千鳥屡鳴 ~もうひとつの“へんねし人”~

 接待に行くのだと、土方さんが言うのは珍しくはない。
 そのくらい俺にも解るし、聞き分けられないことはない。
 だが、いくら上層部からのお呼び出しでも、連日の接待は辛い。
 何が辛いかって。
 白粉の匂いに塗れたままの、セックスが、辛い。
 勿論土方さんは匂いを落してきてくれるが、俺は吐きそうなのだ。
 なのに土方さんは、接待があった日に限って、俺を抱く。

 どうしたら、解ってもらえるんだろう。

 嗚呼、そうだ。
 アンタが、女の匂いがする俺を、感じてみればいい。
 そして、思い知れば、いい。
 俺は土方さんの熱を体の中に感じながら、くすりと笑った。
 笑う俺に土方さんが不思議そうな顔をする。
 そんな土方さんに俺は、珍しく自分からキスをした。

 ああ、決行は、いつにしようか。

          *

 その夜、単であちこち歩くなと土方さんには言われていたが、俺は廊下で土方さんを待った。
 隊服に匂いがつくと後々面倒になるので仕方ない。
 怒られるだろうかと心配になって、俺は単の袷を整えた。
 だが、そこで今夜はもっと凄い悪戯をするのだということを思い出す。
 口元が緩んだ所に、慣れ親しんだ気配を感じた。
 「お帰りなせェ」
 夜警から戻ったばかりの土方さんからは、夜の外の匂いが漂って心地よい。
 対して俺はどうだろう。
 「お前はまたンな格好で…」
 「トイレでさ」
 言いながら土方さんとすれ違う。
 「オイ、ちょっと待て」
 予想通り、土方さんは俺を呼び止めた。
 「お前…」
 土方さんが眉を顰める。
 そうだ。
 その顔。
 それを見たかった。
 「用がねぇなら、行きますぜ?」
 見たいものは拝めたし、後は風呂に入って匂いを落してこよう。
 俺は土方さんの横を通り抜けようとした。
 「総悟!」
 底冷えするような低い怒鳴り声に俺は思わず凍りついた。
 手首をぐっと掴まれるが怖くて振り払うことができない。
 「テメェちょっと来い!」
 「ひ、じかたさ…痛いでさァ…」
 やっとのことで搾り出した言葉は綺麗に無視されて、俺は土方さんの部屋まで引き摺られていく羽目になった。

 こんな、コトに、なるなんて。

 「ちょ…っと、待ってくだ、せっ」
 どさりと畳の上に放り出されて、やっと俺の手首は開放されたが、体はすぐに仰向けに引き倒された。
 「何の匂いか言え」
 ぴくりとも表情を変えない土方さんが怖い。
 「何の、コト…」
 言いかけた俺を土方さんが隊服のジャケットを脱ぎ捨てながら押さえ込んだ。
 俺に跨って右手で自分のスカーフを緩めながら、左手で俺の単の衿を乱暴に開く。
 「や…っ! やでさァ!」
 何をされるかは容易に想像がつく。
 俺を見下ろす土方さんの背中に膝で蹴りを入れながら、被さってくる体を両手で必死に押し留めた。
 足を滅茶苦茶に動かした所為だろう。
 単の裾がすっかり乱れてしまっていたようだ。
 する、と土方さんの手が滑り込んできて俺の太ももを撫でる。
 「…あ!」
 其方へ気を取られた隙に、土方さんは俺の両手をいとも容易く纏め上げてスカーフで縛った。
 緩いけれどそれは多分俺の手首が擦り切れないためで、結び方からして解きようがない。
 「安モンだな」
 ぞっとするような低い声がしたかと思うと、帯が抜かれて単が左右に散った。
 体が震えたのは、肌が晒されて少し寒かった所為、ではないだろう。
 「ひじかたさ…っ!」
 今度こそ土方さんは、俺に覆い被さった。
 「やっ! やめ、やめ…くだせェ…っ」
 ねろり、と土方さんの舌が首筋から鎖骨を這う。
 いつもなら長いキスから始まる行為が、それを飛ばして突然だった。
 「や、じゃねぇだろ? 硬くなってンぞ」
 指で乳首をぐりぐりと刺激される。
 「あ、あっ!」
 片方は口に含まれて、強く吸われたり舌先で突付かれたりと散々嬲られた。
 「う…あぁっ」
 縛られた両手で抵抗しようにも、それはすぐに阻止されてしまう。
 「何でこんな匂いついてンだ?」
 胸元で息を吹きかけるように言われて、堪らなくなった。
 「ふ…。ひじ、か」
 「こんなされてンのにイイのか?」
 言うが早いか土方さんは、いきなり俺の下着の中に手を突っ込んできた。
 「ひ、あ!」
 「こっちも感じてんじゃねーか」
 無理矢理腰を抱えられて、下着を下ろされる。
 「や、や…っ!」
 「の割には、こんな」
 「う、あああっ!」
 握り込まれて、激しく動かされて、俺は耐え切れずに悲鳴を上げた。
 ふ、と香水の匂いがする。
 それは土方さんにも届いたようで、無表情だった顔が、少し歪んだ。
 「何してンな匂いつけたんだっつってンだよ」
 「あ、あ…っ。ぅあ!」
 くちゅり、と土方さんが先端を強く、抉るようにする。
 「うぁ、ああああっ!」
 強すぎる刺激に、俺は土方さんの手の中に、思い切り吐き出してしまった。
 しかし土方さんは達した俺自身から手を退かそうとはしない。
 「ひじかた、さん! 離して…さわ、らな…ああっ!」
 それどころかまたゆるゆると手を動かし始めた。
 「やあーっ! あっ! いやだ、ぁ…っ」
 「テメェが、悪ィんだろが」
 俺は必死に土方さんを押し退けようと、まだスカーフが巻きついたままの両手をぐっと広い胸に押し付ける。
 「うああ!」
 途端に土方さんの手の力が強まった。
 「は、ぅ…あ、やぁ!」
 「ぐちょぐちょだぜ?」
 土方さんの言う通り、俺の耳にもぐちゅぐちゅという音は届いている。
 羞恥にどうにかなりそうだった。
 「で? 総悟、なんでだ?」
 前を激しく扱かれながら、足を大きく広げさせられる。
 「言わねぇなら、イくか?」
 「ひ、ああ――っ!」
 入ってきた指にいきなり一番弱い所をぐっと強く押されて、達したばかりだというのに、俺は体を仰け反らせて熱を放った。
 「…はっ。はあっ、あ」
 瞬時に体を返されて四つん這いになるように促される。
 俺は息をするのが精一杯で、土方さんが一体いつ俺の手を自由にしたのか解らなかった。
 両手を畳に置いたのを見計らったように土方さんが指を入れてくる。
 「う、あっ」
 掻き回すように動かされて、抜き差しされて、増やされて。
 重ねられる土方さんの質問に答える暇などなかった。
 その所為なのだろう。
 体はどろどろに溶けていくのに、今度は決定打がもらえない。
 いつもよりも遥かに長い拷問のような愛撫に、俺はとうとう土方さんを振り返った。
 「ひじ…たさ」
 土方さんが小さく舌打ちをして、俺の腰を抱える。
 「総悟、お前」
 「く、あ、ああ――っ!」
 入ってくる感覚に俺は四肢にめいっぱい力を入れて波に耐えようとした。
 だが土方さんの次の言葉に目を見開く。
 「あんま可愛いコトすんじゃねぇよ」
 「や、あ、ああああっ」
 全部バレていた、と解ったのと、色が薄くなった白い雫がぽたぽたと畳に落ちたのは同時だった。
 「オイ挿れただけだぞ」
 土方さんの声は、もう怒ってはいないが、動きに容赦はない。
 「ぃや、やぁあっ! あぅ…待…って、くだ…!」
 「無理だろ」
 「あっ。い…つか、ら? ぅあ!」
 突かれながら最大の疑問を投げかけると、背後で土方さんが小さく笑った。
 「あ? 最初、からだ」
 そう言われて俺は激しく揺さぶられる。
 「匂いが、キツ過ぎ、なんだ、よ。モロバレ」
 背中にキスをされて思わず背をしならせると、土方さんはそのまま俺を引き上げるようにして自分の上に座らせた。
 「…ひじか、た…さ! 深ぁっ! あ、あぅ」
 自重で思い切り貫かれる形になってしまって、俺は上に逃げようと動くが、すぐに引き戻される。
 それだけでなく、腰を掴まれて、落とすような動作を繰り返された。
 「あう! ぅあぁ!」
 ずん、と腹部を内側から圧迫する土方さんを何度も感じて気が遠くなる。
 首筋にかかる土方さんの熱い吐息と、俺を呼ぶ声だけが、意識を繋ぎとめていた。
 「…も、ぅ…や…あぁ!」
 俺の体はとっくに崩れていて、土方さんに完全に背中を預けている状態になっている。
 「総悟」
 呼ばれたのと同時に土方さんの手が、また俺の前へ回されたので、必死になってその手を押さえた。
 「も、触ら…で、くだ…! やっ、あ!」
 「触ンねぇで、イイのか?」
 がくがく頷く俺を見て、土方さんは一度すべての動きを止めて、俺をぎゅうっと抱きしめてきた。
 「最初、怖かったか?」
 縛られて無理矢理始まったこの行為のことだろう。
 「ば…か、土方ぁ…!」
 俺が言外に怖かったと言うと、髪にキスを落とされた。
 「ところで、お前、何回イったよ?」
 言われながら少しだけ抱えられ上げて、あとは無理矢理土方さんへ向き合うようにぐるりと体を回される。
 「うあ、ああ――ぃあっ! …んん!」
 いくら浅いとは言っても繋がったままでの突然の動きに、恥も外聞もないような声を零した俺の唇は、それでも、この日初めて土方さんの唇に触れることができた。
 「んぅ…」
 角度を変えながら、何度もキスをされる。
 繋がっている場所がじん、としてきているから、土方さんの肩に置いている俺の両手には、変な力が入っているだろう。
 そんなことをぼんやり考えていたら、中が急にずしんと質量を増した。
 「総悟、悪ィ」
 土方さんが複雑そうな顔をする。
 そうして俺が、何を謝るのか、と、問い返す前に動き始めてしまった。
 「ひ、あぁっ! あっ!」
 「やめて、やりてぇン、だけど、な」
 霞がかった俺の頭でもそれは無理だということは解る。
 何せ信じがたいことに、土方さんはまだ一度もイっていないのだから。
 俺は。
 俺は、何回イったっけ。
 「やあぁっ! そこヤでさ、あっ!」
 いきなり敏感な部分を突き上げられて、俺は必死に土方さんに焦点を合わせた。
 「ヤ、じゃねぇ。イイ、だろ?」
 言われながらそのまま何度も責め立てられる。
 「やめ…や…ああ! う、ああっ!」
 爪先から背筋を辿って、ぞわりとした感覚がやってくる。
 だが。
 「ひじ、ひじかたさ…っ! やめ…て!」
 何かが違うそれへ声を上げた俺に、土方さんはあやすようなキスをするだけで止まってはくれなかった。
 「ヤでさ…っあ、あ! ぅああ! たす、け…」
 這い上がってくるのは絶頂感で。
 それならまったく怖くない。
 しかしそれを必死に耐えるのは。
 「総悟、大丈夫だから、イっとけ」
 「う、ああっ! や、やだやだ…っ! ヤで…さっ!」
 「イけ、よ」
 土方さんが促すように俺の中に熱を放つ。
 その瞬間、刀傷よりも鋭い、痛みと熱のような波がどっと来て、頭の中が真っ白になった。
 こんなのは、知らない。
 俺は、土方さんが俺の口を手で覆うほどの悲鳴を上げて、達した。
 触れるなと言ったために触れられていなかった前が、びくびくと痙攣しているのが自分でも解る。
 「あ…あ…ひじかたさん…」
 俺を支えている土方さんが、達した場所にちらりと目を遣ってから俺を見た。
 「初めてだな」
 「なに…ひじかたさん、これ、なに…?」
 あまりのことに息を詰めたままの俺に、土方さんはまた少し複雑そうな顔をする。
 「お前、出てねぇの」
 「……え? でも」
 俺イった、と言おうとしたのを土方さんが遮った。
 「出ねぇでイったンだよ。空イキ」
 すっと伸びてきた手が俺の頬に触れて、辿るように動く。
 「泣くほどヨカッタか」
 「う…」
 みっともないとは思ったが、ぼろぼろと頬を伝う涙は止められなかった。
 自業自得とは言え最初の土方さんは恐怖でしかなかったし、今しがたの絶頂も殆ど恐怖だったのだ。
 「悪ィ」
 土方さんの困ったような声がして、俺の力の抜けた体がぐいと持ち上げられる。
 「ぅく…っ!」
 ずるり、と抜かれて嗚咽の途中に息を混ぜた俺の周りで、思い出したように香水の匂いがしたような気がした。
 はっとなって土方さんを見ると、いつもの底意地の悪い笑みが――なかった。

 悪ィ。吐きそう、だったンだよな。

 優しい声が俺の酷い悪戯を包む。
 思わず瞬きをするのも忘れて、俺は土方さんを見つめた。
 「だからって、お前、香水は可愛くて苛めすぎたじゃねぇか」
 俺は自分がまだ香水塗れではないかと、これまでにないほどの吐き気を催した。
 そんな俺を土方さんが抱きしめる。
 「もう遅い。俺の匂いにしちまった」

 ああ、そうか。

 「アンタ、もしかして」
 広い背中に両手を回すと、土方さんがぴくりと動いた。
 「接待の後、必ず俺を、抱きたがるのって」
 端正な顔は完全に横を向いてしまっている。
 「…言って、くだせェよ」
 俺は土方さんの胸に頬を摺り寄せた。
 「もう、吐きそうになんねェように、言ってくだせェ」
 そっと目を閉じると、とくんとくんと土方さんの心臓の音が聞こえる。
 「悪ィ」
 言われて見上げれば、今度は俺を見つめる土方さんの顔があった。
 吐息が触れるか触れないかという距離で、土方さんがぽつりと言う。
 「おめぇの匂いに、なりたかったンだよ」
 俺は、その言葉と同時に土方さんの首筋へ、顔を埋めた。

          *

 屯所の門の外で、車のブレーキ音がした。
 接待を終えた近藤さんと土方さんが帰ってきたのだろう。
 俺は広間を後にして、玄関へ向かった。
 「お帰りなせェ、近藤さん」
 ほろ酔い加減の近藤さんが、ただいま、と俺の頭をかき混ぜる。
 「……生きてやがったか土方コノヤロー」
 「ンだとォ! この…っ」
 言いかける土方さんを見て、俺はニヤリと笑った。
 「二人共、白粉の匂いがしまさァ」
 近藤さんが自分の右腕をかざしてくんくんと鼻を鳴らす。
 その横に立つ土方さんは、俺と同じように口元に笑みを湛えた。

お題「後ろだけでドライ」
                                   2012.4.21

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