夜に割り当てられていた勤務を終えて、残っている書類と格闘するために自室に戻ろうと廊下を曲がった所に、白い塊があった。 縁側に座って細い足をぶらぶらとさせながら、口元にお猪口を運んでいる。 俺は盛大にため息を吐いた。 「何してやがんだ、総悟」 「月見でさァ」 隊服でも袴姿でもなく、白い単に着替えている総悟は就寝前なのだろう。 横には総悟が愛して止まない酒、『鬼嫁』の一升瓶が何本か転がっていた。 「曇ってるじゃねぇか。部屋に戻れ」 少し苛付く俺の声は、疲れと書類が原因だろう。 「少しなら見えますぜ。それに…ここから見る月がいいんでさァ」 のんびりと答えた総悟を、丁度、雲間から差し込んだ月明かりが照らした。 色素の薄い髪と、白い肌、その上に白い単が悪かった。 月明かりは総悟を淡く浮かび上がらせるように照らし出す。 ふいに総悟が俺の方を向いて笑った。 「ほら、土方さん、月」 いつもの笑顔と何ら変わりはなかった筈なのに、酷く儚いものに見えたのは、すべて月明かりの所為だ。 そう解っているのに、総悟がそのまま何処かへ行ってしまうのではないかと、思わず俺は総悟を抱え込んでいた。 「風流が解らないお人だ」 勘違いした総悟が腕の中でくすくすと笑った。 それでもまだ月は総悟を照らしたままで、焦燥感ばかりを連れてくる。 くすくす笑いが止まらない総悟を不審に思った俺は、顔を覗き込んだ。 どうやら珍しく酔っている様子で、頬だけじゃなく目元まで朱色になっている。 身体を抱え込んでいる腕からは高い温度が伝わってくるし、吐息もかなり熱い。 こんな酔っ払いなら、あの月には攫われないだろう。 そう思って俺が腕の力を抜いた瞬間、総悟は身を捩って俺の膝に器用に乗り上がり、月に照らされた白い両手を俺の首に回してきた。 掠れた声で俺を呼ぶ総悟に、お前にも風情はねえよと言って、唇を重ねた。 「ん…これで大丈夫でさァ…」 息を整えながら総悟が呟くように漏らすので、俺は視線で言葉の先を促す。 「満月ってヤツを見てると、吸い込まれそうに、なることがあるんでさ…」 腕の中の総悟が、俺の隊服の上着をきゅっと引っ張った。 「だから、アンタのものだって見せつけといてやろうと思いやした」 俺の焦燥感もあながち間違っていなかったらしい。 苦笑した俺を不思議そうに見上げる赤い瞳は「そうでしょう?」と言いたげで、まだ少し不安そうだ。 俺は無言で単の下に手を滑り込ませて、総悟に小さな声を上げさせた。 「大丈夫だろ。こんなヤラシイかぐや姫は願い下げられる」 真っ赤になった総悟が罵詈雑言を吐く前に、俺は再びその唇を塞いだ。 |