師走嗜好懐炉



 冬の土方さんは鬱陶しい。
 血の気は多いクセに、体温はそれ程高くないらしく。
 故に、何だかんだと言い訳をする。

 市中見回りには適さない寒い日が続いていた。
 特に日が落ちてから夜中にかけての警邏は、体を芯まで冷え切らせる。
 屯所に戻った俺は、真っ先に火鉢がぬくぬくと部屋を暖めているであろう、副長室へと走った。
 「戻ったのか」
 すぱーんと襖を開け放ち、しかしすぐに後ろ手で閉めた俺へと、銜え煙草の土方さんが声を掛けてくる。
 「寒ィ! あー寒ィ! 誰かの組んだシフトのお陰で、心の底まで冷えやした!」
 「おめぇの心は何時でも絶対零度だろが」
 書類仕事が終わっていないのか、土方さんは此方を見もしなかった。
 俺は兎に角寒かったので、火鉢の傍らに陣取って、ただ大人しく当たることにする。
 ふと、土方さんが羽織を脱いで横へ置いているのに気づいた。
 「アンタ、寒くねェの?」
 「あァ?」
 「っていうか、この部屋、暑くねェですかィ?」
 「――…気の所為だろ」
 土方さんの答えの前にあった妙な間で、解ってしまう。
 この人は、そろそろ俺が来ると解っていて、火鉢の炭を足したのだと。
 なんだか擽ったくなって、両手を頬へ持って行く。
 まだ冷たい指先が、気持ちよく感じた。
 だから、膝立ちで土方さんへと寄って行き、着流しの衿からずぼっと両手を突っ込んでやる。
 予想通り、土方さんは声にならない悲鳴を上げた。
 「だっ、てめっ、何しやがる!」
 喚く土方さんを横目に、人心地が付いてきた俺は退散しようと立ち上がる。
 「そろそろ着替えやす」
 「風呂と飯もとっとと済ませろよ」
 土方さんは新しい煙草に火を点けながら、そんな言葉と共に部屋を出る俺を見送ってくれた。
 冬場の俺の夜勤の時、こういうコトは珍しくない。
 山崎辺りに遭遇すると、なんだか複雑そうな、うんざりしたような表情をされるが、それは殴っておけばいい。
 問題があるとすれば土方さんの方なのだ。
 厳密には、土方さんが夜の見回りに出る時、と言うべきか。

 翌日、夕方に屯所に戻った俺と擦れ違いで土方さんが警邏へと出掛けた。
 「アンタ、寒がりなんだから、コート着てけばいいでしょう」
 「あんなモン着てたら、いざって時に動きにくくて敵わねぇ」
 気持ちは解らないでもない。
 俺はコートを着ることはあるけれど、土方さんと同じ理由から手袋はしない。
 もこもことした手袋でなくても、刀を扱うには邪魔だ。
 「行って来る」
 「へぃへぃ。闇討ちにでも遭いやがれ土方コノヤロー」
 土方さんと別れて自室に戻り、隊服から一度着替えた。
 寝巻にするには少し早い時刻なので、着物を引っ張り出し袴も着ける。
 そうしてまずは夕食を摂ろうと食堂へ向かった。
 何人かの隊士が勤務の合間を縫って食事をしていて、その中に地味な存在を発見する。
 「ザキ、今日の飯って何があんの?」
 「お疲れ様です。A定食が鰤大根、B定食が豚の生姜焼きですね」
 山崎が食べている鰤大根も美味しそうだったが、育ち盛りの俺には肉は魅力的だった。
 それでも結局A定食を選び、トレイを抱えて山崎の向かいに座る。
 「そう言えば、副長は今日、夜の警邏でしたっけ?」
 俺のトレイをちらりと見た山崎がぽつりと漏らした。
 「…おう」
 「それでがっつり食べないって訳なんですね」
 地味な監察は土方さんだけでなく、俺の行動も把握している。
 なんとも腹立たしい。
 「テメェ、内海に沈められてェのか」
 ヒィッと小さく悲鳴を上げた山崎を横目に、程よく煮込まれた鰤を解して口へ運ぶ。
 そうやっていつもと大して変わらない食事を終えた俺は、今度はテレビを見ようと思い広間へ行った。
 「おお、総悟。飯は食ったのか?」
 「へぇ。食いやした」
 広間の炬燵から近藤さんが朗らかな笑顔を向けてくる。
 倣うようにして俺が炬燵に入ると、当然のように近藤さんはテレビのリモコンを寄越した。
 暗に好きな番組に替えてよいという合図なのだが、今流れているのはニュースなので、職業柄見ておかねばならないだろうと首を横に振る。
 近藤さんはにこりと笑って、テレビ画面へと視線を戻した。
 「今日は姐さんの所には行かないンで?」
 「もう少ししたら出掛ける心算だ」
 俺の問いに対し、近藤さんは豪快に、本日もすまいるにストーカーをしに行く予定だと宣言する。
 「総悟は早番だったんだろう? 風呂はもう済ませたのか?」
 一瞬言葉に詰まった。
 警邏に出て市中を歩き回って来れば、埃だのなんだので汚れるから、俺は大抵風呂に入ってから飯にする。
 しかし、本日は土方さんが夜の見回りなのだ。
 「――…風呂は、まだ……」
 「そうか。しっかり温まって、風邪引かねぇようにするんだぞ」
 山崎ほどの鋭さがないのが、近藤さんのよい所でもある。
 ほっと胸を撫で下ろす思いで、こくりと頷いてみせた。

 やがて近藤さんがすまいるに出向くために、足取りも軽やかに広間を出て行き、暫く俺は一人でぼんやりとテレビを見ていた。
 「…あり?」
 そのまま炬燵で居眠りをしていたらしい。
 山崎か原田さんか、終兄さん辺りが気にしてくれたのだろう、背中が冷えないように毛布が掛けられている。
 はっとなって時計を見れば、あと四十分ほどで土方さんが戻って来る時刻になっていた。
 慌てて自室まで走り、寝巻の単を抱えて、今度は大浴場へとダッシュする。
 体を洗って浴槽へ飛び込んだ。
 「あっちィ!」
 冬場は隊士たちの体を温めるために、湯の温度が高めになっている。
 ぬるめの湯を好む俺には熱すぎて、すぐに肌も赤くなってしまった。
 だが、俺は湯船から出ることをせず、ぐっと堪えて浸かり続ける。
 そうしてたっぷりニ十分体を温めた頃には、じんわりと汗をかき始めていた。
 「頃合いかねェ」
 汗ばんだ顔だけ、水道の水でばしゃばしゃと洗ってから、脱衣所のドライヤーでざっと髪を乾かして単に袖を通す。
 此処でも俺は、時計を見た。
 もう五分もすれば土方さんは帰って来る。
 着物を部屋に放り込み、もう一度広間に向かった所で、外の冷えた空気を纏った土方さんと鉢合わせた。
 「おかえりなせェ」
 「おう。丁度いい、部屋に来い」
 土方さんはぶら下げていたコンビニエンスストアの袋を軽く持ち上げる。
 辺りにふわりと出汁の匂いが漂っていた。
 「食うだろ?」
 「餅巾ありやすか? あと竹輪と玉子」
 「全部ある。牛筋も入れてもらった」
 おでんのネタの確認をしながら、副長室へと廊下を歩く。
 主が不在だった部屋は、これでもかという程に冷えていた。
 土方さんが着替えている間に、火鉢に火を熾す。
 俺はつい今しがた風呂を済ませたばかりだから、寒い訳ではなかったのだが、まあそれはおでんの分のサービスだ。
 「寒ぃな。冷めねぇ内に食えよ」
 「へぇ」
 ごそごそとパックに入ったおでんを取り出し、周到に二膳貰って来ている割り箸を土方さんに差し出そうとした時。
 「おい、総悟」
 ふいに名前を呼ばれた。
 同時に弱くもなく、強くもない力で腕を引かれる。
 幸い、おでんは文机の上で、俺が持っていたのは割り箸だけだった。
 しかし、不覚にも俺が体勢を崩すのには十分で、見事に土方さんの方へと倒れ込んでしまう。
 まあ、踏ん張ろうと思えば踏ん張れたのだけれど。
 胡坐をかいた土方さんの上に座った俺は、気にせずおでんへ手を伸ばす。
 「先に風呂に入って来ればいいでしょう」
 「んー」
 俺の腹に両腕を回して、後ろから抱え込むようにしている土方さんは、何とも気の抜けた返事を寄越した。
 そのままの状態で、俺はパックの蓋を取り、少し冷めてしまったおでんを食べる。
 土方さんはじっと俺を抱きかかえていた。
 「あー…あったけぇ」
 「そりゃよかったですねィ」
 「おでん、美味いか?」
 「お陰様で」
 冷え込みが増した最近の夜の警邏の帰り、土方さんはおでんを買ってくる。
 俺の好きなものばかりを選んで。
 そうしておでんを食べている俺で、取り敢えずの暖を取るのが習慣だ。
 蹴り飛ばしてやってもよいのだが、おでんに釣られたコトにしてやっている。
 帰って来る時間を見計らって、熱い風呂に浸かっているのは、絶対に内緒だ。
 「そろそろ離れなせェよ」
 「牛筋の分、延長しろ」
 「何ですかィ、ソレ」
 言いながらもくっついている土方さんを、引き剥がすことはしなかった。
 今度は変わり種のロールキャベツでも買って来て、この人はまた延長とか言うのだろう。
 その姿を想像して、ちょっと笑ってしまった。

 冬の土方さんは可愛らしい。
 そんな風に思ってしまうくらいには、俺はこの人に惚れているらしく。
 故に、何やかんやで絆される。

                               2020.12.20

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