酔蜜糖

 夜勤で見廻りを終えた俺は、猛ダッシュで屯所へ戻った。
 今夜は、宴会が開かれている。
 つまり総悟が酒を口にする。
 完璧に酔う前に何とかして広間から連れ出し、部屋へ押し込んで寝かせなくてはならない。
 何故なら、総悟は完璧に酔う寸前に、とんでもないコトをしでかすからだ。
 いつものように標的が俺ならまだいいが、もしほかの奴だったらと思うと、俺は走らずにはいられなかった。

 慌しく屯所の玄関を通り抜け、広間に入ると、既に近藤さんがふんどし一丁で踊っていて、多くの隊士が酔い潰れていた。
 その光景を見て、俺は少しだけ安堵する。
 これで全員が全員、総悟の悪癖を目撃することはないだろう。
 「あ! 沖田さん…!」
 山崎の焦った声が総悟を呼んだ。
 次の瞬間、俺の視界に飛び込んできたのは、総悟本人だった。
 「ひーじーかーたーさーん!」
 総悟のその一言で、俺は頭を抱えたくなった。
 完璧に酔う寸前、だ。
 「お帰りなせェ」
 総悟はそのまま俺の首に両手を回そうと少し伸び上がる。
 「総悟!」
 取り敢えず総悟の両肩を押さえつけた。
 「山崎ィィィ! あれだけ飲ませ過ぎるなっつっといただろォがァァァ!」
 怒鳴る俺に山崎が何か言いかけたが、その答えを待つことはできなかった。
 目の前の総悟が再び口を開いたからだ。
 「土方さん。お帰りなせェってば!」
 肩を押さえられているにも拘らず、総悟はまったく怒ることはない。
 「ん」
 (ただいまのちゅーしろってか!?)
 俺を見上げるようにして、目を閉じている総悟に一瞬くらっとした。
 だが、ここは広間だ。
 どう強請られようと、どんなに可愛かろうと、何もすることはできない。
 「『ん』じゃねぇ! 飲み過ぎだテメェは!」
 「…ごめんなせェ」
 今度は素直に謝られた。
 総悟の完璧に酔う寸前のとんでもないコトとは、俺に仕掛ける想像を絶する誘いだ。
 つまり俺はそれがほかの奴に向かわないかが心配だったワケで、見張りに山崎を置いていたのだが、やはり山崎では総悟の飲み過ぎのストッパーまでにはならなかった。
 問題の総悟はいつの間にかすっぽりと俺の腕に入り込む体勢を作り、隊服の上着をきゅっと掴んでいる。
 「…ちょっ。お前、やめ…」
 「何をやめればいいンですかィ?」
 赤い瞳が俺を見上げる。
 酒の所為でとろけた瞳が艶やかに光って、俺は思わず一歩後ろへ下がった。
 だが総悟はすぐにその一歩を詰めてくる。
 (これヤバイだろ!?)
 総悟はいつもは出さないような色香を振り撒いて、先ほどと同じように口吻けを強請ってきた。
 吸い込まれるように俺は総悟の顔に顔を寄せて、はっと我に返る。
 (…ってか俺もヤバイだろ!?)
 気づけば周囲の視線が俺たちに集中していた。
 「副長! 沖田さんは気分悪いみたいで…!」
 俺の睨みと同時に、山崎がすかさず助け舟とばかりに叫んだので、周りの隊士達は怯えと納得で目を逸らした。
 それを気にも留めない総悟は、俺を見上げたままだ。
 兎に角、総悟とこのまま広間にいることは危険でしかない。
 俺は総悟を部屋に押し込んで寝かせるために、廊下へ出た。
 スタスタと歩く俺のすぐ後ろを、総悟がついて来る。
 転ばないようにと握っている総悟の手首は、酒の所為で熱かった。
 だが、総悟の部屋の襖を開けて後は本人を放り込むだけ、という所で、総悟が動かなくなる。
 「さっさと寝ろ!」
 俺の言葉に総悟は首を横に振った。
 そして。
 「土方さんの部屋、連れてってくれないンですかィ?」
 バズーカどころか爆弾投下、だ。

 そのまま総悟を本人の部屋に放り込もうとして三十分。
 駄々を捏ねまくる総悟に観念した俺は、仕方なく総悟を自室に連れて行く羽目になった。
 いつもの腹黒はどこへぶっ飛ばしたのか、総悟は無邪気に笑って、俺の部屋に入ると、襖を閉じる間も惜しむかのように口吻けてきた。
 「おい、お前…どこまで酔っ払って……」
 俺の言葉にも耳を貸さずに、総悟は必死な様子で唇を重ね、俺の隊服のスカーフを抜き取る。
 (おいおいおいィィィ!)
 あまり重くはないが全体重をかけて、総悟は倒れこむようにして俺を押し倒してきた。
 「ん…ん、んんっ」
 しかし声を漏らしながらも口吻けることは忘れていない。
 器用とは言えない手つきで、総悟は俺の隊服を脱がしにかかった。
 「おい、総悟! お前何してンのか解ってるのか!?」
 「ん…わかってまさァ」
 総悟は俺のシャツと格闘している。
 顕になった肌の部分にちゅ、ちゅ、と口吻けながら、やがてすっかり俺のシャツが開かれたのを確認した総悟がやっと動きを止めた。
 「そ、総悟、もういいだろ? 兎に角今日は自分の部屋……っ!?」
 言いかけた俺は総悟の次の行動に言葉を失くした。
 いきなり俺に跨った総悟が、自分の着物の襟をぐっと開いて、同時に袴の紐を解いたのだ。
 「ひじかたさん…」
 少し呂律が回っていない熱っぽい声が俺を呼ぶ。
 「総悟、ちょっと待て!」
 (なんだ!? これいつもの誘い方と全然違うぞ!?)
 袴が落ちないように、俺は両手で総悟の腰を押さえた。
 「待てないでさァ」
 俺の両手が袴を押さえていることに気づいた総悟は、勢い良く着物の襟を開いて白い肌を曝け出した。
 今度は着物を着せようとして、片手を袴から外した俺は馬鹿だ。
 総悟は腰を少し浮かせて、袴までキレイに脱いでしまった。
 一連の作業を終えた総悟は、俺の手を取ると、またも爆弾投下を行った。
 「土方さん、触ってくだせェ」
 (おいィィィ! これ総悟かァァァ!?)
 はあ、と色っぽい溜息を吐く総悟に、俺はどう対処すべきか悩み始めた。
 が。
 「…イヤですかィ?」
 いつもの数十倍の破壊力を持った誘い方に、俺も徐々に余裕を失くしてきた。
 「イヤじゃないって、言ってまさァ」
 俺の下半身に手をやった総悟の微笑みは、幼いものにも艶を引いたものにも見える。
 総悟の体にはかろうじて着物の袖の部分が腕に引っかかっているだけだ。
 扇情的な姿をした上に、赤い瞳が更なる光を宿した。
 総悟は体をずらして、いきなり俺の隊服の下を開くと、止める間もなく俺自身を口に含んだ。
 「…くっ。そ、うご」
 突然のことで思わず漏れた俺の声に、総悟が俺を見上げる。
 俺が総悟にすることはあっても、総悟からこんなに積極的にすることはとても珍しい。
 舐めたり吸ったりを繰り返しながら総悟はまたも驚愕すべき行動を起こした。
 「んぅ…んんっ」
 そのままの体勢で、自分を、解そうとしているのだ。
 酔っ払って誘うことはあっても、此処までの誘い方をしたことはなかった。
 それだけ酔っているというのか。
 目の前で繰り広げられる光景に思わず俺は息を飲んだ。
 「んん、んっ! …んっ」
 暫く呆然としていたが、咥えられている俺の方がまずいことに気づき、総悟の顔を上げさせた。
 「あっ! ぅ…ン」
 開放された総悟の唇から声が漏れるのは、解そうと必死で動かしている総悟自身の手の所為だ。
 「総悟」
 「ちょっと、待っててくだ、せェ…っ」
 (待ってねーし頼んでねーよ!!)
 しかし、それから少しして総悟が自分から俺へと腰を落としたのを見て、俺は自分が素面だということに感謝した。
 当たり前かもしれないが、俺は総悟よりも遥かに酒に弱い。
 もしも酔っていたら、この凄まじいほどの破壊力を持った淫靡な光景を、覚えていられないだろう。
 総悟はある理由から、この体位を滅多にしてくれない。
 …追い上げて強要したことは、あるのだが。
 「うあ、あ! ん! …っ」
 嬌声を上げながら、総悟が自分で腰を揺らす。
 両手を俺の腹に押し付けるようにして、髪を乱し上下する体は、時折バランスを崩して倒れそうになる。
 「ひ、じかたさ…、ぅあ! …腰っ」
 俺は総悟が落ちないように、細い腰に両手を添えて支えるようにしてやった。
 此処までくるともう、誘っただの誘われただのは関係ない。
 それでも暫くは一人でただ喘ぎ続ける総悟を見ていたくて、俺からは動かなかった。
 「土方、さ…! ひじ、か…っ! あ、う…もぅ」
 一人では焦れたのだろう、総悟が俺を見つめる。
 「も、やでさ…っ! …あっ、も、動いて…くだせ、ェ!」
 総悟がこの体位を嫌がるのは、最終的に俺に動いて欲しいと強請らなければならない状態になるからだ。
 俺はくらくらする頭のまま、総悟を下から突き上げた。
 「ひ、あっ! …あ、深ぁ、あ!」
 自重の所為でいつもより深い位置まで貫かれているのだろう。
 総悟は自分でも動きながら、俺の動きに声を上げる。
 「…イイのか?」
 「や! あ…っ、や! ぁ…や!」
 いつものことだが総悟は否定形で喘ぐ。
 俺は動くのを止めた。
 「やだ、ひ、じか…さ! 動いてッ…くだ…せッ!」
 「イイのか? って、総悟」
 動かないまま総悟に問い掛けて、いきなり強く突いた。
 「ぅあ! ん……ィィ…っ! やぁっ!」
 小さな声で、イイと言った総悟はすぐにまた否定形を放つ。
 否定形が零れる度に俺は動くの止めた。
 「…っ! イイ! イイでさ…ッ! 馬鹿ぁッ!」
 自分で動きながらも、総悟はとうとう根を上げて、肯定で喘いだ。
 それを聞いた俺の理性は飛んだ。
 滅茶苦茶に突き上げると、総悟がカタカタと震え出す。
 「あ! イイっ、…ひじかたさ…ッ! イイ!」
 堰を切ったようにイイと素直になった総悟が、時折唇を噛み締めて、必死に波に耐えるような顔をする。
 くっと反り返って白い喉元を晒し、総悟は自分の体を支えるのが危うくなってきている。
 「んん! ぅ、あっ。………っと…」
 総悟が何かを言った。
 聞き取れなかったので、動きを止めないまま問い返すと、それは更なる爆弾投下だった。
 「…もっと。ひ、あ! イイ! も…っと」
 破壊力満載の総悟に、眩暈と頭痛を覚えた俺は、やや乱暴だと思いながらも体勢を変えて総悟が下になるようにした。
 すぐに俺の背中に回ってくる両手が愛しくて、貪るように唇を重ねる。
 元から整っていない息の合間に、総悟のじれったそうな言葉が零れた。
 「早くっ…う、ごいてくだ、せェ」
 「あんまり可愛いお強請りばっかしてると、容赦なくなるぞ?」
 「…しなくて、いい、でさァ」
 された覚えもない、と言う総悟に、俺は流石に苦笑して動きを再開させた。
 「さっきみたいに、しろよ?」
 「う、あっ。…?」
 「イイ、とか、もっと、とか」
 総悟の白い肌が、赤く染まる。
 恥ずかしがる暇を与えないように突き入れると、総悟の体が跳ね上がった。
 「あっ! や…ッ。ぃやあっ!」
 「総悟」
 揺さ振りながら名前を呼ぶと、総悟の喉がひゅっと鳴る。
 「…か、たさん、イ…イ! ぅあ、あ! も、っと…ッ!」
 腰にクる総悟の喘ぎは、総悟自身を煽るものでもあるようで、やがて大きく体を震わせ始めた。
 「も、ダメ! っィ…」
 (今、コイツ、いやまさかそれはないだろ)
 「なン、だ?」
 総悟の語尾を捕えた俺は、まさかそこまで言うのか? と疑った。
 「お前、イキそう、なの、か?」
 総悟は息を止めて声すら出さなくなっている。
 「総悟」
 低く名を呼ぶと、総悟がこくこくと頷いて、声を漏らした。
 「う、ン…っ。…ィ………ク…ッ」
 限界が来そうになったのは俺の方も同じだ。
 総悟がそれを言葉にするとは、予想外でモロに腰を直撃したのだ。
 俺は総悟自身に手をやって、促すように動かした。
 「ふあっ! う、あああっ!」
 「……ッ」
 総悟の限界と俺の限界は殆ど同時だった。

 すうすうと眠る総悟を見ながら煙草に火を点けた俺は、ふとあることに思い当たった。
 そう言えばこの所、俺は仕事に忙殺されていて、総悟と一緒の時間を取っていない。
 今日はその反動もあるのか、と苦い笑いが込み上げてきた。
 総悟はわざと酒を飲み過ぎたのかもしれない。
 吐き出した煙にそんな幻想を乗せるほど、総悟の乱れっぷりは凄まじかった。

 翌朝目を覚ました総悟は、それこそ容赦がなかった。
 「頭痛ェ…腰も痛ェ…アンタ酔った俺に何してくれてるンですかィ!?」
 散々罵倒した挙句、総悟がぎらりと俺を睨むが、そんなものでは俺の機嫌の良さに勝てはしない。
 「昨日のお前、壮絶にエロかったんだから、仕方ねぇだろうが」
 (っつーか半分以上自分でやってたじゃねーか!!)
 思うことは色々あったが、火に油となりそうなので、敢えて口にしなかった。
 「エロ土方には何も言われたくねぇでさァ!」
 赤くなった総悟が、反論と共に蹴りの構えを見せたが痛みがあったのだろう、蹲った。
 「酔っ払い相手に、アンタ…あんな……」
 「お前、乱れまくって啼きまくったの、覚えてるのか?」
 どうも総悟は自分がどうなったかある程度は解っているらしく、攻撃よりも羞恥が勝っているようだ。
 「…あれ、素直に素面でしろよ」
 「アンタ馬鹿だろィ……」
 後に続いた総悟の呟きは気にならなかった。
 俺は完璧に酔うまで飲ませられない、危なっかしくて可愛い酒豪を抱き締めた。

 『アンタ馬鹿だろィ……素直にできりゃ酔ったフリなんざしねェでさァ』

 罠を仕掛けて待ちやした。
 ちぃと淋しかったンでィ。

                               2011.11.1

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