今日この時にこの場所で。 泣いて、泣いて、抱いて。 春になるのだと、暦が告げる。 そうであってもまだ晩には冷え込む日が続いていて、今も部屋の中には火鉢が片付けられずに出しっぱなしだ。 金箸で炭を突付いて遊んでいる総悟に手を伸ばそうとして、やめた。 「お前さ」 「何です?」 総悟が火鉢から顔を上げる。 長く当たっていたのか、頬がすっかり上気していた。 「明日と明後日、俺に付き合えるか?」 私用で出掛けること自体が珍しい俺が、泊まり、しかも総悟付き。 近藤さんにどう話をするかを躊躇いはしたが、別に嘘を吐くような理由でもなかった。 素直に話してみれば、やはり気前良く俺と総悟の分の休暇を、俺の願い通り出張という形ですんなりと受け入れて、留守は任せろと力強く笑ってくれた。 「突然何を言い出すんで?」 「お前を、連れて行きてぇンだよ」 「小旅行ですかィ?」 「まあな」 吸いかけの煙草をぐしゃりと灰皿に押し付けて、今度こそ総悟を抱きしめる。 総悟は少し首を傾げて、変なの、と呟いた後、俺の背中に手を回した。 翌日、空を見上げると、春特有のぼんやりとした青が広がっていた。 それでもそれは俺の目に痛いように思える。 俺の様子はそんなにおかしかったのか、目覚める前に既に総悟は起きていた。 隊服をきっちりと着込んで荷物までを纏め、朝食を食いっぱぐれると言いながら、俺を食堂へ引っ張る。 「お二人とも出張ですよね?」 表向きそうなっている俺たちに、山崎が声を掛けてきた。 「おう。行った先で土方を埋めて来てやらァ」 軽口を叩く総悟の横でマヨネーズたっぷりの茶漬けを啜る。 「どちらまで行かれるんですか?」 山崎の問いに、総悟が俺を振り返った。 行き先を告げていないため、答えに迷ったのだろう。 「ちょっとな…」 「ちょっとな、に行くらしいですぜ?」 俺の言葉を総悟が茶化す。 そんな俺たちを見て、山崎は困ったような笑みを浮かべた。 総悟に、気を遣わせているようでは、いけない。 何せこうやって二人で出るというのは初めてのことなのだから。 俺は気持ちを切り替えるべく、総悟が皿の上で綺麗に避けていた人参を、すべて元に戻した。 ガタン、ゴトン。 不規則に刻まれるリズムに合わせて総悟の髪が僅かに揺れる。 「なんで汽車なんです? 車にすりゃ良かったのに」 総悟が窓の外を見つめたままぽつりと呟いた。 だが、言葉とは裏腹に声は弾んでいて、座席の空いた部分に積まれた菓子が、その高揚感を表わしていた。 「いつもパトカーばっかだからな。たまにゃイイだろ、こういうのも」 江戸から郊外へと向かう汽車の乗客は、朝ということもあって疎らだった。 菓子袋のひとつを抱えて、ポリポリと食べながら、総悟は飛ぶように過ぎる風景を只管眺める。 「土方さん! あそこ、爺さんが木登りしてますぜ!」 「花でも咲かすンだろ」 普段、一種の閉鎖的空間とも言える屯所にいる分だけ、新鮮なのかもしれない。 「今のって桃の花ですかねェ?」 「わり。見逃した」 煙草を吸うことができないことは俺にとっては拷問に近かったが、総悟のこんな姿を見られることに素直に喜びを感じた。 「総悟」 座席は向かい合うようになっているため、しっかりと死角が出来上がっている。 呼ばれた総悟の顔は、もう、ソレと解ったもので。 俺たちは、触れるだけのキスをした。 汽車が目的地に着くまではまだ時間がかかる。 はしゃぎまくっているコイツは、きっと、その頃には寝てしまうだろう。 「土方さん」 そっと体を揺さぶられた。 「土方さん、起きてくだせェ」 浮上した意識に、慌てて瞼を持ち上げる。 「俺、寝てたか…?」 「次で降りるんでしょう?」 思わず窓の外を見て、折良く流れた車内のアナウンスに耳を傾けた後、俺は総悟を見つめた。 「お前…」 「いいから、早く支度しなせェ」 何故、総悟が次の駅で降りることを知っているのだろう。 朝食の時には行き先を訊かれて戸惑っていたのに。 理由を尋ねようと口を開きかけたが、降車するための時間は確かに無かった。 慌ただしく荷物を纏めて、汽車からホームへと降りる。 江戸とは打って変わった田園風景に深呼吸をすると、隣で総悟が伸びをした。 「イイ所ですねィ」 そう言った総悟の口元には、ほんのりとした笑みが浮かんでいる。 一体何が起きているのか。 再び口を開こうとする俺を遮るように、総悟は俺の唇に人差し指をそっと押しつけてきた。 「俺には、まだ、言わねぇでくだせェ」 「何で知ってる?」 取り敢えずの疑問だけを、短く口にすると、少し俯いた総悟が小さく答える。 「寝言でさァ」 「何つってた?」 「内緒でさァ」 総悟はくるりと俺に背を向け、歩き出そうとして、はた、と止まった。 「どうしたよ?」 此方を振り返らないままで総悟が言う。 「俺が先に歩いたって、道が解るワケないでしょうが。さっさとしろィ土方コノヤ……土方さん」 “土方コノヤロー”とは、此処では言わねぇのか。 「総悟、そっちじゃねぇ」 俺は、総悟を連れて歩き出した。 兄が眠る、墓へ、と。 途中、総悟が花を買うと言った。 寂れた店しかないのだと答えると、それでもいいから買うのだと駄々を捏ねて、小菊の束を見つけ出した。 「手紙、書いてたって」 「ああ」 誰かから聞いたんだろう。 「今日も?」 「持ってきてねぇ…いや、どうだろうな」 総悟がきょとんと俺を見上げてきたので、少し、笑った。 「今日は、まあ、いいんだよ」 墓地の中を迷わず、兄の元へ行く。 と、総悟が立ち止まる。 「土方さん、何もしねェの?」 恐らく墓の掃除とか、そういうことをしないのか、と言いたいのだろう。 「それも、いいんだよ。今日はいいんだ」 総悟は暫く足を止めたままだったが、それでも納得してくれたのか、俺の後をついてきた。 そうして。 兄の墓と向かい合って、じっと見つめる。 そんな俺の背中越しに総悟が墓へと視線を向けているのが解った。 ぐっと総悟の腕を引く。 「土方さ、ん…何して…っ」 急なことでよろけた総悟は、墓の前に突き出されるような形で立たされたことに酷く狼狽した。 「土方さん?」 「前、見とけ」 身を捩って俺を振り返ろうとする総悟を押さえつけて墓に向かい合わせる。 「何?」 「前、見ててくれ」 総悟は、俺の言う通りに、顔を前に戻した。 亜麻色の髪が、ふわりと風に靡く。 「……」 俺は、言おうと、思っていた。 こうして総悟を連れてきて、兄に、きちんと言おうと。 だが、どう言えばいいのか、解らなくなって。 「土方さん、離してくだせェ」 総悟が俺の手を振り払った。 すとんと墓の前にしゃがむと、至極自然な動作で刀を腰から外してその場に置く。 そして、小菊を丁寧に供えた後、春風が舞う中、はっきりと。 「沖田総悟と申します。土方さんに、大事にしてもらってます」 そう言った。 俺は、湧きあがって来るすべてを堪えるために、下を向いた。 振り返らないままで総悟が独り言のように呟く。 「俺が、手紙だったンですねィ…」 誰に見られても、構わない。 後ろから総悟を抱きしめた。 陽が落ちてからでは寒くなると、墓地を後にし、宿へ向かった。 家に寄らないことについて、総悟は何も言わない。 その辺りのことも、もう知っているのだ。 簡素な作りの部屋で、隊服から単へと着替える総悟を捕まえる。 総悟は不思議そうな顔をした後、さっと俺から距離を取った。 それを殆ど無理矢理に引き寄せて、唇を重ねる。 「…ぅ」 まだしっかりと結ばれていなかった帯が落ちて、はらりと単の前が開いた。 「ヤ、でさ…ッ!」 「なんで?」 必死になって俺を押し退ける総悟を、此方も必死で抱え込む。 総悟が言いたいことなど解っていた。 「だって、こんな…此処…ヤだ、ヤ!」 場所に抵抗があるのだ。 俺の故郷という場所。 兄が眠っている場所。 此処で行為に及ぶことへの抵抗。 だが。 「俺は、此処じゃなきゃ、嫌なンだよ」 暴れていた総悟が、動きを止めて、俺を見る。 ぱさり、と、単が滑り落ちたが、それも気にならなかったように、じっと俺を見る赤い瞳。 その瞳が、ゆらり、揺れた。 泣くのかと思った。 「泣いてるンですかィ?」 多分。 「泣いてる」 「デカイ図体してンのに、仕方ねェお人だ」 「ああ」 まったく、仕方ねぇ。 総悟を、そっと抱き寄せると、もう、抵抗はなかった。 「……ん…」 唇を啄ばむようにしながら、総悟の肌を辿る。 脇腹を撫で、身を捩って逃げる体を追いかけて、更に掌を滑らせて胸の突起を弄った。 「は…ぅっ」 暫くそうしていると、かくんと総悟の膝が折れたので、二人でその場に腰を下ろすことになる。 抱きしめる腕を外さないまま、白い首筋に顔を埋めた。 くすぐったかったのか、総悟の肩が竦んだのが伝わってくる。 「ん、ん!」 ぺろりと舐めながら、縮こまっている肩を押して、その場に総悟を寝かせた。 まだかっちりと着込んでいた自分の隊服のジャケットを脱いで放り投げ、細身の体に覆い被さるようにして、再び総悟の肌に触れる。 「…んっ」 前に手を這わせると、既にそこが緩く勃ち上がっていると解った。 「う、んんっ! …んっ」 「総悟?」 「ん…んっ」 「総悟、声我慢すンな」 ゆるゆると手を動かしながら総悟の様子を伺えば、口を引き結んで懸命に声を耐えている。 俺はいつものように溺れさせたくて、先端に軽く爪を立てた。 「ひあっ! ああ…っ」 とうとう上がった声を合図に、動かす手の速度を上げる。 「ヤ…ヤ…っ! あ、うあっ。あ!」 総悟がぎゅうっと俺のベストを握りしめ、喉元を晒すように仰け反った。 「うあ、あっ! ああああっ!」 掌を温かいモノが伝う。 受け止めたソレを借りて、息の整わない総悟の後ろに一本目を差し入れた。 「…待って、くだ、せェ! 待っ」 構わず中で指を動かす。 「ヤ! あう!」 総悟は酷くされていると思うかもしれない。 だが、実の所、俺に余裕がなかった。 挿れて、掻き回して、抱きしめて、そうやって総悟をこの場所で感じて。 何処にも行くなとでも言いたいような、そんな、らしくない気分だった。 引っ切り無しに喘ぐ総悟に、三本目までを咥えさせて、頃合いを見計らって引き抜く。 総悟の体が、ふるりと震えた。 「総悟」 「ん、う…」 「総悟」 呼ぶと、赤い瞳が、ゆらりと揺れる。 それを見ながら足を開かせて、腰を進めた。 「く、ああっ! うああ…っ」 瞳を眇めるようにして、総悟が俺を見つめ返してくる。 挿入の時、いつもはぎゅっと瞑っている瞳が、開かれていることに、驚いた。 ぐ、と奥まで挿れ切って馴染むのを待とうとしたが。 「も、イイからっ。う、ごいて、イイでさ…ァ」 小さく発せられた総悟の言葉を聞いて、俺は総悟の顔を見つめたまま、少しずつ動いた。 「あ、あっ。ん、ぅああ!」 総悟の白い手が、俺の両の頬に触れる。 「ひじか、たさ…んっ」 ゆらり。 赤い瞳から、涙が零れ落ちた。 「そ、うご? 何、泣い、て…」 止まった俺の顔を総悟が泣きながら撫でる。 「アンタが、ちゃんと、泣かねェから」 思わず身動ぎをした俺に、あ、と声を漏らした総悟を、愛しさに任せて揺さぶった。 「ん! あ、やぁ…っ」 「総悟」 細い腰を掴んで、奥まで深く侵食するように何度も突き挿れて、撓る背中を抱きしめる。 「ふ、ああ…っ! ひじ、ひじかたさ…!」 小さく震え出す総悟は、もう限界なのだろう。 弱い所へ打ちつけながら、前を掌に包んで促すために扱いた。 「ひ! あ、あ――ッ」 くん、と反り返る背中と、ぼろぼろと頬を伝う涙。 「…ッ」 総悟が達した瞬間の強い締め付けに、間を置かずに俺も吐き出した。 息を整えることもせずに、くたりとした総悟を抱えると、ぐすっという声がする。 「総悟」 「…ぅ。…っ」 両手が俺の首に絡まって、肩口に総悟の顔が埋められた。 「ひじかたさん…」 「あんがとな」 「アンタって、ホント、バカでさァ」 目を覚ました俺は、窓の方へ視線を遣った。 空がほんの少し白んできただけの早い時間だ。 傍らでは総悟がくうくうと寝息を立てている。 起こさないように布団から抜け出て、窓辺に腰を下ろし、煙草に火を点けた。 「バカ、か…」 独り言つ。 紫煙を燻らせながら何気なく総悟の方を見ると、ぱかりと開いた瞳と出会った。 「起きてたのかよ」 「帰らなきゃ、なンねェでしょうが」 「まだ寝てていい」 そう言ったが総悟は、よっと掛け声を掛けて体を起こす。 「煙草、消してくだせェ」 「あ?」 「折角空気がイイ所にいるのに勿体ねェ」 俺の傍までやってきた総悟が窓を開けるので、渋々煙草を揉み消した。 さああっと入ってくる朝の風は、まだ冷たいが、確かに清々しい。 窓際に座る俺は、膝の上に総悟を乗せた。 「土方さん」 「ん?」 「またいつか、旅行しやしょうね」 「ああ」 あとは、二人黙って、帰りの汽車の時間まで、ただ窓の外を眺めていた。 いつかまた連れて行って。 泣かず、泣かず、笑って。 |