遷人占心

※第四百七十訓(入れ替わり篇)ネタバレ話です


 ――何で手懐けられてんだ、てめぇは。

 旦那の声で、土方さんが言った。
 そう。
 俺は早い段階で気づいていた。
 土方さんの姿をしているのが、旦那で。
 旦那の姿をしてるのが、土方さんだと。


 それは土方さんがトラックに轢かれたとか何とか言いながら、屯所に帰ってきた夜のことだった。
 俺はトドメを刺してやろうとバズーカを肩に担いで土方さんの部屋へ行ったのだが。
 部屋の襖をそっと開けた瞬間、煙草の代わりに甘い菓子の匂いが漂ってきて不思議に思った。
 此方に気づいた土方さんは棒つき飴を銜えていて、単姿の俺を爪先から頭まで舐め上げるように見つめた後、かくんと首を傾げる。
 「こんな時間に、そんな格好して、ひじ…俺の部屋なんかに来ちゃうのか」
 「は?」
 「いやいや、コッチの話」
 手招きされるので、バズーカを下ろして傍へ行くと、とんとんと畳を叩かれて座るように促された。
 「話は聞いてたけどさ…この造りはやっぱ丸聞こえの丸見えでしょー…」
 部屋を見回してぶつぶつ呟く土方さんは何処か様子が変だ。
 「アンタ、何銜えてンの?」
 「え?」
 「甘いの、嫌いでしょうに」
 慌てふためいて飴を吐き出した土方さんがひとつ咳払いをする。
 「これは、ホラ、気分転換! それよりさ、おき…総悟」
 「へィ」
 なんだか、調子が合わない。
 「ひじ…俺とはどうなの?」
 「は?」
 「気持ちいい?」
 いきなり何を言い出すんだ?
 トラックとの接触で残念だった頭がとうとう逝ってしまったのか?
 「ね、気持ちいいの?」
 「今のアンタはキモいです」
 言ってから、はた、と気づいた。
 この言い方ではまるで「今は気持ち悪いけど、いつもは気持ちいいです」のようになってしまっている。
 しまった、と土方さんを見れば、小さな呻き声を上げて頭を抱えていた。
 「ちょ、あ、今のナシ! ひじか」
 「もっと気持ち良くなろっか」
 「は?」
 まったく、調子が合わない。
 土方さんが土方さんではない人のように思えてしまう。
 それくらい、変だ。
 「総悟」
 奇妙な感覚に支配される前に、名前を呼ばれて、手首を掴まれる。
 そのままぐっと引き寄せられたので、この人ちょっとおかしくても俺とヤるんだからやっぱり土方さんなのか、と、思った。
 近づいてきた唇が、再び俺の名前を紡ぐ。
 「総悟」
 その瞬間、ざわりと寒気が走った。
 「テメェ何者でィ!」
 相手が土方さんの姿をしている以上、悔しいが俺とは体格差がある。
 抱え込まれる前に素早く飛び退って間合いを取ると、何故か感嘆に満ちた口笛を吹かれた。
 「残念だけど、さっすがー!」
 土方さんの声で、聞き慣れた軽口が舞う。
 「やっぱ多串くんのコト、愛しちゃってるんだねー」
 山崎のほかには旦那しかしらない事実を投下されて、俺の顔は最大まで引き攣った。
 それを見た土方さん――旦那――が、嫌な笑みを湛え、そこからはもう恥ずかしい質問責めで、いっそ殺して欲しかった。


 近藤さんをはじめ、隊士たちに事情を説明しようとしたが、多分混乱するだろうからと旦那に止められた。
 なんでも土方さんと旦那の間には『それぞれのリーダーとしてやっていく』という無謀な協定があるらしい。
 旦那は早々に持論を展開して真選組を悪い方向へ自由にし、土方さんは土方さんで万事屋をおかしな具合に結束させていた。
 「あの…旦那、ホントにどうにもならねェんですかィ?」
 部屋でのんびりテレビを眺めている背中へ声を掛ける。
 「まだ手掛かりなくてね」
 「魂半分落っこちたってェのは?」
 「そうそう。で、その魂が入っちまった猫がみつかんねーの」
 俺を見ようともしないまま、ガサガサとスナック菓子の袋を探る手は、本来煙草を弄んでいる筈のものだ。
 それどころか、俺に触れて弄って、昂らせるものでもあって――。
 ――あれ? なんだコレ。
 軽い吐き気を覚えた俺はそっと胸に手を当てる。
 タイミング悪く此方を振り返った顔は、確かに土方さんなのに、表情は旦那そのもので、もっと複雑になった。
 「何? 淋しいの?」
 「そ、ん、な、訳、ねェェェ!」
 だんっと畳に拳を叩きつけて、胸のもやもやを遣り過ごそうとしたが、ふうん、と面白がる声が聞こえてきて居た堪れなくなる。
 「大丈夫だよ、沖田くん」
 「なんで自信満々なんです?」
 「いざとなったら俺が多串くんのジャスタウェイで――」
 今度こそ旦那を畳に沈めた。


 数日経てば情報もなんとかなるものだ。
 桂に入る羽目になった俺は、最終形態がとんでもないコトになり、一足先に元に戻った土方さんを、その姿で追いかけ回してやった。
 それでも素直に抱きつかれていた土方さんは、嗚呼やっぱり土方さんだなァと思わせる。
 が。
 自分の体を取り戻して、まずは風呂だと大浴場に突進した後、俺の部屋で待ち受けていたのは。
 「何で手懐けられてんだ、てめぇは」
 旦那の姿になっていた時の土方さんが俺に向けて言った最初の言葉がそのまま。
 「何言ってンですかィ?」
 「まんまだよ」
 「手懐けられてなんてないですぜ?」
 「られてただろが」
 土方さんが火の点いていない煙草をくるりと回す。
 そして思わせぶりに部屋の臭いをふんふんと嗅いだ。
 「甘ぇ」
 そりゃそうだ。
 この部屋には土方さんの姿の旦那が入り浸って――…。
 「あ…」
 ――俺は自分が失敗していたことに、漸く気づいた。
 「もう、遅い」
 言われると同時に乱暴なくらいの力で腕を引っ張られる。
 その場にどさりと体が放り出されて、衝撃に抗議をしようとした口は無理やり塞がれた。
 帯が抜かれて、単の前がはらりと開く。
 いつにないその早急さが、ヤバイ、と知らせた。
 「ひじか、う、んんっ」
 息を継ぐ間に名前を呼ぼうと試みるが、舌を入れられるきっかけにしかならない。
 ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。
 やっと離れた唇が、掠れた声で恐ろしい台詞を吐いた。
 「万事屋にエロいコトされてねぇか見てやる」
 ぶん殴ろうとした俺の手を易々と押さえ込んだ土方さんに、意地の悪い笑みが浮かぶ。
 「総悟」
 俺の名を呼ぶ声を聞いて、旦那にキスされそうになった時とはまったく別の、粟立つような感覚に陥った。
 慌てて目を逸らすが、続けざまに名前を呼ばれて肩が跳ねる。
 「総悟、こっち見ろって」
 言いながら土方さんが、いきなり足の間に手を這わせてきた。
 「ちょっと何し…あ!」
 膝を閉じようとしたが、間に合わない。
 「もう勃ってンじゃねぇか」
 「気の所為…!」
 「ほう…じゃ、コレも気の所為か?」
 触れられて、先端がぬめっているのを教えられ、羞恥でどうにかなりそうだ。
 ぐりぐりと押されるように刺激を加えられて、背中がぐん、と反った。
 「随分仕込まれたみてぇだな」
 「違…」
 反応が過ぎるのは何のことはない、暫くシてなかったからだ。
 そんなのは土方さんだって自分の下半身に訊けば解るだろう。
 なのに。
 「何が違ぇンだよ、こんな硬くして」
 上下する手のひらが、熱い。
 「あ、うあっ。…ん、ん!」
 ぐちゅぐちゅと音さえ立て始めたソレを徹底的に扱かれる。
 だが、いつもとは全然違う。
 土方さんの手つきは粗く、俺を溶かすためじゃなく、イかせるためだけにやっている。
 「ヤ、イヤだ…!」
 激しく首を横に振ると、一応はぽんぽんと頭を撫でてもらえたが、弄る手が止まることはなかった。
 「あ、ひじかたさ、ヤだ…あ!」
 「どんなでもイけるようになってンだろ? ――淫乱」
 「ふ、あああっ!」
 酷いコトを言われて、酷く扱われているのに、酷く感じて、吐き出した。
 酸素を取り込む作業に必死になっていると、くるりと体をひっくり返されて、腰を持ち上げられる。
 いきなり後ろを舌で突付かれ、ひ、と声を上げると笑われた。
 「慣らさねェと、無理?」
 「当たり、前…う、あ!」
 切れ切れに答えて振り返ろうとしたが、その前にくちゅ、と舐められて、畳についていた腕が崩れてしまう。
 「あ、ああっ」
 土方さんは打って変わって丁寧な動きで俺に準備をさせる。
 いつの間にか舌の代わりに指が挿れられていて、体の中でソレが蠢く度に、はしたない声が漏れるのを堪え切れなかった。
 唐突に指を引き抜かれたかと思うと、熱くて硬いモノが押し当てられた感触がする。
 ――俺に此処までのコトをして、テメェは気持ちよくヤろうなんざ――…。
 「総悟、挿れるぞ」
 「ヤだ!」
 「あ?」
 「絶対ヤでさ!」
 あまり力は入らなかったが、ばたばたと暴れて土方さんの下で体の向きを変える。
 「オイ!」
 「ヤでさ!」
 「てめ…ココで待ったはナシだろ! 殺す気か!?」
 「いっそ死ね土方! 下半身滅亡しろ! このスケコマシ!」
 俺の言葉の最後を捉えて、土方さんの顔が歪んだ。
 「俺がいつ誰をコマシたって? つか、挿れてぇンだけど」
 「アンタ最低!」
 許せないのは、この扱いだけではないのだ。
 はっきり言えば、今夜くらいの行為は珍しくはない。
 土方さんを怒らせた時には、この程度の虐められ方をされることはある。
 だけど、俺には土方さんを許せない。
 旦那からあの話を聞くまでは、中身が入れ替わったなんてとんでもない事態にも冷静でいられたのに。
 「総悟?」
 「俺、旦那と何もしてやせん」
 「解ってるよ、悪かったって」
 俺よりも、土方さんが、悪いんだ。
 ゆらりと腰を揺らす土方さんは相当焦れてるんだろう。
 同じ男として同情するけれど。
 「総悟」
 同情はするけれど。
 でも。
 「アンタは『俺とつき合っちゃいなよ』って!」
 叫ぶ俺に土方さんが目を丸くした。
 「姐さんに言ったンでしょ!?」
 「何処で聞いてやがった…しかもそりゃ…」
 「煩ェ! みっともない言い訳すンな!」
 見られたくなくて顔を覆った腕は、すぐに外されてしまった。
 「総悟」
 「だって、アンタは其処にいるのに、アンタはちゃんといなくて」
 「オイ」
 「なのに、アンタはこともあろうに、旦那で女にちゃっかりして」
 「総悟」
 前髪を軽く梳かれて、自然と閉じてしまった目が、少し潤んでいたのだと気づいた。
 「落とし前つけてもらいやす」
 言ったものの、熱を持っていた中心を撫でられれば、びくりと震えてしまう。
 「コレ、イケねぇでイイのか?」
 「……」
 「全部、後でな?」
 土方さんは苦笑いしながら俺の腰を抱え、ぐぐっと根元まで押し挿れた。
 息をする間もくれないその動きが、完全に余裕を失くしているのだと告げる。
 最初から激しく腰を打ちつけて、それでも一緒に善くなるようにと、俺の耳朶を口に含みながら中心へと手を伸ばしてきた。
 「あ、あ! ひじ、かたさ…!」
 「気持ち、イイか?」
 ――気持ちいい? と訊いてきた旦那のことが過ぎった。
 「他所事たぁ、余裕じゃ、ねぇか」
 「うあ! 違…っ」
 弱い所を抉るように突かれながら、中心に絡められていた指を急にぐにぐにと動かされる。
 「ひじか…もう…あ、あああっ!」
 白い飛沫を撒き散らして仰け反った俺の体はしっかりと抱き締めてもらえた。
 数秒遅れて土方さんが息を詰めたのが解って、そして、奥に出された熱も感じた。


 「コレって…酷く…ねェですかィ…?」
 ぼそっと言った俺の前にして、土方さんが後頭をぼりぼりと掻いた。
 俺はぐったりと体を投げ出したままで、起きる気力は既になく、体に掛かけてもらった単に袖を通す気にもならない。
 「悪ぃ…やりすぎた」
 流石に反省しているのか、土方さんは煙草に伸ばしかけた手を引っ込めた。
 その手を彷徨わせた後、俺の頭へ持ってきて汗で額に貼りついていた髪を一筋横に払う。
 「落とし前、つけてくだせェ」
 「どうすりゃいいンだ?」
 頬が土方さんの両手に包まれたかと思うと、唇を啄ばむようなキスが落ちてきた。
 「…えっと…それは…」
 マズイ。
 途中から夢中になって、何も考えてなかった。
 マズイ、マズイ、マズイ。
 「どうせ何も考えてねぇンだろ?」
 そんな暇も与えちゃいねぇし、と続けられる。
 結局、俺は土方さんのいいようにされたのか。
 落とし前の内容を必死に考えてみるが、圧し掛かってくる眠気に勝てそうもない。
 「明日、明日、落とし前――…」
 うとうとしながら、何とか言葉を絞り出す。
 「ハイハイ」
 土方さんがあやすように俺の髪に指を差し入れては滑らせた。
 「…アンタ、もう、ちゃんと、いてくだせ…よ…」


 ――何で手懐けられてんだ、俺は。

 土方さんの声で、土方さんが何かを言った。
 でも。
 確かめる間もなく俺は意識を手放した。

                               2014.2.9

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