がり、がり、がり。 陽の当たる縁側に隊服のまま座り込んで、手元の小刀を滑らせる。 今は勿論勤務中で、俺は絶賛サボリ中だ。 何せ急ぎの用があるのだから仕方ない。 「あと何個作るかねィ」 転がっている橙色の南瓜は、ランタンとして完成しているものと手つかずのものが半々くらいだった。 こればっかりは刀ですっぱりという訳にもいかなくて、小刀を地道に使う。 今年はどうしてくれようか。 何せ此処の所のハロウィンは連敗続き。 作戦を練るための精神統一にはランタン作りは丁度良かった。 ふと、床板を汚さないために山崎が敷いてくれていたチラシの一枚が目に入る。 派手な衣装を纏ったモデルを見て――。 「コスプレだ!」 土方さんに、やらせようと、決めた。 チラシの店で衣装を買ってきた俺は、夕食後に近藤さんの部屋を訪れた。 ぼすぼすと襖をノックし、部屋に滑り込むと、室内には山崎もいる。 「話中でしたかィ?」 「もう終わったよ、どうした総悟」 俺たちを見た山崎は気を利かせた心算なのか、そっと出ていこうとしたが、そこへ足払いを掛けて留まらせた。 「何するんですか沖田さん!」 転がった山崎の上に、衣装のひとつを投下する。 近藤さんにも差し出した。 「着てくだせェ」 「何コレェェェ!?」 手渡された衣装を見た近藤さんと山崎の声がシンクロして響き渡る。 「何って、近藤さんが魔女で、ザキがわんこでさァ」 「沖田さんコレ狼ですよね?」 「俺はカッコ良くエクソシストな神父やるんで頼みまさァ」 「沖田さんコレ狼――」 言い募る山崎を尻目に近藤さんへ向かって首を傾げると、近藤さんは天井を見上げた後、かさりと衣装を広げ始めた。 「総悟は今年もハロウィンがしたいんだな?」 「ヘィ」 「沖田さんって子供なんだか何なんだか…」 山崎も溜め息を吐きながら衣装を取り出す。 二人はそれぞれ魔女とわんこ――否、狼男に変身してくれた。 俺も取り出した神父の衣装に手早く着替える。 踝までを覆う長いローブはサイズが少し大きかったのが悔しいが、近藤さんが「かっこいいぞ」と褒めてくれた。 「でもね、ね、総悟…」 魔女の近藤さんが、急にもごもごと口籠る。 ミニ丈の黒のワンピースの裾がひらひらして――気持ち悪い。 「その後ろの包みって、まさかとは思うんだけど」 「土方さんのでさァ」 俺が言った瞬間、部屋の温度が急激に下がったような気がした。 気がしたのではない。 「何してンだ…? お前ら…」 銜え煙草のまま顔を覗かせた土方さんが、襖に手を掛けたままフリーズしている。 「アンタはコレかコレ」 「ト、トシには無理だよ、総悟」 制止する近藤さんに構わずに俺は土方さんへ包みをふたつ示した。 「特別に選ばせてやりやす」 この場面なら当然俺は怒鳴られる筈なのだが、土方さんは黙って俺を見つめて包みを受け取ると中身を確認し始める。 「お前は神父なのか? なんでシスターじゃねぇの?」 そこには回し蹴りを入れておいた。 土方さんのために用意したのは、シーツお化けと悪魔を模した衣装だったのだが、やはりどちらも却下される。 しかし、驚いたのはその後だ。 「吸血鬼ならやってやるよ」 「えええええ!? トシ!?」 「副長!? 正気ですか!?」 土方さんの余裕の顔が気に入らなくて、俺は山崎へと言葉を放った。 「ザキ、吸血鬼買ってこい」 「しかも俺ですかァァァ!?」 「煩ェ。わんこの癖に」 泣きながら吸血鬼の衣装を買いに行った山崎を見送っていると、土方さんが再び俺をじっと見つめていることに気づく。 「な、何ですかィ?」 「どうせエクソシストな神父とか言ってンだろ?」 鼻で笑う土方さんを、何があっても神父として成敗すべきだと思った。 山崎が買ってきた衣装を手に、土方さんは「仕事が終わったら着てやる」と言い残して副長室に戻ってしまった。 「…今のトシだったよね…?」 残された俺たち三人の中でも、近藤さんは動揺を隠せないようだ。 隣の山崎は項垂れている。 「まったく副長は沖田さんが絡むと…」 「後でこのエクソシストな神父・総悟様が成敗してやりまさァ」 ふっと口角を上げると、近藤さんと山崎が手を取り合い、俺を見て震え始める。 「あ、殺ンのは土方さんだけなんで」 山崎はともかく、近藤さんを怖がらせるのは本意ではない。 「だから上手いコト野郎と俺が二人きりになるように手伝ってくだせェ」 俺は十字架のネックレスを引っ張りながら計画を手伝って欲しいのだと打ち明けた。 簡単なのだ。 土方さんにコスプレをさせて、写メって隊士に送信しまくる羞恥プレイ。 ついでに万事屋の旦那にも送ってやろう。 隙を衝くには土方さんを若干酔わせた方がいい。 だから近藤さんに酒を勧めて欲しかった。 念には念を入れて山崎を巻き込んで衣装を着てもらうのがベスト。 「仕方ないなぁ、総悟は!」 がはは、と、近藤さんが笑いながら時計を見る。 時刻は22時を過ぎた所だった。 「じゃあ、0時にはトシを酔わせて部屋に戻すから、そこからは適度にしなさい。適度にだぞ?」 俺は嬉しくて嬉しくて、ガキの頃のように近藤さんへ飛びつく。 そんな俺を見て、山崎がぽつりと言った。 「副長の部屋の近辺、封鎖しておきますね」 「頼まァ!」 ほかの隊士の所へ菓子を強奪しに行ったことになっている俺は、0時の少し前から土方さんの部屋でスタンバった。 今年のハロウィンは勝てるのだと思うと、自然、頬が緩む。 暗いままの部屋の中、襖のすぐ手前に身を寄せて、携帯電話を握り締める。 此処なら土方さんが入ってきた時でも廊下の灯りでばっちり撮れるだろう。 ―― 去年は、猫耳をつけたままヤる羽目になった。 ―― 一昨年は、素直に菓子を寄越しやがって、やっぱり好き勝手にされた。 屈辱的なハロウィンを思い出していると、すっと襖が滑って、吸血鬼が姿を現した。 すかさず写メろうとしたのだが、土方さんの纏うマントが手にかかってしまい上手くいかない。 「やっぱりな」 低い声が発せられると共に、青鈍色の瞳がぎらりと光って、両手首を締め上げられた。 携帯電話が滑り落ちる。 「痛ッ! 何しやが…っ」 負けじと土方さんを睨みつけた俺は、凍った。 有り得ねェ。 ちょっと。 これって。 あの。 カッコ良くね? 思った所で、背中に何かがとすんと着く。 その硬い感触と、引き起こされた慣れ切った眩暈に、本能がヤバイと警鐘を鳴らし出す。 つまり俺は押し倒された。 「な、何してンですかィ!?」 「やっぱ吸血鬼っつったら襲わねぇと」 「馬鹿じゃねェの!?」 俺は咄嗟に腰に手を遣り刀を抜こうとしたが、神父の格好では帯刀している筈もない。 「退治するか? エサになるか?」 にやりと笑う土方さんの唇からは、牙が覗いていて、ぞくりとしてしまう。 大きな手に衣装の上から太腿を撫でられ、そこで俺はもうひとつのヤバイことを思い出した。 この服は、安物で、生地がとても薄い。 「あ? お前、この下どうなってンだ?」 「ちょ、あ、土方さん! 待った! 待って!」 それだけでなく、ローブの下は、直に下着だ。 ばさりと捲られた服の裾を必死に押さえつけるが、土方さんは片手で俺の手を纏めて拘束して、空いた方の手でごそごそと中を探り出す。 「ストップ! 変態! 馬鹿! 死ね土方――…あっ」 「信じらンねぇ…こんなんでウロチョロしてたのか」 「こ、こんなんもどんなんも、男所帯でしょうが!」 言ってしまってから、やらかしたと気づくまで、0.1秒かからなかった。 「ほーう、じゃ、何されても文句言うなよ」 冷たく言われたのに、太腿に当てられた土方さんの掌が熱くて、ひとつ身震いをする。 「や、でさ…ァ!」 冗談じゃない。 これじゃ今年は――。 「まあ、順当じゃねぇの? 去年猫耳つけたんだし、今年はコスプレで」 このままでするのだと、はっきり言われた。 膝を立てさせられて、あっと言う間に下着を取り払われてしまい、ローブが腰の辺りへと滑るさらりとした感触が襲う。 「土方さん…マジで?」 答えは、突如俺の中心へ這わされた舌だった。 「ヤっ! あ、うあ!」 いきなりの刺激に背中が弓なりに反る。 しかも、ただの刺激ではなかった。 土方さんが着けている牙が、微妙な所へ当たってしまうのだ。 「ひじかたさ…っ」 「あに?」 咥えたまま「何?」と訊かれ、牙が掠める感触に息が詰まる。 一度口を離した土方さんは、俺を見て、勝手に納得したようだった。 「牙、感じてンのか」 反論しようとしたが、その隙もなくまた口に含まれ、あとはひたすら追い上げられる。 「う、あ、ああっ」 いつもはない異質な感触が、牙、というもので、それは本来食い千切るためのものだと考えれば考える程、どうにもならなくなってしまった。 「はぁっ! ひじか、たさん! も…っ」 もう駄目だと言おうとした瞬間、軽く食まれて、吐き出した。 気付けばローブは俺の胸元までたくし上げられていて、とんでもない恰好をしているのだと今更気づいた。 どうにかしたくてもがいていると、土方さんの背中の向こうが見えて、思わず引き攣れた声が出る。 「襖…襖、開いてまさ…」 「あ?」 土方さんは俺の脚を開かせながら、其方をちらりと振り返った。 「…此処に戻るまで誰にも会わなかったっつーコトは、廊下、封鎖してンだろ?」 「そういう問題じゃ――ひう!」 後孔の周りを指でなぞられ、そのまま浅く挿れられる。 じわじわと中に挿入ってくる指の刺激に、声を堪えようと口に持っていった手は、努力虚しく払われた。 「ん、んんっ」 声を懸命に殺そうとすればするほど、土方さんの手は酷い動きをする。 弱い箇所を強く押されて涙が出そうになった。 「んん…! ひじ…かたさ…っ。ふ、襖…!」 「開いてンので興奮してるクセに」 「ちが…ヤ…あ、あっ」 蠢いていた指がすべて抜かれて、足を持ち上げられた。 「バカひじか…」 せめて襖を閉めろ、と言おうと土方さんを見て、再び俺は凍る。 情欲の色を濃くした青鈍色の瞳に、造り物とは解っているが、牙。 その牙が近づいてきて、今度は俺の唇を噛む。 同時に奥まで挿れられた。 「ん、んっ。んん――ッ」 「総悟。ちっと力抜いてくれ。死ぬ」 「い…っそ、死ね…よ!」 緩めろと言われて緩められる訳がない。 と、急に土方さんが首筋に顔を埋めてきた。 くすぐったさに肩を竦めると、頸動脈の辺りに牙が触れるのが解った。 「やめ…」 「怖ぇか?」 言われて、噛まれて、吸い上げられて、脱力した所を一気に突かれる。 絶え間なく揺さぶられる体を持て余した俺は、いつの間にか必死になって土方さんにしがみついていた。 「総悟、爪、痛ぇ」 「アンタ、牙、痛ェ」 結局いつものように睦み合って、イヤ、多分いつも以上に、色々、興奮していたと思う。 「へんたい」 「お前がな」 バサバサと音を立てて使いものにならなくなったローブを脱いだ俺に、土方さんが白の単を寄越した。 周到に用意されていたそれを手に取り、思わず唸る。 「アンタ、最初っから着たままヤる心算だったンですねィ」 俺から逸らされた顔が煙草を銜えた。 ふーっと煙を吐き出す土方さんは、行為の被害が少なかったのか面倒なのか、吸血鬼のままだ。 「へんたい」 「だからお前がな」 「なんでですかィ!?」 謂れのない変態扱いに怒鳴ると、土方さんが俺の後ろを顎で指した。 振り返ると、未だ閉められていない襖が目に入り、ぐ、と詰まる。 「コスプレして襖開けっぱで、あんあん言ってた奴が変態だろ」 「盛ったアンタの方が変態じゃねェか!」 ――なんか去年も似た会話があった気がするが。 言い捨てて部屋を出ていこうとした俺は、土方さんに後ろから抱き込まれて動けなくなってしまった。 「怒ったのか?」 「…当たり前でしょ」 また負けた。 しかもこんな羞恥プレイをさせられるなんざ。 悔しい、死にたい、灰になりたい。 「悪かったって」 マントに包まれたまま俯く俺を見て、吸血鬼の土方さんが耳に唇をくっつけてくる。 牙が微かに触った。 先程不覚にもソレに感じていた自分は本当に変態なのかもしれない。 「菓子食うか? 蕎麦食いに行くか?」 蕎麦よりも俺が変態かどうかが問題だ。 「ちょいと、ちゅーしてくれませんかィ」 「あァ?」 土方さんが固まったのが伝わってくる。 「さっき散々しただろが」 「その牙、取ってしてくだせェ。自分が解らなくなりやした」 瞬間、目の前の襖がぴしゃりと閉じた。 牙のない吸血鬼に噛みつくようなキスをされる。 あー失敗したなとは思ったが、気持ちイイので、もう、どうでもイイ。 翌朝、菓子より甘い、なんてベタなコトを考えながら廊下を歩いていたら、山崎にとっ捕まった。 「なンでィ」 「やっぱり噛みつかれましたか」 言って山崎は深い溜め息を吐く。 そうして俺の首に絆創膏をペタペタと貼った。 その数5枚。 「ひーじーかーたァァァ!」 今頃、奴は朝陽を浴びて、灰になりもせず伸びでもしてるんだろう。 成敗すべく、バズーカを片手に副長室にダッシュした。 |