かぶき町は元々ネオンに彩られているが、この季節はより一層華やかになる。 陽が傾き、それらが煌々と輝き出す時間まで、俺は土方さんと組んで見回りをしていた。 クリスマスイブともなれば、浮かれた連中しかいないので、其処彼処で諍いや騒ぎが起きる。 そのため、真選組にはクリスマス巡回強化週間なるものまで設定される始末だ。 「寒ィ」 うっかりマフラーを忘れてきたことを心底悔やんだからこその呟きだった。 「冬だしな」 情緒の欠片もない返事を寄越した土方さんだったが、自分のマフラーを素早く解いて俺の首に巻いてくれる。 煙草と、土方さんの匂いがした。 今日はもう屯所に戻れば、仕事も終わりだ。 「何か食ってくか?」 「こんな日は、何処も、混雑してるでしょう?」 態々外で食べなくても、屯所でもクリスマスを意識した料理は出るし、酒も用意されている。 土方さんがケーキを注文してくれているのも、俺は知っているし。 「早く帰って、のんびりしてェでさァ」 「てめぇは年寄りか」 「チキンもピザも食いやすよ? 酒もしこたま飲みますぜ」 「そういう意味じゃねぇよ。あと飲み過ぎンな」 他愛のない話をしていたら、屯所まではあっと言う間だった。 三和土でブーツを脱いでいると、広間の方から楽しそうな笑い声が聞こえてくる。 宴会好きの集団なので、もう始めている奴らがいるのだろう。 着替えを兼ねて、先に風呂を済ませることにする。 土方さんには生憎、少々の書類仕事があるようで、それが捌けたら宴会に参加すると言っていた。 クリスマスイブにまで書類に追われるなんて、日頃の行いが悪いとしか言いようがない。 風呂で体を温めた俺は、今度は空腹を満たすべく、広間の宴会の輪の中に飛び込んだ。 「沖田隊長!」 「お疲れ様です!」 「おう」 方々から上がる労いの言葉に、片手を挙げて応えた。 「お腹空いてますよね。どうぞ」 「さんきゅ」 山崎がチキンとピザ、ポテトを盛った紙皿と日本酒の入った紙コップを渡してくれた。 ワインが嫌いという訳ではないのだが、俺が日本酒の方が好きなのを、山崎はよく解っているらしい。 有難く受け取って飲み食いしては、話に花を咲かせ、隊士たちの一発芸に大笑いする。 クリスマスイブを名目とした、ただの飲み会と化しているけれど、俺はこういう雰囲気が好きだった。 「そう言えば、副長は来ないんですか?」 チキンを頬張りながら、山崎が俺に小声で尋ねる。 「まだ仕事っつってたぜィ」 「はあ。相変わらずですね」 「腹が減ったら出てくんじゃねェかなァ?」 「そんな。沖田さんじゃないんですから…」 どういう意味だと睨んでみたが、山崎の背後にある掛け時計が目に入ってしまった。 もう午後十時を回ろうとしている。 「ちょっと差し入れついでに様子見てくらァ」 「そうしてあげてください」 俺は山崎がしてくれたように、適当に紙皿に料理を取って、それを手に副長室へと向かった。 適度に酒が入っている分、俺の機嫌はよかったのだ。 ところが、副長室には土方さんの姿はなかった。 「あり?」 文机の上を見ると、書類は綺麗に整頓されており、筆も硯も片付けられていて、仕事が終わっていることが解る。 「何処行ったンでィ」 持ってきた紙皿を文机に置いて、俺は主不在の部屋の中、ちょこんと正座をした。 あわよくば、土方さんが注文しているケーキを食べさせてもらおうと思っていたのに、当てが外れてしまったか。 でも今更あの人が、この時間から女に会うとか、そういうコトは有り得ないのは、解っている。 俺がいるのだし。 ぐるぐると考えていたら、背後で襖が引かれる音がした。 「なんだ。来てたのか」 青墨色の着流しを纏い、濡れた髪をタオルで無造作に拭っている土方さんは、風呂に入ってきただけのようだ。 「アンタが、広間に来ないから」 「ついさっき終わったトコだったンだよ」 土方さんは屈んで文机の上の紙皿からポテトを摘まむ。 「座ったらどうです?」 「いや、お前が来たなら、丁度イイし、ちょっと食堂行ってくるわ」 そう言って食堂の冷蔵庫に土方さんがケーキを取りに行っている間に、俺は勝手に押し入れを開けて鬼嫁の一升瓶を引き摺り出していた。 戻ってきた土方さんにどやされるかと思ったけれど、別に何も言われない。 この人もこの人でそれなりにクリスマスに浮かれているのかもしれない。 土方さんがケーキを切り分け、俺が湯呑みに酒を注いで、二人だけの宴会の準備を進めた。 日本酒とケーキの組み合わせはシュールだけれど、マヨネーズに味覚を殺られている土方さんには特に問題はないだろう。 俺は甘いものが肴でも飲める性質だし、塩気が欲しくなったら山崎に何か持って来てもらえばよい。 「そんじゃ、乾杯しやしょう」 「何にだよ」 「折角なんで、クリスマスイブ?」 かちんと湯呑みを合わせてから、日本酒を煽った。 改まって話すようなことは特別にはない。 俺は黙々とケーキを食べて、土方さんはチキンをマヨネーズで残念な物体へ変化させて口に運んでいた。 ふと、土方さんの手が止まる。 「どうかしやした?」 「ああ、まあ、もう三年も経つのかと思ってな」 「……」 咄嗟に返せる言葉を見つけられず、俺はケーキにのっているサンタクロースをじっと見つめた。 サンタクロースの飾りなんて選ぶくらいだから、この人の中の俺は、まだまだ子供なのかもしれない。 三年前のあの日から、変わらないまま。 そんな俺の様子を気に留めることなく、土方さんは湯呑みの酒を飲み干した。 |