霜月乱調子


 その餓鬼は、天邪鬼でちっとも可愛くない。


 朝晩は冷え込むようになったこともあり、屯所の広間に炬燵が置かれた。
 各部屋にも火鉢が入れられて、本格的に冬を迎える準備が整い始めたという所だ。
 生憎、本日は天気もよく暖かいため、炬燵に入っている隊士はいなかった。
 それが嬉しいのか、はたまた俺の説教から逃れたいのか、総悟は広間に着くなり炬燵へ飛び込んだ。
 「まだ話は終わってねぇだろ!」
 「へぃへぃ。聞いてあげまさァ」
 「さっきのアレは何の心算だ!?」
 俺は午前の見廻りで起きた騒動について言及していた。
 見廻り中、不意の襲撃に遭遇したまでは、まだいい。
 よくはないのだが、此処での問題は賊を蹴散らすために、総悟が町中でバズーカをぶっ放したことにある。
 ――それも俺に照準を合わせて。
 「今更じゃねェですかィ」
 何処吹く風というように、軽口を叩く総悟が、首元まですっぽりと炬燵に潜っていくのを阻んだ。
 「昼寝の前に始末書だ」
 「俺ァ、市民のために働いたンですぜ?」
 「商店一軒、住宅二軒、それと俺の額に被害が出てンだよ」
 木っ端微塵となった板塀の破片が掠めた額を見せる。
 「えー、アンタが書いてくだせェよ」
 「別にそれでも構わねぇが」
 ぱあっと顔を輝かせた総悟に、俺は淡々と告げた。
 「その代わり、てめぇは謹慎にすっからな」
 謹慎と聞いた途端、総悟はしゅんと肩を落とす。
 食らえば部屋から出るのは最低限の用事の時のみ、事実上の軟禁生活となる処分だ。
 「……書きまさ」
 幾分殊勝な声音でそう答えた総悟が、此方を見上げてくる。
 「書いてあげやすから、三丁目の角の店のラーメン奢ってくだせェ」
 「何でだァァァ!」
 もうツッコミも追い付かない。
 「ったく、お前がもう少し素直だったらなァ」
 ぼやいてみても、総悟は気にも留めない風で、ひとつ咳払いをしただけだ。
 しかも、その夜提出された始末書には『ひじかたさんがやりました』と一言書かれていた。
 「糞餓鬼が」
 やらなくてよいことを態々やり、やれと言われれば難癖を付ける。
 天邪鬼にも程があるだろう。
 結局、俺は可愛げの欠片もない部下兼恋人の後始末に追われることとなった。

***

 翌朝、会議の後でこってり総悟を絞ってやろうと思っていたのだが、その会議に総悟は来なかった。
 これは寝坊をしているに違いない。
 欠席させて切腹を言い渡す訳にもいかないし、仕方なく議事録を持ってきた山崎に呼びに行かせる。
 五分と掛からず姿を現した所を見ると、一応起きてはいたらしい。
 だが、例え五分であっても遅刻は遅刻だ。
 まずはそのことを謝罪させなければと、口を開きかけた俺の前で、亜麻色の髪が揺れた。
 「すいやせん」
 総悟はそれだけ言うと、いつものように前列にすとんと腰を下ろす。
 「は? あ…まァ、解ってンならイイが」
 此方としては拍子抜けしてしまう。
 てっきり俺を呪い殺すために夜更かしをしていたとか、早速調合した毒薬をマヨネーズに仕込んでいたとか、そういう言い訳が炸裂すると思っていたのだ。
 会議そのものも総悟による余計な発言がなかったので、スムーズに終わらせることができた。
 コイツがこんなに大人しいなんて、何かの罠だ。
 一体何が待ち受けているのか。
 俺は恐々としながら、総悟を伴い市中の見廻りに出た。
 何時になったら仕掛けてくるのだろう。
 ところが、総悟は途中でサボることもせずに、見廻りをこなしていく。
 普段ならファミレスやらコンビニやらで何か買ってくれだとか、予告なく姿を消したりだとか、そういうコトをしでかす筈なのに。
 そんなことばかりを考えていた俺に、総悟が声を潜めて問うてきた。
 「土方さん、気づいてますかィ?」
 「何に……ああ、五人、いや六人か?」
 「痛い目に遭ったばかりだってェのに、ドエムの集団ですかねィ」
 昨日、襲撃してきた一派の残党と思しき浪人たちが、六人程俺たちを尾行している。
 相手をしようにも、昨日の今日でまた大きな騒ぎにするのは拙い。
 取り敢えず人通りのない細い路地へと入って、民家から距離を取ることにした。
 「いいか、総悟。周囲への被害は最小限にしろ」
 「奴らの生死は?」
 「生け捕りに決まってるだろ!」
 「へィ、解りやした」
 滅多にないお利口な総悟の返事を聞きながら、刀の柄に右手を遣る。
 毎回こうやって言うことを聞いてくれれば、俺としても助かるのにと思った。
 誘い込まれたことに気付いたらしい浪人たちが、一斉に抜刀したのを合図に乱闘が始まる。
 そうは言っても相手は少人数なので、端から心配などはしていなかった。
 しかし、浪人たちは俺よりも総悟の方が上手だと調べてきていたのだろう。
 四人が同時に総悟へと斬り掛かった。
 「オイ! ぼさっとすンな! 右!」
 僅かに右の脇に隙ができた総悟に、慌てて声を張り上げると、派手な舌打ちを返される。
 そこに「死ね土方」というお決まりの台詞がないことに、俺は違和感を覚えた。
 刀を合わせていた二人の浪士を峰打ちで仕留めてから、改めて総悟を見る。
 構えも太刀筋も見事なものだ。
 ただ、足の運びが僅かにおかしい。
 おかしい。
 そう、おかしいのだ。
 そもそも、総悟が素直に俺に謝ったり、指示に従ったりすること自体がおかしい。
 「総悟!」
 慌てて傍まで駆け寄り、最後の一人をぶちのめす。
 「邪魔しないでくだせェよ」
 上がった息を整えながら、総悟が言うのを遮った。
 「馬鹿が! 熱があるなら早く言わねぇか!」
 昨日、炬燵に入りたがったあの時には、もう発熱していたのだ。
 俺が咳払いだと思ったアレも、風邪によるものなのだろう。
 白い手を取ると、案の定、熱い。
 携帯電話で屯所にパトカーを数台回してもらい、伸した浪人を詰め込み、空いている一台で俺たちもその場を後にした。
 「薬は? おめぇ、どうせ飲んでねぇだろ?」
 「ザキに言って、朝、飲みやした」
 その一言で、山崎が総悟に口止めされていて、俺に報告を寄越せなかったのだと解る。
 解っていても言わずにはおれず、運転席に向かって低く唸った。
 「山崎、切腹」
 「ひぃ!」
 ハンドルを握る山崎が悲鳴を上げて肩を竦める。
 「ったく、帰ったら大人しく寝ろよ」
 「へぃ……」
 頷く総悟を見て、俺はやれやれと溜息を吐いた。

***

 屯所に戻ると、有無を言わさず総悟を布団へ押し込んだ。
 朝に飲んだ薬とやらが、切れてきているらしい。
 熱が上がっているだけでなく、時折、乾いた咳をするようになった。
 「沖田さん、お昼、普通に食べられそうですか?」
 丸盆に水差しと吸い飲み、薬袋などをのせてやってきた山崎が総悟に尋ねる。
 亜麻色の頭はふるふると横に振られた。
 「じゃあ、お粥の支度してきますね」
 俺は部屋を出ていく山崎を見送ってから、布団に包まった総悟に向き直る。
 「他に食えそうなモンは? 何かねぇのか?」
 「……プリンとか、ゼリーとか、そういう」
 「お前此処に来て、百疋屋のゼリーじゃなきゃ嫌だとか言うなよ!?」
 老舗の甘味屋のゼリーを、行列に並んで買ってくるのは骨が折れるし、俺は一応隊務の途中だ。
 そう思ってツッコミを入れたのだが、総悟は返す気力もない様子だった。
 山崎が戻って来るまではと思い、その場に残っていたら、廊下をどたどたと走る音が聞こえてくる。
 「総悟ォォォ!」
 すぱーんと開いた襖からゴリラ――もとい近藤さんが勢いよく部屋に入ってきた。
 突然の近藤さんの登場に、うとうとし掛けていた総悟も、半身を起こす。
 「こんどうさん」
 「大丈夫か!? 熱は、どれどれ」
 大きな手が額に当てられたのが心地よかったのか、総悟は目を細めた。
 茶色い猫のようだ。
 「これ以上熱が上がらないといいな」
 「へぃ。すいやせん」
 「ゆっくり休めよ。これ、プリン」
 近藤さんは総悟にコンビニエンスストアの袋を渡した。
 「有難うございやす」
 其処へ山崎が粥の入った鍋を持って現れる。
 「沖田さん、これ食べて薬飲んで、少し眠ってください」
 総悟はプリンとお粥を見比べて固まっていた。
 そんな総悟から俺は素早くプリンを奪い取る。
 「プリンは名前書いて冷蔵庫に入れといてやるから、そっちから食え」
 こくりと頷く総悟を見てから、俺は看病すると言い張る近藤さんを引き摺って、部屋を後にした。
 ――俺は、馬鹿なのだろうか。
 その日は結局、別の隊士と共に見廻りをしたのだが、切り上げる時間になると百疋屋に足が向いていた。
 そして、果実がたっぷりと使われたゼリーを買って、屯所に戻って来てしまっていたのだ。
 厨房に備え付けられている大型の冷蔵庫にゼリーを収める。
 ふと、夕食の副菜に作られた冬瓜の煮物が目に入った。
 これなら総悟も食べられるかもしれない。
 「副長、お帰りなさい。今、沖田さんの夕餉の支度を…」
 食堂のおばちゃんと話していた山崎が、俺に気付いて声を掛けてきた。
 「これも付けとけ」
 「ああ、煮物なら食べられそうですね」
 冬瓜の小鉢を丸盆にのせ、山崎が「後で様子見てあげてくださいよ」と余計な言葉を残して去って行く。
 様子など、見に行くに決まっているだろう。
 近藤さんのプリンも食べたいだろうし、俺もゼリーを買ってきてしまったし。
 複雑な気持ちを抱きながら、夕食にマヨネーズをトッピングした。
 それから書類仕事に一区切り付け、風呂を済ませて、総悟の部屋へと向かう。
 まだ日付は変わっていないが、眠っている可能性が高いので、静かに襖を引いた。
 暗い部屋の中に、こんもりと布団の山が見える。
 傍まで行って腰を下ろし、懐の煙草へと伸びそうになった手を慌てて引っ込めた。
 「……ひじかたさん?」
 「起こしちまったか?」
 「今、起きやした」
 つまり、それは起こしてしまったことになるのではないか?
 思ったが黙っておいた。
 総悟が行燈に灯りを入れようともぞもぞしているのを制し、代わりに火を灯す。
 橙色の淡い光の中、起き上がった総悟は、ふうと息を吐き出した。
 「具合はどうだ」
 「だいぶ、いいでさ」
 「嘘吐くな」
 昼間の近藤さんと同じく丸い額に手を当てると、薬を飲んでいるにも拘らず、ほんのりと熱が伝わってくる。
 「少し、水飲んどけ」
 「へぃ」
 吸い飲みに大人しく口を付けていた総悟が、軽く咳き込んだので背中を擦ってやった。
 「腹は? 減らねぇのか?」
 そう俺が訊いたのは、総悟が夕食を半分も残していたと、山崎から報告を受けていたからだ。
 プリンやゼリーがあるのだから、食べられるのであれば、この時間でも食べておいた方がよい。
 「すこし」
 「近藤さんのプリンと、あー、その、ゼリーもある」
 俺の言葉に総悟は赤い瞳をぱちくりとさせ、ぷっと噴き出した。
 「アンタ、やっぱり買ってきたンですかィ?」
 「煩ぇ」
 総悟は暫し悩んでいたが、やがて「ゼリー」と小さく呟く。
 「近藤さんのプリンじゃなくてイイのか?」
 「そっちは朝に食べやす」
 「じゃ、ちっと待ってろ」
 立ち上がりながら、ゼリーは白桃、黄桃、洋梨の三種があったことを思い出した。
 「白桃のやつ」
 問うより早く総悟がそう言うのが、少し悔しく、そして何だか可愛らしい。
 「わーったわーった」
 俺は白桃のゼリーの詰まった小瓶とスプーンを取りに厨房へ行った。
 ついでに自分の分の珈琲を淹れ、纏めて丸盆にのせて総悟の元へと戻る。
 「ほら」
 「有難うございやす」
 「……」
 冷えた小瓶を手にした総悟が、珍しく礼を述べたので、何と答えてよいのか解らなくなってしまい、無言でスプーンを押し付けた。
 喉越しのよいゼリーは適していたようだ。
 八割方食べた所で一度手が止まったけれど、残すのが憚られたのか、総悟はちまちまとゼリーを食べ進めた。
 ややして空になった小瓶とスプーンが盆の上に置かれる。
 「ご馳走様でした」
 俺は再び総悟の額に触れて状態を確かめた。
 これは恐らくもう一回くらいは高い熱が出るパターンだ。
 総悟に横になるように促した。
 「眠れそうか?」
 「へぃ。でも」
 「どうした」
 「寝るまででいいから、其処にいてくだせェ」
 珈琲を飲んでいた俺を見て、総悟は俺に仕事が残っていて、まだ起きているのだと理解していたのだろう。
 病人の小さな我儘を蹴り飛ばす程には残酷にできてはいないので、俺はその場に留まった。
 こうも素直で可愛らしいコトばかりを言われてしまうと、どうにも調子が狂ってしまう。
 総悟は暫くの間、天井を見つめたり、俺を見たりと忙しそうにしていた。
 だが、やがてその赤い瞳は伏せられていく。
 「早く治して、いつものお前に戻ってくれよ…」
 呼吸がゆっくりと深くなったのを見計らって、亜麻色の髪を梳き、額に口吻けを落とした。

***

 翌々日のことだった。
 「辛ェェェ!」
 よく晴れた空の下、屯所中に響き渡ったのは、誰でもない俺の声だ。
 マヨネーズのボトルを握り締めながら、茶で必死に口の中を暴れ回る辛味を中和させようと試みた。
 残念ながらマヨネーズは既に朝食の大半に掛けてしまっている。
 悲惨な食事をそのまま廃棄する訳にもいかないため、意地でも食ってしまう他ない。
 半分涙目になりながら食べ続ける俺を、食堂の入り口から見守る影がある。
 視界の端にその影を捕らえた瞬間、俺は椅子を蹴る勢いで立ち上がった。
 「総悟ォ! てめぇ! 何してくれてンだァ!」
 「アンタのマヨをスペシャルにアレンジしてやっただけでさァ」
 じりじりと俺から距離を取って、間合いに入らないようにしている総悟がきっぱりと自白する。
 「誰がンなコト頼んだよ!?」
 「遠慮しないでくだせェ」
 けろりとしている総悟の何処にも、もう風邪の名残はなかった。
 それは喜ばしいのだが、元気になった途端にコレはないだろう。
 百疋屋のゼリーを買ってきてやって、夜中も寝付くまで傍にいてやったと言うのに。
 「まあまあ、落ち着きやしょうよ」
 「誰の所為だ」
 俺は取り敢えず刀の柄から手を離し、元いた場所へと引き返した。
 とことこと総悟がついてくるのが、腹立たしい。
 向かいに座った総悟は「今朝は焼き鮭に南瓜の煮付け、なめこの味噌汁ですかィ」などと、悲劇が起きている俺の朝食を検分している。
 そうして自分の朝食を取りに行き、俺の目の前で何事もなかったかのように食べ始めた。
 「オイ」
 「何です?」
 「調子はもうイイのか?」
 尋ねながら一口食べた鮭がまた辛くて、げほげほと噎せる。
 総悟は俺を見ることもせずに、湯呑みを此方へぐいと押した。
 「ぐ、げほっ。悪ぃ」
 言ってしまってから、そもそも総悟がマヨネーズに悪戯をしたのだと思い出して歯噛みする。
 辛さで震えながら、湯呑みを何とか手に取って、一気に中身を煽った瞬間。
 「辛ェェェ!」
 ぶーっと噴水のように茶を噴き出した俺を、総悟が心底嫌なものを見るような目付きで見据えた。
 「汚ェですよ」
 「てめぇっ。ぐはっ。コレ、山葵……ごほっ」
 緑茶にたっぷりと溶かされた山葵の、鼻に抜ける強烈な刺激で、俺の顔はぐちゃぐちゃだ。
 見兼ねた山崎が手拭いと水を持ってきてくれたので、それらで何とか人心地が付く。
 「何なンだよ!?」
 「別に。いつものお茶目でさ」
 「あの、沖田さんは平熱に戻ってます。諸症状も落ち着いていて、全快と考えていいかと…」
 そう付け足したのは、俺の背中を擦っていた山崎だ。
 「ザキ、余計なコト言うンじゃねェ」
 「余計なコトじゃねぇだろ」
 「ああ、もう! 二人とも!」
 言い合いを始めそうになる俺たちを、どうどうと宥めて山崎は新しい茶を淹れる。
 やっとマトモな茶にありつけたと、湯呑みを片手に煙草を出そうとしていると、総悟が此方をじっと見ていることに気付いた。
 「ンだよ。ったく、可愛くねーな」
 「そりゃどうも」
 「少し前まであんなに素直で可愛かったってぇのに」
 尤も、アレは俺の調子を大いに狂わせ、戸惑わせたので、もう勘弁願いたい。
 それでも意地悪をしてやろうとそんな風に言ってみる。
 総悟はあからさまに不機嫌になった。
 「土方さんが」
 「あ?」
 「ああいうプレイはお好みじゃないみたいなンでやめてあげやした!」 
 今度は山崎が茶を噴いた。
 俺は慌てて総悟の口を手で塞ぐ。
 「はあへ、ひいはあ! ひね!」
 恐らく「放せ、土方! 死ね!」と思われる台詞を叫ぶ総悟を抱えて、俺は食堂から走って逃げた。
 「ほーろーへー!」
 下ろせ下ろせと暴れる総悟を横抱きにしたまま、空き部屋に飛び込む。
 「まったく、何なんですかィ」
 「誰が何のプレイだ! この馬鹿!」
 怒鳴ると総悟はぱちぱちと二度瞬きをして、得心が行ったとばかりに俺を見上げてきた。
 「だって、土方さんが素直なのがイイって」
 「だからそれは」
 「でも、早くいつも通りになれって言うから」
 俺の台詞を遮るように総悟が言い放ったのを聞いて顔が引き攣る。
 「お前…っ。それ聞いて」
 「ばっちり聞いてやした」
 てっきり眠っていたと思っていたのに、コイツは聞いていやがったのか。
 顔から火が出そうになったが、ふと冷静になって考える。
 「なあ、総悟」
 「はい?」
 「おめぇ、餓鬼がしてもらうみてぇなアレで、満足してンのか?」
 あの夜、額に口吻けたことも、総悟はきっと知っているのだろう。
 「何のコトです?」
 「コレ」
 総悟の前髪を掬って、現れた丸い額に軽く唇を押し当てると、大袈裟なまでに肩が揺れた。
 「朝っぱらから、何すンでィ。エロ方」
 「別にエロかねぇだろ」
 明らかに挙動不審になった総悟を見て、俺は口の端を持ち上げる。
 総悟は、不意打ちには強くない。
 まさか此処でこんな展開になるとは思っていなかった筈だ。
 そのまま頬に、鼻に、顎にと唇を滑らせると、総悟がむずがって顔を背けた。
 すかさず耳朶をそっと食む。
 「ちょ、ホント、何して」
 俺から距離を取ろうとする総悟の、腰を抱き寄せ、啄むだけのキスを続けた。
 「お前が、素直に言わねぇから」
 唇だけには触れないようにして、最後に総悟の口の横を舐めてから顔を離す。
 総悟の顔を覗いてみると、大層ご不満の様子だ。
 「言わないとしねぇからな」
 ちょんちょんと薄ら開いた唇を指で突付いてやる。
 これくらいの嫌がらせは朝食の件を差し引いても、別に構わないだろう。
 しかし、その駄目押しにとうとう総悟がキレた。
 「アンタ、覚えてなせェよ…!」
 捨て台詞を吐いた総悟が、噛み付くように口吻けてくる。
 やっぱり素直には言わないのか。
 そう思いながら、飛びついてきた総悟をしっかりと受け止めた。


 その餓鬼は、天邪鬼で――…。
 だが、ソレがイイなんざ、俺も大概どうかしている。

                               2022.11.6

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