんだけでなく近藤さんにも怒られる可能性があるので、そこは我慢して着替える。
 着崩しておけばそれっぽくなるし、首の傷もよく見える筈だ。
 「え? 衣装は隊服なんですか?」
 化粧品を片付けながら、山崎が不思議そうな顔をする。
 「おう、正々堂々勝負だせィ。だから」
 「いつも通り、副長の部屋の周辺は封鎖、ですね」
 「野郎の悲鳴が響き渡っても、近藤さんや他の隊士にゃハロウィンだっつっといて」
 鞄を抱えて出ていこうとする山崎に、睡眠薬入りのマヨを渡して、土方さんが口に入れたら連絡するように頼んだ。
 縁側を見ると、山崎の読み通り、既に外は暗くなり始めている。
 今日は夕食抜きになってしまうが、あの土方さんの顔がまた見られるのだと思ったら、別に苦にはならなかった。

 座布団をふたつに折って枕にして寝転がり、その時を待つ。
 眠ってしまう心配などはしていない。
 こんなに興奮しているのに、眠れる訳がないのだから。
 傍らに置いた首輪をつうっと指でなぞっては、背中がぞくぞくするのを繰り返し楽しんでいた。
 午後十時になろうかという頃、畳の上に放り出してあった携帯電話が短く震える。
 がばりと身を起こして確認すると、待ち侘びた山崎からのメールで、本文には『副長が食事を終えました』とあった。
 そこからゆっくり千までカウントしてから、深緑色の首輪をそっと両手で包む。
 土方さんの部屋の前までは、足音も気配も消して近づいた。
 いつになく静かに襖を引くと、あのマヨの所為で、文机に突っ伏して眠っている土方さんがいる。
 仕事はしていても、勤務時間外だから紫黒色の着流し姿だ。
 静かで規則正しい呼吸の音。
 俺は自分に首輪を装着し、片方は態と解錠した状態にして、土方さんの左手に握らせた。
 これで、この人は、自分が首輪を外すことを、俺の命よりも優先したと思い込むだろう。
 それから俺は起こさないよう、細心の注意を払いながら、土方さんの膝の上にそっと頭をのせて横になった。
 少し左を向いて、傷が見えるようにすることも忘れない。
 目を閉じ、じっと動かずに、時計の秒針がカチコチと時を刻む音だけを聞いていた。
 どのくらいそうしていただろうか。
 「…う……」
 微かな呻き声が頭の上で漏れたのを聞いて、俺の体は一気に緊張を帯び、心臓がどくどくと音を立て始めた。
 この人が起きたら、どんな顔をするのか。
 今度は、どんな言葉をくれるのだろうか。
 「…ん? そうご…?」
 俺の名を紡いだと同時に、土方さんの喉がひゅうっと鳴った。
 ごとりと音を立てて畳に落ちたのは、握らせていた首輪だろう。
 しかし、背筋を上ってくる快感にどっぷり浸かることはできなかった。
 思ってもいなかった強い力で、土方さんが俺の二の腕を掴んだからだ。
 「総悟…総悟ッ!」
 力任せにがくがく揺さぶるものだから、かなり痛い。
 「総悟、オイ! 何だよコレ! 何なんだよ!」
 痛いのだけれど。
 「待ってくれ。嘘だろ…総悟! 総悟、起きろ!」
 何より胸に刺さったのは、土方さんの悲痛な声だった。
 「目ぇ開けてくれ! 頼むから!」
 俺を抱える逞しい腕は小刻みに震えていて、同じように震えている指先が偽物の傷を辿る。
 ぎゅうっと抱き締められ、広い胸に頭を押しつけるようにされた瞬間、土方さんが嗚咽を必死に堪えているのが伝わってきた。
 死んだフリをしていなければならないことも忘れて、まるでそうするのが本能みたいに土方さんを抱き返す。
 土方さんを笑い飛ばして、気持ちよくなるんだと、思っていたのに。
 こんな風に痛くなるなんて。
 僅かな俺の動きにも、土方さんは可哀想なくらいに反応した。
 「総悟…総悟、しっかりしろ!」
 この人は、もしかして、そろそろ、本格的に泣き出すんじゃないだろうか。
 「…ひ、ひじ、かた、さん…」
 種明かしをしようと思い、土方さんを呼んでみたが、予想外に弱々しい声が出てしまった。
 だって、ただ驚かせようと思ったのに、監禁した時のような土方さんが見たかっただけなのに、土方さんはこんなに悲しんで泣きそうになっている。
 「大丈夫だからな! 今医者を…」
 完全にパニックに陥っている土方さんの唇に、ちゅうっと吸いついた。
 幼かった頃、近藤さんや姉上にしてもらったように、土方さんの背中をぽんぽんと叩く。
 「…そうご?」
 「土方さん、ごめ、ごめんなせェ…俺…」
 いつもなら出てこない謝罪の言葉も、気づいた時にはするりと口から零れ落ちた。
 最大級の落雷は覚悟していたし、引っ叩かれても仕方ないとは思う。
 でも、土方さんは長く息を吐き出して下を向くと、俺を抱いたまま動かなくなってしまった。
 流石に心配になって手を伸ばし、そろりと土方さんの頬に触れてみる。
 「ひじかたさん」
 「…よかった。本当に、よかった…」
 死んでなくてと、掠れた声で繰り返される度に、心臓がきゅうっと絞め付けられて苦しくなる。
 俺の方が、先に泣いてしまいそうだった。
 柔らかく口吻けられて、その温かさに耐え切れず、ぽろりと零れてしまった雫を、土方さんの指が優しく拭ってくれる。
 「泣くくれぇなら、やるんじゃねぇよ」
 「だって、ハロウィンだったンでさぁ…」
 「お前、やっていいコトと悪いコト、解ってンの?」
 安堵と怒りが混ざった青鈍色の瞳が真っ直ぐに向けられて俺を責め立てるけれど、土方さんの顔色は依然として悪かった。
 せめて温度を与えられないかと、青白い頬に両手を当ててみる。
 「その血色の悪さは化粧か?」
 「へィ…。でも残念ながら、アンタの顔の方が酷いコトになってやす」
 「傷も化粧なのか?」
 覇気のない声で呟いて、土方さんが俺の首筋へ手を伸ばしてきた。
 「ザキにしてもらいやした」
 怒られるのなら巻き込んでしまおうと、山崎の名前を挙げたのに、土方さんには興味がなかったらしい。
 傷の辺りを指が何度も往復し、時折脈を確かめるように押し当てられた。
 「土方さん、あの」
 「…こういうのだけは、もう、止めてくれ」
 その台詞は息と共に吐き出されて、声にはなっていない。
 少し乱しておいた俺の隊服のシャツの襟元、鎖骨の辺りに頬を擦り寄せられた。
 「そうご」
 小さな声で名前を呼びながら、今度は額を肩口にぐりぐり押しつける。
 重たそうな前髪が、ぐしゃぐしゃになるのも構わないようだ。
 俺の背中に回った土方さんの両手は、隊服の上から肩甲骨や背骨を撫でているが、手つきはまったく色っぽいモノではなくて、ただ俺の輪郭を確かめるために動いた。
 「そうご」
 「俺、ちゃんと生きてやすから」
 「そうご」
 「ええと…大丈夫ですかィ…?」
 寝起きに俺の死体を見るのが、そんなに怖かったのか。
 相変わらずすりすりと、デカイ図体を俺に寄せている。
 そんな土方さんを見ていたら、何故かムズムズ――…いや、ムラムラしてきた。
 おかしい。
 そもそも俺は恐怖に慄き、絶叫しながらも、恥ずかしい台詞をぶっ放すだろう土方さんを想像していたのに。
 ソレを期待して、あの監禁の高揚感を、もう一度味わえると興奮していたのに。
 「コレ、取ってくれよ」
 囁いて、俺の首に嵌まっている深緑色の首輪を伏し目がちに見つめるこの人が悪い。
 俺は首輪を外しながら、俯いてしまった土方さんの顔を下から覗き込んで、口吻けた。
 唇を抉じ開けて、舌を突っ込むなんざ、俺からするのは滅多にないような気がする。
 しかし、よく考えればこの悪戯を仕掛けると決めた時には、俺は既にある意味昂っていたのだから、こんな甘ったれの土方さんに欲を覚えても仕方ない。
 てっきり土方さんはエロ魔人に豹変するかと思ったのに、俺の口吻けに反応してくれなかった。
 余計、煽られる。
 土方さんの唇や舌を吸ったり舐めたり噛んだり、只管ちゅうちゅう貪っていたら、相手が無反応にも拘らず、体が熱くなってきた。
 「は…っ。ん、んん」
 一度息を吸おうと思って顔を離し、すぐに再び口をくっつけた俺を、漸く土方さんが引き剥がして、青鈍色の瞳を眇めつつ見る。
 そうして徐に俺の股間をぎゅうと掴んだ。
 「や、あッ!」
 「…おめぇ、なんで勃ってンの? 何処にそんな要素あったンだ?」
 「だって…ん、うあっ」
 隊服の上からやわやわと触れられ、其処がどんどん硬くなっていくのは、いくら自分で止めようと思っても止められるものではない。
 「ちょ、やめ、土方さ…」
 制止したのは自分なのに、腰は大きな手のひらに擦りつけるように動いてしまって、説得力の欠片もなかった。
 「…やっ。放せクソ土方!」
 ソノ気もないのに弄りまくる不埒な手を、なけなしの根性で払う。
 「てめぇが悪ぃとは、思わねぇのか?」
 「う…」
 「無理矢理されても、仕方ねぇンじゃねぇの?」
 言葉はこれからの行為を連想させるものだったが、土方さんの声は冷めていた。
 「する気なんざ、ねぇクセに…ってか、こんなんじゃ無理ですよねィ」
 自分の現在の姿を思い出して、いくらこの人が若干変態だとしても、ゾンビメイクを落とさなければコトに及べはしないと推し量る。
 土方さんには死体に興奮する趣味などないし、寧ろ、お化けや幽霊は大嫌いだ。
 「どうせ、ゾンビな俺なんかじゃ、勃たねェでしょ?」
 「お前なぁ」
 「へ? え…うわッ!」
 いきなり体を仰向けに倒され、そのまま圧し掛かられて、混乱した
 近づいてきた顔から、逃れようとしたが、顎を掴まれていて叶わない。
 俺の唇へ、ちゅっと軽く口吻けた土方さんは、まだ無愛想だった。
 「目、瞑るなよ?」
 「…はい?」
 空いている方の手で俺のベルトのバックルを器用に外しながら、悪趣味な要求を出す土方さんをきょとんと見つめていると、舌打ちされる。
 「死んでるみてぇで、嫌だろうが」
 「そんなに頑張らなくてもイイんじゃねェですかィ…?」
 「コレ、一人ですンのか?」
 下着越しにぐいぐい中心を揉まれて息が詰まった。
 一体、何処で土方さんにスイッチが入ってしまったのか。
 「アンタのスイッチが解らねェ」
 「…今の自分じゃ俺が勃たねぇとか、可愛いコト抜かすからだろ」
 馬鹿じゃねェのって、叫ぶ心算だったのに、絶妙のタイミングで唇を重ねられて叶わない。
 「んん、うー!」
 先程まで俺が施していた口吻けなど、まるで飯事だと言わんばかりの勢いだ。
 拒絶する間もなく入り込んだ、土方さんの熱い舌が、俺の口の中を思う様犯していく。
 「ん、んん! んう…」
 無様にも声を駄々漏らして、目の前の男にしがみつくことしかできなかった。
 ぴちゃ、と卑猥な音を立てながら、土方さんの舌が出て行くのを、つい追い掛けてしまって、顔が熱くなる。
 「なんか、複雑だな」
 「何がです?」
 「顔色は死体なのによ…表情がサカりまくってンの、お前」
 スイッチが入ったとは言え、やっぱり嫌なんだろう。
 もう始末に負えないくらい追い立てられていたけれど、どう見たってゾンビなのだし。
 視線を逸らして、どうにか体の暴走が止められないか試みる。
 数を数えるといいと聞いたことがあったので、畳の目をひとつ、ふたつと数えてみた。
 「我慢すんな」
 「だって、俺、ゾンビだから――…あっ!」
 下着の中に差し入られた大きな手が、中心に触れて、加わった直接的な刺激に喉元が反る。
 この人は、俺だけ何とかしてやろうと思っているのかもしれない。
 根っこの所では優しいし。
 でも、こんな状態になっていては、ただ達するだけでは物足りなくて、土方さんが欲しくなる。
 不本意なのに交わるなんて、可能かもしれないけれど、俺は嫌だ。
 「無理なら、シなくて、いいです…っ」
 「誰が無理してこんなコトすんだよ、阿呆」
 「でも、アンタ」
 言い募るのを遮ったのは、深く長い口吻けだった。
 唇を重ね、舌を絡ませ、その最中にも土方さんの手は器用にシャツの間から忍び込んで、脇腹を撫でたり突起を弄ったりを繰り返す。
 「ん…んあ、はあ…っ」
 快楽を体の外へ逃がして冷静になろうと、息を吐く度に余計な声が零れてしまうのが恥ずかしい。
 「や…。無理ならシねェで…」
 適当に扱われるのだけは我慢ならなかった。
 そんなのは、嫌だ。
 「シたくねェなら、シねェでくだせ…っ」
 懸命に拒んでいたら、土方さんが「馬鹿餓鬼」と笑う気配がして、俺の中心を握り込んだ手をゆるゆると動かし始める。
 「なん…で? ヤなんでしょ? あ、あっ。ヤ!」
 浅ましくも先走りが溢れ、土方さんの手が動く度にぬちゃぬちゃと音が鳴った。
 居た堪れなくて顔を逸らした俺の耳元に、優しい声が降ってくる。
 「別に、嫌じゃねぇよ」
 「ヤ…。ん、うあっ。ヤだって、土方さん!」
 「嫌じゃねぇだろ」
 まだ納得できなくて、駄々を捏ねていた俺の後ろを、ベトベトになった土方さんの長い指が突付いた。
 「ひあっ」
 指が挿入って来ないように全身に力を込める。
 それまで俺の耳や首を唇であやしていた土方さんが、顔を離して俺の顔を覗き込んだ。
 頼まれた通り、俺は目を開いていたから、ばっちり視線が絡んでしまう。
 土方さんは俺の腰に、自分の腰を押しつけて、ソレの硬さを教えてきた。
 「ゾンビの俺で、そんななっちまうの? アンタ」
 「お前だからな」
 恥ずかしげもなく言い放たれて、俺の方がしどろもどろになる。
 「ヤだ…」
 「だから嫌じゃねぇっての、俺もお前も。オラ、力抜け」
 擽るように軽く撫でられたり、浅く指先を入れては抜く動作を繰り返されてしまうと、我慢が限界になった。
 意図していないのに、腰が揺れて、奥へ誘うように後ろがひくりと蠢く。
 俺の力が抜けたのを見逃すことなく、土方さんがぐっと指を差し入れた。
 「…んんっ」
 的確に俺の好きな所へ触れたり、焦らすようにソコを避けたり、時間を掛けてナカを掻き回されれば、体はぐずぐずになる。
 三本まで増やされた指が、ばらばらに動かされると、勝手に腰が跳ねてしまった。
 ひっきりなしに喘がされて、どうしてこんなに感じているのかと恐ろしくなってから、今日はまだ一度も達していないことに行き当たる。
 「なぁ、総悟」
 「う、ああっ。ん!」
 返事をしようにも土方さんの手が止まらないので、意味を持った言葉が出てこなかった。
 閉じることを禁じられている目を、土方さんの方へ向けて応じる。
 「俺は、お前だったら、どんな姿でも構わねぇ」
 言葉と共に、ぐうっと前立腺を押されて、俺は堪え切れずに悲鳴を上げた。
 この人は、本当に恥ずかしいコトばかり言う。
 尤も、その恥ずかしい言葉で喜んでしまう俺も、どうかしているとは思うけれど。
 ずるりと指を引き抜いて、土方さんが自分の帯を落とし、着流しの前を開いた。
 浅く早い呼吸を繰り返してばかりの俺の足を広げ、覆い被さって、熱く硬いモノをひたりと宛がう。
 無意識に、こくん、と唾液を飲み込んでしまい、自分が期待していると解って嫌気が差した。
 けれど、死体の顔をした俺に土方さんが欲情したのは、やっぱり嬉しかったので仕方ない。
 一気に貫かれるだろうから、衝撃で目を瞑らないようにと思い、こっそり呼吸を整える。
 ところが、土方さんは先端だけを埋め込んで、すぐに腰を引いてしまった。
 「ひじ、かたさ…?」
 「ハロウィンっつったよな?」
 「へ?」
 ぱちぱちと目を瞬いて、獰猛な色気を孕んだ土方さんを見る俺の背中に、嫌な汗が伝う。
 こういう時、土方さんは碌なコトを言い出さない。
 「菓子と悪戯のどっちがイイのかと思って。俺には悪戯一択だったけどよ」
 「な…っ! アンタはもう悪戯の範疇超えたコトしてまさァ!」
 「其処の引き出しン中に菓子は用意してあンだよ。どっちがイイ?」
 この男は、本当に鬼じゃないのか。
 一度も吐き出していない俺は、実はかなり切羽詰まっている。
 それを、挿れる寸前でこの仕打ち。
 思い返せば、以前のハロウィンでも言わされた気がする。
 きゅっと唇を噛み締めてはみたが、長引けば泣きながら強請る羽目になるのは明白だ。
 そんなコトになるくらいなら、と、情欲に濡れた青鈍色の目を見つめたまま、口を開く。
 「菓子よりアンタを寄越しなせェ…」
 「声が震えてなきゃ完璧だったが、まあ、お前にしちゃ上出来か」
 「クソひじか――…あ、うあああ!」
 ずしんと奥まで挿れられて、悪態を吐く心算だったのに、嫌になる程甘ったるい声を零してしまう。
 「息しろ。あと、目」
 「アンタが…急に…挿れるからッ」
 「くれっつったのお前じゃねぇか。オイ、目」
 反射的に閉じてしまった目を、土方さんがそっと指でなぞって、開くようにと促す。
 もう片方の手は、挿入の弾みで俺が達さないように、痛いくらいに張り詰めているモノの根元を押さえ込んでいた。
 何とか目を開けてみれば、馴染んだと判断したらしく、すぐに緩く腰を動かされて、堪らない。
 「あっ。ヤ、手ェ放し…」
 「放したら、すぐ、イっちまうだろ」
 睨みつけても効果はなくて、土方さんはとても楽しそうに俺を揺さぶりまくった。

 指一本すら、動かしたくない。
 それくらい酷い疲労に体を支配され、俺はその場に転がっていた。
 布団を敷かないまま激しく交わった所為で、体中がぎしぎしと痛む。
 「大丈夫か?」
 土方さんが気遣ってくれればくれる程、イライラが募った。
 だって、この男がこの事態を引き起こしているのだし。
 「アンタ、何回ヤれば気が済むんですかィ」
 「あ? えー…っと…?」
 「数えなくてイイでさ!」
 ばんばんナカに出しやがって。
 今からゾンビメイクを落とさないとならないのにどうしてくれるんだ。
 「土方さん、風呂連れてって」
 殆ど腰が抜けているので、自力で浴場に辿り着く自信がない。
 土方さんは煙草を吸いながら、そんな俺に追い打ちを掛けるような台詞を吐いた。
 「おめぇ、顔どうすンだ? そりゃ普通の石鹸じゃ落ちねぇぞ?」
 「は!?」
 「化粧道具使ったンなら、専用のでなけりゃ落とせねぇよ」
 なんだって?
 どうしよう。
 そんなモノ、俺は持っていない。
 「山崎に借りればイイんじゃね?」
 「アンタね、今の俺がザキなんか呼んだら…こんな、こんな…」
 「あー。ヤってたのはバレるわな」
 情事の痕跡をだらだら垂れ流して、他人と顔を合わせられる程、俺は図太くはなかった。
 多分、土方さんも解っているのに…解っているから、意地悪をする。
 「俺が電話してやろうか?」
 「いりやせん!」
 土方さんから電話が行って、山崎がこの部屋に化粧を落とすためのブツを届けてくれたとしても、俺は姿を見られたくないし、そうすると受け取るのが土方さんになってしまって、結局コトが露見してしまう。
 いくら山崎が俺たちの関係を知っているとは言っても「ヤるコト済ませて風呂に行くので化粧落としを貸してください」なんざ御免被る。
 何とか身形を整えて、自分で借りに行くのが、一番被害が少ない気がした。
 脱がされた隊服を身に着けるべく、のろのろと動いてみると、受け入れていた場所から太腿へと名残が伝って、憤死しかける。
 「もう諦めろ。俺が借りてきてやるから」
 「……ッ」
 悔しくて涙目になっている俺をそのままに、着流しを纏った土方さんが襖を開けた。
 「あァ?」
 訝しがる声が上がったので、部屋の入口を見遣り、既に固まっている土方さんと同じく、俺も凍りつく。
 襖を開けた先、部屋のすぐ前には、ちょこんとチューブと瓶が置かれていた。
 ちらりとしか見えなかったが、チューブと瓶には『肌に優しい洗顔料』や『すっきり落とせるクレンジング』などの文字が入っている。
 鬼の低い声が「山崎切腹」と呪文のように繰り返すのを聞いて、ソレらが俺の化粧を落とすためのモノで、山崎が置いたのだと解った。
 土方さんの恥ずかしい台詞の数々は兎も角として、俺の声とか色々な音とか、聞こえてしまったんじゃないだろうか。
 今なら羞恥で死ねそうだ。
 ばたりと畳に倒れ込んで唸り続けていると、チューブと瓶を片手に持った土方さんが、もう片方の手を俺の体に回して肩へ担ぎ上げた。
 「ちょ、な…っ。土方さん!?」
 「風呂行くンだろ?」
 「待って、待ってくだせェ! 腹ァ圧迫されると…んう!」
 「気合い入れて締めとけ」
 「こんのクソ野郎!」
 下ろしてくれる気配がないので、土方さんの出したモノが流れ出ないように必死に力を入れる。
 浴場までの道のりが果てしなく遠く感じられた。

 『清掃中』の札を掛けて人払いをした浴場で、俺はまたも裸に剥かれ、洗い場でへたり込んでいた。
 一刻も早くすべてを洗い流したいのに、土方さんはチューブと瓶の使用方法を馬鹿丁寧に読んでいる。
 できれば、ナカを先に何とかしたいのだけれど、土方さんは俺をゾンビから人間に戻すことを優先させたいらしい。
 やがて大きな手が瓶の中の液体を俺の顔に塗りつけ、軽くマッサージするように動き出す。
 一度シャワーで流されてから、今度はチューブの中身を泡立てて、再び顔を洗われた。
 首筋や両手にも同じことをして、漸く一息吐いた所で、土方さんに鏡を見るように言われる。
 洗い場に設置されている四角い鏡を覗くと、すっかりいつも通りになった俺の顔があった。
 「やっと、見られる面になったな」
 「あの…アンタは湯に浸かるなり何なりして…あっち向いててくだせェよ」
 後始末をしようにも、土方さんの視線が突き刺さって気になる。
 意識がない時などに始末してもらうことは珍しくないが、今は自分でできるのだから、してもらおうとは思わない。
 寧ろ、そんなコトされたら、どうにかなってしまう。
 なのに、現実は甘くなかった。
 「お前、何言ってンだ? あんだけのコトして仕置きがないとでも思ってたのか?」
 「…へ? アンタこそ、何言って」
 言いかけた俺の体を軽々と持ち上げて、土方さんは自分の膝の上に乗せて、背中から抱き締めるようにする。
 とても、嫌な予感が、した。
 土方さんはいきなり、がばりと俺の足を開かせ、今の今まで頑張って力を入れ続けてきた場所を撫でてきた。
 「鏡見ろよ」
 素直に鏡を見遣った俺は馬鹿だ。
 とんでもない恰好をさせられた自分の姿がしっかりと映っていた。
 「ヤだ! ちょっと、ヤだって!」
 柔らかくなっているから、ソコは土方さんの指を簡単に飲み込んでしまう。
 「ふ、あ! ヤ! 土方さんやめ…っ。ヤだァ!」
 「鏡見てなかったら、此処でもう一回すんぞ」
 恐ろしい宣言を出されて、俺は土方さんが行う後始末を見るなんていう、とんでもない状況に突き落とされてしまった。
 ぼろぼろ涙を零す俺を鏡越しに見た土方さんは、最終的には顔を逸らすことを許してくれたけれど、頭から爪先まで隅々を洗われたのは屈辱だ。
 それだけ土方さんが怒っていたと理解はしたが、それにしたって酷い。
 広い胸を背凭れにした俺は、鼻の辺りまで湯船に浸かり、息を少しずつ吐いて、ぶくぶくと泡を作っていた。
 俺が臍を曲げたと解っている土方さんが、先程から彼方此方に口吻けを降らせているから、湯に沈んで逃れるしかない。
 「コラ、溺れてぇのか」
 「へんたい、ぜつりん、きちく」
 「元はと言えば、てめぇが悪ぃンだろうが」
 「だって、ハロウィンだったンでさァ!」
 先程も伝えたが、今日の悪戯について説明すると、呆れたように溜息を吐かれた。
 「ホント、お前はやりたい放題だよな」
 「アンタだって、やりたい放題じゃねェか。…か、鏡まで、見せ…るし」
 澄ました顔で俺を湯船の中で抱き締めている男を振り返って、じとりと視線を向ける。
 土方さんは、俺の体をくるりと反転させて、顔を合わせるように正面から抱えた。
 「嫌いになったか? 俺は死体のお前でもイイのに」
 「……」
 「なぁ、どうなンだよ」
 「……」
 「言ってくんねぇの?」
 土方さんは困ったように眉を寄せて、しょぼんと項垂れてしまった。
 っていうか、何、コレ。
 俺も言わないといけない感じになってないか?
 ハロウィンだったのに、悪戯は成功だったのに、結局食べられて負けが決定した挙句、なんでこっ恥ずかしい言葉まで言わなきゃならないんだ。
 「総悟」
 それでも俺好みの低い声で呼ばれてしまうと、どうにもならない。
 俺はひとことだけ、怒鳴るように告げて、今度こそ頭まで湯船に沈んだ。


 何をされても、
 貴方だったら。


                               2016.10.21

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