広間に大きな炬燵を出す季節には、就寝前に隊士たちが語らう場面が自然と増える。 風呂を済ませて自室へ戻る途中で「副長、お疲れ様です」と声が掛かった。 応じようと視線を遣れば、近藤さんと原田、杉原、そして白の単に薄藤の羽織を纏った総悟が、仲良く炬燵に入って蜜柑を食べている。 「トシも寄って行けよ。蜜柑、凄ぇ甘いぞ!」 食べかけの蜜柑を片手に、近藤さんが手招いてくれるが、本日の俺には生憎まだ仕事が残っていた。 折角の誘いだが、断るしかない。 「悪ぃ。今夜中に仕上げなきゃなんねぇ書類があンだ」 「そっかー、残念だな。じゃあ、息抜きする時にでも食え。ほら」 放られたふたつの蜜柑を受け止めた俺を見て、それまで黙っていた総悟が舌打ちをした。 「ンだよ」 「落としゃよかったのに」 悪態を吐くわりには視線を合わせようとしない。 「機嫌悪ぃな」 「煩ェ! アンタなんか過労死しちまえ!」 この数日、書類に忙殺されていて、マトモに総悟の相手をしていないから、色々溜まっているのだろう。 終われば構ってやれるのだし、それくらい総悟も解っている筈だ。 俺は総悟が醸し出す空気を気にも留めず、近藤さんたちの様子にも頓着せずに、自分の部屋へと向かった。 総悟に起きている事態については、きちんと把握した心算でいた。 結果的には大間違いだったのだが。 その時、総悟が俺に助けを求めていたなどとは、露ほどにも思わなかった。 深夜の屯所の静けさは、仕事をするにはぴったりだ。 遠くの方で数名の隊士たちが勤務時間の交代をしているのが聞こえる。 報告と共に挨拶を交わす声がするが、事件が起きていないため、すぐに元通り静かになった。 俺には仕事があると広間で宣言していたからなのか、誰かが部屋にやって来る気配もなく、快適に書類を捌けている。 八割は出来上がったから、少し休もうと思い、煙草に火を点けた。 先程貰った蜜柑を食べるか食べないかを迷っていると、廊下を此方に向かう足音が聞こえてくる。 この気配は、総悟だ。 悪戯を仕掛けに来たのか、余程構われたかったのか。 いずれにしても今夜は総悟の相手をしてやれない。 きっと更に機嫌を損ねてしまうだろうと思って、溜息を混ぜた煙を吐き出した。 お約束通りに派手な音を立てて襖が開かれ、廊下の冷えた空気が部屋の中に流れ込む。 「入るンなら、とっとと入れ。寒ぃ」 「……」 無言の総悟が気になって、入り口を振り返った俺は目を瞠った。 丸く白い頬はほんのり朱に色づき、大きな目がゆらりと揺れて惑っている。 まるで小さな子供が泣くのを必死に堪えているような、そんな貌をしていた。 「どうした?」 声を掛けてやると、総悟は漸く部屋に入って襖を閉じ、俺の傍までやってきてちょこんと正座をする。 「近藤さんたちと蜜柑食ってたンだろ?」 それは総悟にとって楽しい時間の筈だ。 「…アンタが悪い」 「あァ?」 「さっき一緒に炬燵に入ってくれさえすりゃ、あんなコトにはならなかったのに」 総悟は俺の右手にある煙草から昇る紫煙ばかり見つめている。 「楽しかったンじゃねぇの?」 問いながらも俺は、残っている仕事に気を取られていた。 此処で総悟に構っている時間は、はっきり言って、ない。 しかし、様子のおかしな総悟を放り出す訳にもいかない。 「何か言われたのか?」 「――…知らねェのかって。そろそろ…って」 「あ? 何が?」 コイツらしくない、小さな声でぼそぼそ言うものだから、聞き返してみたのだが、またも総悟は沈黙してしまった。 文机の上の紙切れにちらりと視線を遣りつつ、総悟の言葉を待つ。 新しい煙草を銜えて、火を点けようとライターを手にした時。 「だから、そろそろ女知ってもイイんじゃねェかって、ソレばっかりだったンでさ」 動揺のあまりライターは落としてしまうし、煙草も畳の上で弾んだ。 火を点ける前でよかった。 いや、そうじゃない。 「…誰が女知るって?」 「俺でさァ」 「イヤイヤイヤ…待ってくれ」 なんてコト言ってくれてンだ、アイツら。 「アンタが炬燵に来てくれれば、話が続かなくて済んだのに、なのに」 「どんな話したンだよ」 瞬間、総悟の顔がぼっと赤く染まった。 具体的と言えば上品だが、つまり、露骨な話だったのだろうと解る表情だ。 「つか、近藤さんがいただろ? あの人なら『ムラムラは二十歳から』って止めるだろうが」 「近藤さんは花街は止めてくれやしたけど、好いた娘はいないのかって、そりゃしつこかったです」 何してくれてンだよ、近藤さん。 「童貞童貞って散々でしたぜ? 尤も、俺ァ経験がまったくないって訳じゃねェし」 総悟がじっと俺を見つめてきて、後ろめたいコトを教えている俺としては居心地が悪かった。 それを察したのか、愉しそうに赤い瞳が細められる。 「アンタが偶にとんでもないから、俺が一番経験豊富だろうし、気にはならなかったですぜ?」 俺と話して落ち着きを取り戻したらしい。 頬の赤みも潤んだ瞳も、もう見当たらない。 だから、総悟の唇が「でも」と動く前に、俺はこの話を終了させようと口を開いた。 「お前、童貞だけど処女じゃねぇしな。まぁ、童貞っつっても俺の口には挿れてるンだし、イイんじゃね?」 気にしていないのなら別にいいと思う。 それにコイツの場合は、本人が言っているように未経験ではない。 「アンタって人は…!」 総悟の白い手が持ち上がったかと思ったら、避ける間もなく頬を張られる。 じんじんと痛む頬を押さえながら、何事かと総悟を見るが、ばたばたと足音を立てて部屋から走り去った後だった。 「何だ、ありゃ…」 一体何をしたかったのか、総悟のことは少し気になったけれど、取り敢えず用事が済んだのなら構わないと結論付ける。 俺は仕事を終わらせるために、煙草を銜えたまま筆を執った。 八割が終わっていた筈の書類は、手を加える内にどうにもならなくなってしまい、結局、仕上がったのは翌朝だった。 気を抜くとすぐに閉じてしまいそうになる目をしぱしぱと瞬かせながら、洗面を済ませて朝食を摂るために食堂へ向かう。 具沢山の味噌汁はとても美味かったし、鰆の西京焼きもマヨネーズとの相性がよくて、俺の好みだった。 箸を進める俺の周りには、総悟や近藤さん、山崎などが陣取ることが殆どだったが、今は誰もいない。 総悟は必ずと言っていい程、俺の傍に座って、マヨネーズを掛けた俺の飯を犬の餌と詰るのが常だ。 だが、今朝は食堂を見渡しても亜麻色を見つけることはできなかった。 山崎が入ってきたのが見えたので、声を掛ける。 「総悟は? 寝坊か?」 「おはようございます。いえ、沖田さんは部屋にはいませんでしたけど」 「朝から悪さしてンのか、アイツは」 「そう言えば、朝練の時間も、道場に来てなかったですね」 山崎は特に気に留める風でもなく、持ってきた朝食のトレイを俺の向かいに置いて座ると、ぱくぱくと食べ始めた。 それに釣られた訳ではないが、きっと大したコトはないと思って、俺も食事を続ける。 ふと昨夜の総悟との遣り取りが脳内で再生されたが、シモの話をしていただけだ。 少々揶揄したけれども、あの手の話を真顔で自分の恋人と繰り広げられる訳がないことくらい、総悟だって解るだろう。 そんな俺の思いは、食堂に駆け込んできた近藤さんによって粉々になってしまった。 「トシィィィ! 助けてくれ! 総悟がァァァ!」 「局長!?」 「落ち着け、何があったンだ!? 総悟がどうした!?」 俺と山崎が勢いよく立ち上がった所為で、食器ががちゃんと音を立てたが、そんなコトには構っていられない。 「総悟が…今朝、まだ暗い内から凄い剣幕で、俺の部屋に来たんだ」 「怖い夢でも見たんでしょうか?」 近藤さんを落ち着かせようとしてか、山崎が冷静な意見を挟んだが、効果はあまりなかった。 「それが、その…花街に連れて行けって、暴れてよォ…」 「花街だァ!?」 俺の口から素っ頓狂な声が出たのも仕方ないだろう。 その話は昨日、既に終わっていたのではないか? 「近藤さん、まさか許したンじゃねぇだろうな!?」 「許す筈ないだろう! アイツはまだ十八だ! ムラムラには早過ぎる!」 言い切った姿からは、正に父親が息子…最早娘の域に達している気もするが、兎に角そういう対象へ傾ける愛情が溢れていた。 その十八歳の総悟にムラムラしたり、させたり、夜毎とんでもない経験を積ませているのは俺なので、とても正視できない。 こっそりと此方へ視線を寄越した山崎が憎かった。 「そ、それで、総悟は?」 「ちゃんと説明したんだが、納得してねぇみたいだ。一度興味持つと、やっぱり年頃だしなぁ」 「そもそもあんたや原田たちが、童貞って騒いだんだろうが」 根源を指摘する俺を、近藤さんがきょとんと見つめる。 「トシ、なんで知ってんの? え? あれ? 総悟が話したの?」 切り返されて一瞬だけ言葉に詰まったが、ひとつ咳をして誤魔化した。 「まあ、総悟は放っときゃイイさ。その内治まンだろ。ったく餓鬼はどうしようもねぇ」 「うーん、トシがそう言うなら大丈夫かな…」 心配そうな近藤さんに、山崎が淹れたてのお茶の入った湯呑みを差し出す。 「大丈夫ですよ、局長。全部副長に任せておけばイイんです、ぜーんぶ」 「山崎てめぇ」 たっぷりと意味を含ませた台詞をさらりと吐いた山崎の頭を、かち割る勢いで殴っておいた。 午前の見回りを済ませて屯所に戻り、自室で少し休もうと考えていたのだが、甘かった。 俺の文机は明け方には綺麗に片付いていたのに、戻ってみれば既に書類が薄らと山になりつつある。 元々午後は内勤の予定だったから、書類が来ることは覚悟していたものの、正直少し気が滅入った。 これから増える分も考えると、今夜も徹夜に近い状況になりそうだ。 まだ陽は高かったが、面倒になる前に風呂済ませて、仕事に向き合った方がよいと判断した。 流石に昼食を過ぎた時間には、浴場には誰もおらず、思う存分湯に浸かることができた。 食堂に立ち寄り、冷蔵庫からペットボトルに入ったミネラルウォーターを攫って、自室に戻る。 一頻り喉を潤した後、煙草を一本吸ってから、山のてっぺんの紙切れを手にした。 総悟がおかしな方向に拗ねないためにも、この書類の山を速やかに処理せねばならない。 筆を走らせ、承認印を捺し、回収される時のために、種類や優先度によって分けて置いておく。 そうやって何時間文机に向かっていただろう。 ぐう、と腹が鳴って、夕飯を食い逃したことに気づいた時には、既に日付は変わっていた。 今更食堂に行っても、何も残っていない。 さて、腹を満たすためにはどうしたものかと思案していると、深夜の廊下をどたどたと駆けてくる足音が聞こえた。 最初は総悟なのかと思ったが、これは違う。 監察ともあろう者が、此処まで派手に足音を響かせながら走ってくるのは珍しい。 山崎は部屋の外でぜぇぜぇと上がった息を整えていたが、なかなか落ち着かないようだ。 「ふく、ちょ…失礼し、ます!」 途切れ途切れに言いながら、襖を破るのではないかというくらい叩くので、事件が起きたのかと背を正して入室を許可した。 ところが。 「副長ォォォ! 助けてください! 沖田さんがァァァ!」 朝の近藤さんと同じフレーズを絶叫する山崎は、酷く顔色が悪い。 「今度は何だよ」 「俺のクレジットカードで空気嫁買うって言い出して聞かないんです!」 ごち、と音がしたのは、俺の頭が文机にめり込んだからだ。 「空気嫁じゃ卒業できませんって言ったんですけど…っ。助けてくださいよ」 「放っときゃイイっつっただろうが」 「部屋に居座って帰ってくれないんです! 沖田さんが俺の部屋で一夜を明かしてもいいんですか!?」 「妙な言い方するンじゃねぇ!」 はあーっと、深い溜息を吐いた俺を見ながら、山崎は尚も言い募った。 「一体何があったんですか? 沖田さんがあんな風になるなんて、副長が原因でしょう?」 「覚えはねぇよ。つか、お前も童貞なんだろ? 相談相手になってやれよ。童貞同士で通じるモンがあるンじゃね?」 半分以上は冗談だったのだが、そう言った途端に地味な監察が、似合わない殺気を纏う。 「…あんたにはデリカシーってモンはないんですか!?」 珍しく憤慨を顕にしている山崎が、次に放った一言に衝撃を受けた。 「その様子じゃ、沖田さんにも同じようなコト言ったんでしょうね」 俺は、総悟に何か言ったっけ? 別に怒らせるようなコトは何も――…。 『童貞だけど、処女じゃねぇ』 『俺の口には挿れてるンだし』 自分が総悟に放った言葉を小さく繰り返して、はた、と我に返った。 待て。 待て待て。 ちょっと待て。 これは確実にアウトだろう。 なんで俺は気づかなかったんだ!? 俺の呟きを拾ったらしい山崎が、硬い声でひとこと、トドメを刺した。 「副長、最低です」 「…あ――…。やべぇ」 「早く沖田さんに謝って、無茶を止めさせてください」 唸りながら頷く俺を見る山崎の視線は、酷く冷たい。 「副長は沖田さんに甘いですけど、沖田さんも大概副長に甘いですね」 どういう意味だ、と山崎の顔を見遣ると、微かに温度を取り戻した声音のわりに恐ろしい言葉が返ってくる。 「俺が沖田さんだったら、副長となんて、疾うに別れてますよ」 ごち、と再び文机に撃沈した俺を放置して、山崎は部屋を出て行った。 やっちまった。 やっちまったよなぁ…。 昨夜、一睡もできなかったのは、書類の所為だけではない。 総悟がどれだけ傷ついたか、どのようにして謝ればよいのか、そんなコトが頭の中でぐるぐると渦を巻いていた。 どう考えても悪いのは俺なので、半殺しにされるのを覚悟して、早々に総悟に謝ろうと思った。 問題は、俺が素直に謝罪を言葉にできないことにもあったが、総悟がとことん俺を避けている現在の状況だった。 朝礼の終わりに総悟に声を掛けようとしたら、その前に逃げられた。 食堂では会える筈もなく、俺との見回りも別の隊士と交代して捕まらない。 ならばと、夜に部屋を訪ねたら、内側から支え棒を使ってがっちり襖を押さえられていた。 そのようなことばかりが続き、総悟に会えない日が十日を過ぎてしまうと、勢いに任せて謝ることもできない。 総悟はさぞやこの状況を楽しんでいるのだろうと、ヤツの性癖を思い出していたのだが、山崎に尋ねてから己の認識の甘さを心底後悔した。 飲み物を取ろうと冷蔵庫を開けて、ぼんやりとマヨネーズを眺めていたり。 見回りの途中、煙草の自販の前で足を止め、マヨボロを眺めているらしい。 仕事の報告と共に、総悟に関する報告をしながら、山崎がふうっと溜息を吐く。 「沖田さん、健気ですよねぇ」 「やめろ。言うな」 「副長に傷つけられたのに、マヨネーズとか煙草とか、切なそうに見つめて…」 「ぐ…っ。やめろって!」 そんな総悟の様子を聞かされたら、俺だって大ダメージだ。 その後、当然俺の仕事は進みは遅くなってしまい、煙草の本数だけが増えていった。 総悟のことを考えていて、飯にマヨネーズを掛けるのを忘れた時には、食堂全体が異様な空気に包まれた。 緊張状態の食堂で、涙目になった近藤さんに休みを取るように懇願され、心配をさせてしまったことに申し訳なくなる。 効率の悪い状態にはあるが、まさか本当に仕事を休む訳にもいかず、なんとか宥めて事態の収拾を図ったけれども、何もかもが上手くいかない。 仕事はそのような有様だし、総悟には会うことができない上、時間が経ち過ぎていて、何と言って謝ればよいのかが解らなくなった。 情けない話だけれども、一度態勢を立て直さなければ、とても向き合うことなどできない。 先程から一行も進んでいない筆を硯に置き、吸わないまま灰の部分が長くなった煙草を灰皿に押し付けて消した。 何とはなしに時計を見ると、午前一時を過ぎている。 このまま文机に向かっていてもどうにもならないだろう。 一度熱い湯でも浴びて、気持ちを切り替えるべきだ。 深夜なら、人も少ないし、丁度いい。 替えの着流しを片手に、大浴場へと足を向けた。 爪先に痛みを覚えるくらいに廊下は冷え切っていて、自然と早足になる。 玄関の方が少し騒がしい気もしたが、特に連絡も入っていないし、大したことは起きていないと判断して脱衣所の扉をがらりと開けた。 其処には誰もいない――筈だった。 「……?」 脱衣所も浴場も暗いままだし、人の気配もしないのだが、明らかにひとつおかしな点がある。 辺りに立ち込めている、噎せ返りそうな血の臭い。 慌てて壁に手を這わせて電気を点けると、床には血に塗れた幹部用の隊服が脱ぎ散らかされており、血痕が点々と浴場まで続いているのが見えた。 無造作に放られた隊服は、明らかに俺の物よりサイズが小さく、持ち主が誰なのかすぐに判る。 恐らく、見つからないように血を流す心算だったのだろう。 ふと、怪我をしたまま湯を浴びているのでは? と、恐ろしい考えが過ぎった。 暗い浴場のガラス戸を勢いよく引き、中に飛び込むと、素っ裸の総悟が洗い場にぽつんと立っている。 月明かりだけでも、その裸身が見事に赤く染まっていると解った。 此方を見た赤い瞳が僅かに驚きの色を浮かべているのを余所に、俺は総悟の二の腕を掴んで体ごと自分の方を向かせ、頭から爪先まで傷がないかを検分する。 無事だと解って安堵すると、今度は手のひらを伝ってくる総悟の体の冷たさが気になった。 「早く血ぃ流して、湯船に浸かれ」 総悟にシャワーヘッドを握らせ、俺は一度脱衣所に行って手早く自分も裸になり、腰にタオルを巻きつけ、浴場の電気も点ける。 こんな所で顔を合わせて、気まずいことこの上ないが、自室に引き上げなかったのは諸々の報告をさせるためだ。 浴場へ戻ってみると、総悟は湯の出ていないシャワーヘッドを持った体勢のままで、漸く俺は総悟が酷く昂ぶっていてどうにか落ち着こうと必死になっているのだと気づいた。 シャワーヘッドを取り上げて、熱過ぎないように調整した湯を出して総悟に掛けてやる。 「何があった」 「…ちょいと浪士共に絡まれたンで…返り討ちにしてやりました」 「何人だ?」 「八人ほど」 舌打ちした俺をちらりと総悟が見たが、すぐに目は逸らされた。 「なんですぐに連絡しなかった」 「原田さんに電話しやしたもん」 「あァ!?」 声を荒らげた俺に、総悟がふんと鼻を鳴らす。 そうして、白い頬にべったりとついた血を流そうと伸ばした俺の手を、ぱしんと払い除けた。 「アンタなんかに、連絡したくねェ」 「てめぇ、公私混同してンじゃねぇよ!」 きゅっと唇を結ぶ総悟に構わず、一度シャワーを止めた俺は、置いてあったタオルに石鹸を揉み込み、これでもかと泡立てて再び向き直る。 湯を掛けただけでは血は流しきれなかったため、このまま湯船に浸からせることはできない。 まずは八人に致命傷か、それに近い傷を負わせただろう右腕を取り、タオルでごしごし洗っていく。 左手、首筋、爪先から太腿とタオルで擦りまくっても、総悟はされるがままだった。 暴れると思っていただけに拍子抜けしたのだが、ふと白い体がほんの僅かだが、小刻みに震えていることに気づく。 刀を振るった興奮が、未だに治まっていないらしい。 これ以上は触らない方がよいのかもしれないが、此処で手を止めるのも何だか可笑しな話だ。 思い直して、綺麗に並んだ背骨にタオルを滑らせた瞬間、総悟がびくりと震えて微かに声を漏らした。 慌てて泡だらけの両手を口元に当て、下を向く。 背骨や肩甲骨をタオル越しに辿り、するりと前に手を回し、尖った腰骨を撫でるように洗う。 俺が触れる度に、総悟はびくびくと体を震わせ、必死に声を殺していた。 コレを目の前にして、平常心を保てる男がこの世にいるなら見てみたい。 しかし、総悟にそういう意味で触れるなら、まずは俺の発言を謝らなくてはならない。 そうは思っても、襲撃された件を俺に報告しなかったことに腹が立っているのも事実だった。 此処が風呂場だとか、喧嘩中だとか、負の要因ばかりでうんざりする。 気持ちを落ち着かせようと、一度短く息を吐いて、総悟の腰骨から手を離した。 鎖骨の近くをやや乱暴な力で洗って、これまた意識しないように胸や腹をタオルで擦った後、総悟に湯を掛け泡を流す。 「…怒ってます?」 「当たり前だろ」 俯いていた総悟がそろりと俺を見上げる。 そりゃ、俺だけが怒っている訳じゃないのは解っている。 酷い、それはそれは酷いコトを言ってしまったのだ。 尚も湯を浴びせていたら、総悟がシャワーヘッドを持つ俺の手首を掴んで、小さな声で言った。 「お仕置き、しねぇの?」 「……は?」 「アンタ、得意じゃねぇですかィ」 俺はかなり間の抜けた面を晒していただろうと思う。 って言うか、コイツはやっぱり馬鹿なのか? 十日以上も総悟に触れられず、飢え切っている俺が、今、理性を保つのにどれほどの精神力を使っていると思っているのか。 「てめぇ、自分が何言ってンのか、解ってねぇだろ」 「解ってねェのはアンタでしょう!?」 珍しく大きな声を出されたことに驚いて、知らず知らずの内に一歩後ろへ退いた俺へと、総悟が畳み掛けた。 「俺ァ、斬って来たンですよ! それを、あちこちベタベタ触りやがって!」 「…いや、そりゃあ、血が」 「そもそもアンタの所為でご無沙汰なんですぜ!」 「…そう、だが。でも、よ」 「なのに、こんなコトされたらどうなるか解るでしょうが、クソ野郎!」 総悟は、毛を逆立てた猫みたいに、ふーふーと息を吐いて、昂ぶりを体の外へ逃がそうと躍起になっている。 態々『お仕置き』という単語を出してきたのは、俺が謝らなくて済む方法を提案した心算なのだろう。 思考の迷路に嵌まった俺が、謝罪の言葉を口にするまでに長い時間を必要とするケースが多いと総悟は知っている。 コイツは俺の逡巡など、とっくにお見通しだったのだ。 「あー…あの、そ、総悟?」 「黙ってアンタの大好きなお仕置きでも何でもすりゃイイでしょう!」 「お前、言ってるコト滅茶苦茶なんだけど…」 俺から奪い取ったタオルで隠してはいたが、総悟の中心ははっきりと解るくらいに反応していた。 ――確かにこりゃ辛ぇだろうな。 思った途端、自分の下半身にも熱が集まってきて、腰がずっしりと重たくなるのを感じ、現金にも程があるだろうと呆れた。 だが、どれほど己が浅ましかろうが、総悟の言いたいコトを要約すると眩暈がしそうになる。 何でもイイから兎に角シたい、と。 あんなに怒って俺を避けていたのに、恐らくコレをきっかけに、謝れない俺を赦そうとさえしている。 狡い俺は総悟に甘えて、骨ばった白い肩を引き寄せ、俯いている顔を下から覗き込みながら、そっと口吻けをした。 「…ん、ふうっ」 絡ませた舌の隙間から漏れるのは、意味を持たない声だけだ。 腕の中に閉じ込めた総悟が、頻りに腰を擦り付けてくる破壊力は凄まじかった。 一度唇を離して、至近距離で見つめ合う。 「総悟、ちと我慢しろ」 いくら深夜とは言え、大浴場は自由に人が出入りする場所だ。 今は清掃中の札も掛けていないし、施錠もしていないから、コトに及ぶ訳にはいかなかった。 総悟もそれは理解しているようだったが、既に火が点いてしまった体の方は言うことを聞かないらしい。 嫌々をするように頭を振りながら、俺の鎖骨をがじがじと齧り、太腿の辺りに勃ち上がった中心を当てて、腰を動かそうとしていた。 「こら、止めろって。駄目だ」 「ん…あ、ヤ! なん…なんでっ」 細い腰を両手で掴んで総悟を強引に引き剥がすと、啜り泣くような声で抗議される。 「だから、此処じゃマズイっての」 愚図っている白い裸体をひょいと小脇に抱えた俺は、脱衣所へと向かい、体を拭く間も惜しんで先程まで着ていた着流しを羽織った。 床に座り込んだ総悟の肌には無駄に触れない方がよいと判断して、びしょ濡れの体を替えの着流しで包んで抱え上げる。 これまでにも幾度か大浴場から自室へと総悟を拉致した経験はあるが、今夜は最短で運んだ自信があった。 二人とも体は濡れているし、どうせ汚してしまうのだし、布団は敷いてさえあれば綺麗に整える必要はない。 雪崩を起こしたような布団の上に転がすと、総悟は被っていた俺の着流しを放り投げて唇を重ねてきた。 俺が舌を差し入れるために緩く口を開けた途端、ちゅうちゅう吸い付いて自らの口内へ招き入れる始末だ。 湿り気を残した肌を辿り、露わになっている薄桃色の頂へ指を這わせ、くるくると撫でた後に、きゅっと軽く摘んでみる。 「んあ…っ」 無意識なのは解るのだが、仰け反って強請るように胸を突き出した総悟は艶やか――…いや、なんか、もうエロかった。 はっはっと短く息を吐きながらも口吻けを続けようとし、更にこれまた自覚なしに、腰を揺らし続けている。 総悟が繰り広げる痴態を目にした俺は、燃え上がるどころか大火事だ。 すぐにでも押し入りたい衝動を抑えながら、つんと尖った乳首に吸いついた。 片方を舌先で嬲り、もう片方を指で弄っていると、総悟がもぞもぞと両膝を摺り合わせる。 空いている手で緩く足を開かせて、太腿の内側の際どい所を撫で回してみた。 「あ、あ…ヤだ、土方さん…!」 「何が」 十分に勃ち上がった中心には触れないように擽り続けると、先端からとめどなく先走りが零れる。 「も、ヤだって! さ、さわ…ちゃんと…っ」 「『ちゃんと触って』か?」 真っ赤になった総悟は、暫くうーうー唸っていたが、やがて小さく頷いた。 畜生、可愛いじゃねぇか。 「ぐっちょぐちょになってンな」 お望み通りに握り込むと、その刺激に総悟の背中が撓って、腰が浮き上がる。 「う、ああ…っ。ん、あ!」 緩急をつけて扱きながら、すっかりべとべとになった指先で後ろにも触れた。 亜麻色の髪をぱさぱさと振り乱しながら悶える総悟が可愛くて、いつものように咥えようと唇を寄せてから固まる。 『童貞っつっても俺の口には挿れてるンだし――…』 あの台詞の後での口淫は流石に総悟も嫌だろう。 口で可愛がってイかせたかったが、今夜は止めた方がいいかもしれない。 「ひじかたさん…?」 「あ? いや」 躊躇したため愛撫が止まってしまい、気づいた総悟が訝しげに俺を見た。 「なん、です、かぃ…?」 「何でもねぇよ」 潤んだ赤い瞳をぱちぱちと瞬かせた後、何かを思いついたように総悟が唇を開きかけたが、すぐに引き結んでしまう。 「どうした」 「アンタ」 「ん?」 続く言葉を待ちながらも、行為を再開させようと再び軽く握った。 息を詰めた総悟が、途切れ途切れに言葉を紡ぎ出す。 「アンタの、口に、挿れてェでさ…ぁ」 嗚呼。 コイツは何処まで俺を赦すのだろう。 謝罪や後悔よりも愛しさが溢れてしまって、どうしようもなくなった。 「挿れさせろぃ…」 「――…喜んで」 もう躊躇うことなくソレを咥え、唇と舌を使いながら、舐めては吸い上げ、指も絡めて攻め立てる。 「んー! う、ああ……あっ!」 総悟は呆気なく俺の口に吐き出した。 大浴場にいた時から昂ぶっていたため、かなり焦らされた状態だったらしい。 口の中にある総悟の精液を手のひらへ出して、後ろへ塗り込みながら解しにかかる。 「や、ああ…っ。待って、土方さん、まだ駄目でさぁ!」 「駄目じゃねぇ。つか、俺が無理なンだよ」 申し訳なさを感じていた筈なのに、総悟が乱れ、昇り詰めた姿を見たら止まらなくなってしまった。 「嫌」「駄目」「待って」を繰り返すのに構わず、後ろを掻き回して指を増やす。 宥めるために亜麻色の髪を梳いてやったが、効果はなく、総悟はぐすぐすと泣き出した。 後ろから指を引き抜き、猛った己を宛がって、ゆっくりと力を掛けながら、涙で濡れた美しい顔を見つめる。 「やだ…土方さん、ヤでさぁ…」 「嫌なら、もっと抵抗しろ」 俺の言葉を聞いた総悟は、赤い瞳を瞬かせた後、震える唇でぽつりと呟いた。 「しょ、処女じゃないとか…俺、男なのに、酷ェ…」 「いいんだよ、俺しか知らねぇコトだから」 「う…えっ、く…アンタが、奪ったクセに…!」 「抱けっつったの、おめぇじゃねぇか」 それについての問答を、長引かせる心算などない。 ――お前のコトは俺だけが知っていて。 ――お前は俺だけを知っていればいい。 「俺だけ知ってりゃイイんだ…!」 ふたつの意味を込めた言葉を放ち、腰を進めると、急な挿入について来れずに、総悟の体が強張った。 それでも何とか俺の背中に両手を回してしがみつく健気さが堪らない。 「悪ぃ、動く」 馴染むまでの僅かな時間も待ってやれず、緩く腰を動かした。 総悟は声も出せない様子だったが、はくはくと息を吐きながら頷き、両足を俺の腰に絡みつける。 普段の飄々とした態度を裏切って、こんな風に懸命に抱きつかれてしまうと、どうにも我慢が利かなくなった。 一度挿れたモノをぎりぎりまで引き抜く。 「…あ、あ」 惜しむような総悟の声は、次の瞬間には俺が一気に奥まで突いた所為で、悲鳴に変わっていた。 「う、ああっ、あ、んうっ」 優しいなどとは到底呼べない律動に合わせて零れ落ちる声に煽られ、一層激しく白い躯体を揺さぶる。 自分の意識が切り離されて、何処か遠くで結合部がぐちゅぐちゅ音を立てるのを聞いているような気がした。 刃を喉元に突きつけられるような快楽によって、自分が無神経な言葉を口にして、謝罪もなしにこんな行為をしているのだと認めざるを得ず、胸が痛んだ。 気持ちいいと感じるほど、罪の意識に苛まれる。 罪悪感から逃れようとして強く腰を打ちつければ、その分、もたらされる快楽にまた追い詰められた。 「…うご、そうご」 「ふ、あっ。うあっ、ん!」 「そうご…そうご」 駄目だ。 衝動のままに動いてしまっては、完全な独り善がりになってしまう。 酷い言葉を投げつけたのだから、せめて優しく丁寧にして、存分に感じさせたい。 ゆっくりと、総悟の中を侵食するように穿つ動き方に変えると、悲鳴は止み、色づいた声が上がり始める。 「そうご」 「ん、んっ。なに…これ、や…ヤでさ!」 弱点だけを強すぎない力で徹底的に突いていると、抱き締めた体がふるふると震え出した。 「や、ああっ、ひじか…ひじかたさんっ」 「そうご、イきそうか?」 俺の背中に回った総悟の両手が、容赦なく爪を立てる。 どうやら返事をする余裕もないらしい。 張り詰めた中心を撫で上げて、敏感な先端を軽く抉るように擦ると同時に、奥までぐうっと押し挿れた。 「あ、うあ…っ。ん!」 「イケよ、そうご」 「ん、く…っ、あああ!」 はむりと耳を噛んだ瞬間、総悟が一際大きく体を跳ねさせて白濁を撒き散らす。 反動で強く締め付けられて、俺も中に注ぎ込んだ。 二人分の忙しない息遣いだけが部屋に響いていた。 総悟の汗を拭ってやらなければ体が冷えてしまうだろうと思い、余韻に浸ることなく散らばっていた衣服の中から手拭いを引っ張り出す。 ところが、触れようとした俺の手を思い切り振り払って、総悟は怒りに染まった表情で此方を睨みつけた。 「土方さん、今の何なんですかィ!?」 「何って…ナニ?」 間抜けにもそのままを答えた俺の頬は、加減なしにばしんと叩かれた。 尤も、殆ど力は入っていなかったのだが、ソレを指摘するのは自殺行為でしかないため思い留まる。 「巫山戯ンな! どういう心算で途中から、あんな…っ」 「――…ヨくなかったのか?」 総悟が気持ちよくなるコトだけをした心算でいたが、駄目だったのだろうか。 それなりの自信はあったものの、怒り心頭といった様子の総悟を目の前にしてしまうと、流石に少々不安になってきた。 「アンタ、今ので満足だったのかよ!?」 「お前がヨかったかヨくなかったかの話をしてンだけど?」 「違ェだろィ! アンタ一遍死んで来い!」 今の今まで総悟は身も世もなく啼いていたし、何だかんだ言いつつ達している。 勿論、それだけですべて満たされるとは限らないが、すっかり脱力しているし、不満が残るような状態ではなかった。 寧ろ、こうして怒鳴ることにさえ、かなりの労力を要していると見て解る。 「死ねよ土方! 死んじまえ!」 「何が気に入らねぇんだよ」 怒りで顔を真っ赤にし、わあわあ喚く総悟を押さえつけ、落ち着かせるように問い掛けてみた。 赤い瞳に力を込めて俺を見上げながら、総悟は不満を捲くし立てる。 「俺ァ、謝りながらされるなんざ、ご免でさァ! 馬鹿みてェに名前呼びまくりやがって!」 続けて「馬鹿馬鹿、土方死んじまえ」と詰る総悟が、愛おしくてならなかった。 俺が総悟の名をしつこく呼んでいたのは、謝りたかったからに他ならない。 総悟はそれを汲み取った上で、気に入らないと喚き散らかしているのだ。 「――…ンっとに、参るよ、おめぇには」 汗ばんだ白い首筋をぺろりと舐めた後、顔を離して総悟と視線を合わせる。 そうして、言わなければならず、そして言いたくてならなかった言葉を伝えた。 「あんな言い方して、悪かった。ごめん」 「…それだけじゃないでしょう?」 むすっとした総悟が顔を背けようとするので、顎を掴んで阻止して軽く口吻ける。 「今のが不満だったンだろ? がっつりコースでヤり直すから許せよ」 「へ? ちょ、待ってくだせ…っ」 総悟の体を仰向けに倒して圧し掛かり、今しがた俺を咥え込んでいた後ろへ指を差し入れた。 「ひじかたさん! やめ――…あ、あっ」 「これならすぐ挿れられるな」 「いらねェ! もう、いいってば!」 「遠慮すんな」 その後、泣きながらやめてくれと懇願する総悟を目にした俺は、大火事を通り越して焼け野原になるまで貪った。 ここまでやれば満足だろうと体を離した時には、空は白み始めており、総悟は見事に意識を飛ばしていた。 翌日は体調不良で休みとなった一番隊隊長が、山崎に甲斐甲斐しく世話をされていた。 勿論、山崎には何も話していないのだが、機嫌よく総悟の我儘を聞き入れ下僕となっているので、ちょっと怖い。 見舞いに訪れた近藤さんも、総悟が気に入っている甘味屋のゼリーを持ってくるほど上機嫌だった。 広間の炬燵に入って蜜柑を食べていた二人に話を振ってみると、単純明快な答えが返ってくる。 「だって、総悟がもう花街はいいって言うからさー。ホントによかったよ」 「俺のクレジットカードも無事ですし、猥褻物を部屋に置かずに済みましたしね」 「山崎の言う通りだったな! 流石トシだ!」 「だから副長に全部任せておけばいいって言ったんですよ!」 俺は銜え煙草で頷きながらも、僅かに嫌な予感を覚えていた。 「だが、トシは一体どうやって総悟を宥めたんだ?」 「嫌だな局長! そんなの実施に決まっ……」 山崎、黙れ。 視線の先では顔面蒼白の山崎が、声を失ってがくがくと頷いている。 「え? 実施……?」 「あー…局長、お茶淹れましょうか?」 山崎、もっと気の利いたコトを言え。 「トシ、どういうコト…?」 「えー…っと、副長、蜜柑如何ですか?」 山崎、ゴリラを止めろ、斬られてぇのか。 「アレですよ! 副長が沖田さんに寝技掛けて、こってり濃厚なお説教したんです! ね、副長!」 「山崎ィィィ!」 すらりと刀を抜いた俺を見て山崎が悲鳴を上げる。 「成程なぁ。トシの本気が総悟にきっちり伝わったってコトか。うんうん、よかった」 どたばたと走り回る俺たちを余所に、近藤さんはにこにこしながら蜜柑を頬張っていた。 |