聖誕祭

 世に言うクリスマスには、真選組が忙殺される。
 特に盛り上がるクリスマスイヴはごっそりと隊士が駆り出されて警邏しなくてはならない。
 そのシフトは隊士に恋人がいようが家族がいようがお構いなしだ。
 しかし、土方はシフトについてそれなりに配慮し、調整していた。
 壮絶な戦いとも言えるシフト組みの作業をする土方の姿など誰も知りはしなかった。
 文机に向かう背中を見つめながら、布団の上でごろごろしていた、一人を除いては。


 【Side Sougo】

 「寒ィ…」
 覚悟していたことだったが、沖田の警邏の割り振りには容赦がなかった。
 クリスマスイヴとクリスマス当日の両方に入ったのは言うまでもない。
 しかし両日揃って夕方から夜中の時間帯という、楽しみをすべて踏みにじる恐ろしいものであるのはどうだろうか。
 それでも、必死にシフトを組んでいた土方の姿を見ていたら、仕方がないと、思う。
 副長と隊長格が組むわけにもいかないので、今夜のシフトは勿論、明日も当然、土方とは別々の組み合わせになっていた。

 世間一般には淋しいという状態なのかもしれない。
 だが、いくら恋仲にあるといっても、男同士。
 しかも土方とは上司と部下という関係で、昔馴染みでもある。
 今更クリスマスというイベントなんかに一緒にいて何をすればいいのか、正直沖田には解らないのだ。
 寧ろ警邏が入ることで、沖田は毎年ほっとしていたが、何故か軽い吐き気のようなものを感じてもいた。

 「沖田隊長、これ、どうぞ」
 「お、気が利くねィ」
 沖田が今夜組んでいたのは、まだ入隊して間もない隊士だった。
 手渡してもらった缶コーヒーは沖田の手を、じん、と温めてくれる。
 (…あれ?)
 その缶コーヒーの温かさに、沖田は妙な感覚を抱いた。
 「………温っ…け、ェ」
 何故、思い出してしまうのだろう。
 何故、今日で、今、なのだろう。
 何故。
 (ちっくしょう、土方のヤロー!)

 警邏なんて適当でいい、と思うのに、新人隊士の手前もあって沖田はしっかり見回ってしまった。
 それがまたいけなかった。
 沖田たちは警邏の途中で広場に出るようにシフトを組まれていた。
 そこへ着くと思った通り、バカップルの嵐に出くわす。
 いくらなんでもそれに興味はなかったが、沖田は広場の中心にある大きなクリスマスツリーを見上げて、きらきら輝くそれを、土方が何処かから見ていたらいい、と思った。
 (あれ…? ちっくしょう、土方のヤロー!)
 結局、沖田は土方を思い出してしまった。

 何処を見回っても、そんなことばかりが続く。
 スリや痴漢を追いかけて伸すような時にだけ、それは消えるのだが。
 警邏が終わる頃には、沖田はぐだぐだに疲れてしまっていた。

 帰り際、沖田はコンビニに目を留めた。
 「ちぃと、待っててくれるかィ?」
 新人隊士を店先に待たせて、沖田はコンビニへ入る。
 陳列されている目的のモノをぱっと手に取った所で、少し考え、沖田はソレを棚に戻した。
 そして、レジの前に並んでいる方のソレを買うことにする。
 レジ袋をカサカサと鳴らしながら、沖田は屯所へと戻っていった。


 【Side Hijikata】

 「やっぱり今夜は冷えますね」
 運転席でハンドルを切る山崎が、ぽつりと漏らす。
 「ああ」
 短く答えた土方へ山崎は続ける。
 「徒歩組は、大変ですね」
 「ああ」
 (その徒歩組に総悟を入れたんだったな)
 勿論、土方も沖田も討ち入りのような真剣な場面で、公私混同などすることは有り得ない。
 しかし普段はサボリが生き甲斐の沖田のことだ。
 今回の警邏のシフトについては、プライベートで土方をからかうために、何かしらの理由にしてくることはあるだろう。
 例えばメシを奢らせる理由にしたり、呪う理由にしたり、襲撃する理由にしたり、だ。
 「良かったんですか?」
 土方がその先を目で促すと、山崎がいきなりトドメを刺した。
 「クリスマス。沖田さん、ですよ」
 「そんなんで喜ぶほどガキじゃねぇだろ、アレも」
 山崎は何も言わずに、ただ困ったような顔をしている。
 しかしながら土方には、山崎に切腹を命じる程の余裕は、なかった。

 世間一般に当てはめられるような関係でもなし。
 恋仲と言っても男同士の上、土方は上司で沖田は部下。
 しかも昔からの付き合いだ。
 今更クリスマスも何もあったものではない、と思うのだ。
 きっと沖田もそうだろう。
 それに、実際問題として忙しいのだ。
 それに、今日、今でなくてもいいだろう。
 それに。
 (やっぱり総悟のシフト調整も正解ってか、畜生)

 広場に車を回すと、電飾だらけの巨大なクリスマスツリーが土方の目に入ってきた。
 警邏の対象はそれではないので、土方はすぐに人混みに視線を遣る。
 だが、あれを見たら、多分沖田は子供のように、きらきらと目を輝かすのだろうと思った。
 (総悟のシフトも正解か、畜生)
 ほんの一瞬だけ、土方は人混みに紛れて沖田がいないか、探してしまった。

 ちらちらと亜麻色が頭の中を邪魔する。
 酔っ払いの喧嘩を仲裁するためにがなるような時だけ、それは消えるのだが。
 そんな風に終えた警邏は、土方にとっていつも以上に疲れるものだった。

 土方は屯所への帰り道にコンビニがあることを思い出した。
 「悪いがそこ、寄ってくれ」
 車を停めた山崎をそのまま運転席に待たせて、土方は店内へ入る。
 目的のモノを探したが、ソレはなかった。
 暫く棚を眺めていた土方は、まあこれならいけるかと思うモノを手に取り、レジへ向かう。
 コンビニから出てきた土方を見て、山崎が目を丸くして何かを言おうとした。
 土方はそれを睨みで黙らせる。
 カサカサと鳴るコンビニの袋を携え、土方は車に乗り込んだ。


 【Side by Side】

 屯所へ戻った土方は、沖田の部屋を覗いた。
 まだ主の戻っていない部屋は酷く冷えている。
 やはり車で警邏を行った土方の方が、先に屯所へ戻ったようだ。
 沖田の部屋を後にして自室へ向かった土方は、コンビニの袋を文机に置くと、隊服から着流しへと着替えた。
 恐らく沖田は屯所に戻ればこの部屋へ来るだろう。
 理由は至極簡単なものである。
 先に戻っている土方の部屋の方が、暖かくなっているからだ。
 煙草に火を点けながら、ふと時計を見れば、深夜と呼ぶような時間になっている。
 暫くそうして煙草を吸っていた土方が、僅かに表情を変えた。
 離れた位置から廊下を駆けてくる音が聞こえる。
 「寒ィ!」
 襖が開くのと同時に飛び込んできた沖田は、土方を押し退けるように火鉢を占拠した。
 「そんな格好してたら寒ぃのは当たり前だろーが!」
 土方が怒鳴るのも当たり前、沖田は単姿ですっ飛んできたのだ。
 「だって、時間が勿体な………い、ぬ…のエサに中って死ね土方コノヤロー」
 ぽつり漏らした沖田の言葉の後半は、意味を成していない。
 土方はふっと笑いが湧くのを堪えられなかった。
 「意味が全然解らねぇよなかに人の部屋で赤面してンじゃねーよ…総悟」
 いつもの応酬にならないように、土方は「死ね沖田」という台詞に続かないようにする。
 沖田は耳まで赤くして、振り返ろうともしない。
 「おい、コレ」
 必死に笑いを殺しながら、土方は沖田にコンビニの袋を渡した。
 漸く反応した沖田が、がさごそと袋を探ると、スタンダードなプリンと抹茶プリンが出てくる。
 「?」
 「あ。抹茶、俺な」
 「?」
 「仕方ねーだろ」
 「?」
 沖田は訳が解らないという様子で、首を傾げてばかりいる。
 煙草を持った手で口元から頬までを覆った土方が、答えを出す。
 「ケーキ、売り切れてたンだからよ」
 爆笑するかと思った沖田は、少し複雑そうな表情をして、自分が隠し持っていたコンビニの袋を土方に手渡した。
 中を見れば1本のボトル。
 酒を買うとは沖田らしい、と、土方は思ったが、よくよく見るとそのボトルはお子様用だ。
 つまりアルコールが入っていない。
 「?」
 「仕方ねぇでしょ」
 「?」
 「アンタ、すぐ」
 「?」
 今度は土方が顔中に疑問符を浮かべた。
 沖田はふいと横を向いて、完全に土方から視線を外してしまった。
 「酔って、記憶、飛ばしちまうから」

 数秒の沈黙の後で、二人は視線を外したまま、噴き出した。
 何故? 今日で? 今?
 そんなものに理由は必要ないのに、逡巡した自分が馬鹿みたいだ。
 けれど同じだっただろう相手は、馬鹿は馬鹿でも、馬鹿みたいに、愛しい。

 「やっぱりお前のシフトも調整しといて良かったな」
 お子様用シャンパンのボトルを開けながら土方が呟いた。
 「俺のまで、してたんですかィ?」
 「広場のツリー見られただろ?」
 沖田はプリンの蓋を剥がす手を止め、きょとんと目を丸くする。
 「それに、明日、夕方まで休めりゃ色々響かねぇだろ?」
 「アンタ、俺のクリスマス、何勝手にしてンですかィ?」
 言葉とは裏腹に、沖田はぱくりとプリンを食べて、満足そうに笑みを浮かべた。
 そんな笑顔の沖田に対して、シャンパンに口をつけた土方の顔は歪む。
 「……甘すぎだろ、コレ」
 「お子様用が鬼嫁味じゃ困りまさァ」
 声を漏らして笑っていた沖田が、相変わらず面白ェお人だ、と小さな息を吐いた。
 そして、赤い瞳に悪戯な猫のような光を乗せて、土方を見る。
 「取り敢えず、朝まで何しやしょうか?」
 沖田の視線と言葉を受けて、土方は甘ったるいシャンパンもどきを文机に置いた。
 「さあ?」
 二人はいやに好戦的な笑みを湛えて、至近距離で相手を見ていた。
 「取り敢えず、言ってみなせェよ?」
 「ああ言うさ。お前がな」
 自信たっぷりで沖田を見つめ、引かない態度の土方に、今夜くらいは仕方ないか、と沖田が身を乗り出す。
 「じゃあ、取り敢えず、ですねィ…」
 ほんの少し、本当に、掠めただけの口吻けだったが、土方には充分なものだった。
 「……お前からっての、イイよなぁ」
 言われた方の沖田の顔からは、さあっと笑みが消えていった。
 土方は、真っ赤になっていく沖田に向かって、意地悪く畳み掛けた。
 「だけどな、総悟。テメェはまず前言撤回しろ」
 「へ?」
 沖田が問い返したと同時に、土方はひょいとその体を転がした。
 「“取り敢えず”で、するコトなんざ何もねぇだろ。ったく連発しやがって」
 亜麻色の髪をさらりと撫でて、土方は沖田のそれとは異なった深さで口吻ける。
 そのまま暫く放してもらえなかった沖田は、すっかり息を上げてしまった。
 「…前言、撤回、しまさ…」
 切れ切れに言う沖田に、くっと笑う土方。
 「でも、土方さん…俺、アレは言いたくねぇんですけど」
 沖田の言葉に土方も気がついた。
 「アレか…別に言わなくてもいいだろ」
 どちらからともなく伸ばされた手が互いの顔に触れる。
 それが合図で、アレは言わない。


 ――Merry Christmas――… って、柄じゃねぇ。

                               2011.12.23

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