「土方さん、俺を抱きなせェ」 「…!?」 再びの爆弾投下に俺は最初と同じく言葉を失くした。 「総悟、何言って…」 「早くしなせェ」 総悟はぱっぱと単を脱ごうと自ら帯を解いてしまう。 その手を必死に止めて、俺は総悟を睨みつけた。 「そういうことは好きな相手とするモンだ!」 またきょとんとなった総悟だったが、今度はすぐに俺をぎっと睨む。 「じゃあ土方さんには、好いたお人が随分沢山いるんですねェ?」 返す言葉もないが、俺だけは総悟に触れる訳にはいかない。 「お前は興味があるだけだ。それに普通は女とするんだよ。…俺は男だ」 身を切るような思いで、それだけ、言った。 そんな俺へと返された言葉は、酷く純粋で俺を切り刻む。 「好きな相手とするんなら…。じゃあ俺が、アンタを好きならいいですかィ?」 好きだと言われて俺は驚いたが、総悟が言っている好きという感情は、家族に向けるようなものだろう。 「そういう、好きじゃ、ねぇ」 「なら、どういう好きなら男の、しかもアンタなんか好きになるんだよ!?」 総悟は叫ぶと俺の手をバシッと叩き落し、今度こそ本当に単を脱ぎ落した。 文机に灯った明かりに総悟の白く透明な肌が浮かび上がる。 それでも総悟の表情には、まだ行為がどういうものかまったく解っていないということが読み取れるほど羞恥という色がない。 しかしその姿は俺の理性を崩壊させるには十分だった。 ――触れちゃ、なんねぇ。 頭の中で警鐘が鳴っている。 (駄目だ。触れるな。汚しちまう) 「…アンタが、好きでさ」 総悟が泣きそうな顔で少しだけ笑って、そこで漸く肌を赤らめた。 ――触れちゃ、なんねぇ。 「好きでさ。女ごと、斬り殺したいくらい」 熱を出した時と同じ台詞を、今再び俺に言った総悟の真意がやっと解った。 嫉妬して、いる。 自分の身代わりをしている女たちに。 ――触れちゃ、なんねぇ。 (もう、無理だ) 俺は驚かせないように、そっと、総悟に手を伸ばした。 「お前が、先に言うんじゃ、ねぇよ…」 「え?」 総悟を引き寄せながら、俺は永遠に言うことはないと思っていた言葉を、震える唇で紡いだ。 「俺の方が先にお前のこと、好きになってンだよ、バカ」 息を飲んだ総悟が、短く問うてきた。 「……いつ、から?」 「お前が、まだ小せェガキだった頃から。絶対に触れちゃ、なんねぇような頃からだ」 「じゃあ、なんで女…?」 総悟は微かな声で、だが当然のことを訊いてくる。 「…お前の、代わりだ。そんなこたァ無理で酷ェ話だ…それでもそうしなきゃいられなかった。そうしなけりゃ…」 俺は覚悟を決めて、本当のことを伝えた。 「…しなけりゃ、何だったんですかィ?」 言葉を濁した俺を、総悟が静かに見つめている。 「…しなけりゃ……俺は、お前を、犯していたと、思う」 犯す、という言葉なら、仕事柄、現実味はなくとも総悟にも解る筈だ。 隠すこともできたことだが、ここまで来て総悟を裏切りたくは、なかった。 「好きなんだ。触れちゃ、なんねぇのは解ってる」 瞬間。 俺の両肩に手を置いていた総悟が、突然ぼろぼろと涙を零した。 こんな風に泣く総悟を見たのは初めてだった。 「何で泣いてンだよ? やっぱ最低で嫌だったか?」 「ちが…まさっ。アンタが、苦しいのが、嫌でさァ。俺は…俺だって好……」 最後まで言わせずに、俺は総悟を押し倒した。 濡れた赤い瞳が、驚いたように俺を見上げている。 「好きなんだ。ずっと…ずっと好きだったんだ」 言葉を続ける俺に対して、総悟は何か言おうとしていたが、なかなか出てこない様子だった。 ややして、小さく総悟の唇が動く。 「土方さん、俺を抱きなせェ」 この状況を作り出す引き金となった言葉が繰り返された。 「…お前、抱かれるって、意味解って言ってるのか?」 ふるふると首を横に振った総悟は、一体何処でそんな言葉を覚えてきたのか。 「女みたいに扱われるの、嫌いだろが」 問いかけた俺に、総悟は考える様子を一欠片も見せなかった。 「アンタだったら、いいでさァ。アンタじゃなきゃ、無理でさァ」 ――触れちゃ、なんねぇ。 俺だったらいいのだと、俺以外なら無理なのだと、総悟は、言った。 総悟に軽くキスをする俺の唇は、情けないことにまだ震えていた。 「これは嫌か?」 理性は崩壊していても、総悟が嫌だと言えば止めるつもりだった。 「嫌じゃない、でさ」 「じゃ、これはどうだ?」 総悟の唇を割って舌を差込みキスを深くした。 戸惑って逃げる総悟の舌を絡めとる。 「…ふ、ぁ…」 総悟から息継ぎと一緒に微かな声が漏れた。 まだ大人になりきっていない華奢な身を捩り、少しだけ逃れるような素振りを見せるが、本気ではないことが伺える。 本気になれば容赦ない攻撃が繰り出される筈だ。 総悟の息が上がってしまった頃に、俺は漸く唇を離した。 その頃には大きな赤い瞳はとろんとしていて、うっすらと別の涙が浮かんでいた。 白い項に顔を埋めると「ひゃ!」という高い声が聞こえる。 「まだ終わりじゃねぇぞ?」 「……っ」 指を総悟の胸に滑らせる。 「お前はあんあん言ってねぇし、俺もはあはあ言ってねぇ」 「やぁっ!」 そっと総悟の肌を撫でていくと、高い声が大きく否定形を放った。 「嫌ならやめとく…」 思わず出た声だと解ったが、俺は理性を総動員する準備を始める。 今なら、まだ、引き返せると思った。 「嫌じゃないでさ!」 そんな俺の着流しの袂を、総悟がぎゅうと掴んできた。 「俺を好きな相手と思うならしなせェ! それとも土方さん、俺のこと好きなの嘘ですかィ?」 「そうじゃねぇ。好きだからできねぇんだ」 俺の本音に疑問符を顔中に並べた総悟は、不安さが滲み出てはいるが好戦的な笑みを俺に向ける。 「よく解りやせんけど、意気地がねぇのとはどう違うんですかィ…?」 俺は逃げを打とうとした俺自身に舌打ちし、総悟の胸に顔を埋めて舐め上げた。 「ん! んっ…ぅ!」 まだどこか幼さを残したままの甘やかな声が響く中、総悟の表情を伺うと目をぎゅっと閉じ、顔を真っ赤にして唇を噛んでいた。 下に目を移すと、中心が昂ぶりを見せ始めている。 俺はそっと手を添えた。 「…土方さん!?」 手の中で更に硬くなったそこを握ってゆるゆると上下に動かすと、先走りの液がしとどに手を濡らしていく。 「あぅっ! あ…っ! う、あっぁ…」 「…気持ち、いいだろ?」 上下させる手を止めることはしなかったが、俺はふと疑問を抱いた。 「なあ、こういうこと、自分でシたことはねぇのか?」 「あ…ありや…せっ…あぁ、あっ」 これでは最後までは無理かもしれないと思った俺は、まだ狡いだけだろうか。 緩慢だった手の動きを徐々に早めていくと総悟から悲鳴のような喘ぎが上がる。 「…っ! は…っ。ひじか…んん! あっ! ぅああっ!」 「出していい」 本当に経験がないことが解った俺は少し焦ったが、総悟の様子ではもう吐精が近いということは間違いない。 「んく…、あ、あああっ!」 一際大きな声を上げて、総悟は俺の手の中に白濁を放った。 くたりと四肢を投げ出して浅い呼吸を繰り返している総悟には、先程までの幼さに、艶かさが纏わりついていて、俺をぞくりとさせた。 「…セックス、終わったんですかィ…?」 息を整えながら問う総悟に、俺は終わったと、告げた。 狡さ云々を差し引いても、まだ何も知らない総悟相手に、これ以上事を進めることはできない。 ところが、何かに気づいたのか総悟が睨むように俺を見上げた。 「なんだよ」 「アンタが、はあはあ、言ってやせん!」 俺は頭を抱えた。 ――触れちゃ、なんねぇ。 解っていたつもりだ。 だが遅い。 もう本当に止まらない。 小柄な総悟の体にもう一度覆い被さる。 「やだっつっても、もうやめねーぞ?」 総悟が少し身を強張らせた。 「すぐ善くしてやる」 俺は細い首筋に顔を埋めて舌を這わせる。 「ひぅ…っ!」 怯えを含んだ総悟の声にも耳を傾けずに、そろそろと舌で白い肌を舐めていく。 しかし総悟の体は完全に強張ってしまった。 「総悟、怖いことは何もしねぇ。善くしてやるっつってるだろ?」 「アンタ如きが、怖いなんざ、言ってねぇ…!」 憎まれ口を叩いても、その声は震えている。 俺は総悟の緊張を解くために、中心を柔らかく握り込んだ。 「あ…っ。ぅ…ひ、じかたさ…!」 覿面に現れた効果に、俺は先程総悟が放ったものを指に纏わせるようにして、後孔をそっと撫でる。 途端に総悟が大きく目を見開いた。 「土方さんッ!? 何して…っ!?」 「ココに俺のを挿れんだよ。セックスするんだろ?」 言った瞬間に、俺はそっと中指を差し込んだ。 「ぃ、ああっ! ふ…ぇっ!」 ぎゅっと目を瞑っている総悟の表情を見て、俺はやはり無理だと思い指を抜こうとした。 「痛く、ないでさァ…。なん、か…変っ」 痛くないと言葉にした時点で痛みがあるのだろうに、それを堪えながら漏らされた声を聞いて、俺は指を少しだけ抜き差ししてみた。 「んんっ…! う、うごか、さな…っでくだ、せ!」 制止を求める唇にキスを落としながら、解すために指を動かす。 そのまま動かしていると、急に総悟が今までで一番大きな声を上げた。 「ココか…?」 掠めた部分を探り、執拗に責めながら指を増やす。 総悟の膝はがくがくと震えて、必死というように両手が俺の背中に回されてきた。 「ぅあっ! …んんっ! あ…ぅ、また…っ」 「イッていい。出していい」 俺の言葉を待っていたかのように、総悟は二回目の絶頂を迎えた。 その体を休ませることなく、俺は限界に近かった自分を総悟に宛がう。 「総悟」 名を呼ばれた総悟が、宛がわれたものに気づいた。 「…っ!? ま、待って! ひじか…こわ、い…っ!」 「怖いか?」 訊くと総悟は首を縦に振った。 「俺が、怖いか?」 総悟が目を見開く。 「怖くねェ…してくだせェ」 「もう、戻れねぇぞ」 少しだけ笑った総悟の腰を抱え直す。 ぐ、と押し込まれた俺自身に、総悟は声にならない悲鳴を上げた。 「そう、ご。力抜け…っ」 あれだけ解しても総悟の中は、初めて受け入れる俺を締め上げてきた。 「はぅ…ぅっ。む、無理…ぃ! できや、せ…っ」 解ってはいたが、答えはやはりそうなった。 俺はもう一度総悟の中心を握り込んで刺激を与える。 その刺激に総悟が気をとられている間に、ゆっくりと腰を進めて己をすべて総悟の中に納めた。 「全部挿った、ぞ?」 「…っ。は、あっ。あ…っ」 息を詰めてカタカタと震えながら、総悟が俺を見上げる。 「ひじかた、さん。す、好き、でさ…」 「…俺も、だ」 声を合図のようにして、俺はゆっくりと動き始めた。 悲鳴はやがて色を含んだものになったが、総悟の目からは生理的なものなのだろうか、涙が零れていた。 涙を舐め取りながら、俺はひたすら総悟の名を呼んだ。 口吻けては呼び、呼んでは口吻けて、その間も休みなく総悟を貫いた。 「あぁっ! は…っ。ん! ひじ…たさ…あっ」 「…解って、る…ッ」 律動を早めた俺の背中に、ぎり、と総悟の爪が食い込む。 「うああああっ!」 腕の中で仰け反って達した総悟がキツく締めつけてきて、ほぼ同時に俺も果てた。 軽く息を吐く俺に向かって、総悟が力の抜けた表情でポツリと言う。 「…アンタ、はあはあ言いやしたね…」 「馬鹿かテメェは。もっと色気があること言うんだよ、こういう時は」 「………」 黙ってしまった総悟は、俺の胸に顔を埋めて表情を隠してしまった。 「……な……で…だせェ」 か細い声が胸元で聞こえる。 「総悟?」 「他の女とセックスしないでくだせェ…」 俺は総悟の顔をくいっと上げさせた。 上気した総悟の頬には、涙が伝っている。 いつもはあんなに憎らしく、恐ろしい程の嫌がらせばかりしてくる総悟が、このような言葉を口にするということが信じられなかった。 「もうしねぇよ」 総悟の顔を覗き込んで、俺はその涙を唇で掬い取った。 「本当に? もうしねぇですかィ?」 少し安心したように見える総悟は、ぼんやりとしながら、それでも畳み掛けるように言った。 「好いてくれてるなら、もう、俺だけにしなせェよ…?」 「ああ、お前だけだ」 ぽんぽん、と総悟の頭を優しく叩くと、ほわんと僅かに微笑んだ総悟はそのまま気を失うように眠ってしまった。 そんな総悟をしっかりと抱きしめて、俺も目を閉じた。 ――触れちゃ、なんねぇ。 翌朝、眠っている総悟の傍らに座り、俺は激しい罪悪感に苛まれることになった。 まさか本当に総悟を抱いてしまうなどとは思わなかった。 いくら、総悟がいいと言ったからだとしても、総悟はまだ何も知らなかったのだ。 「ひじかたさん…?」 気がつくと、目を覚ました総悟が横になったまま、俺を見ていた。 「アンタ、俺に酷いことしたって、思ってるンでしょ?」 固まっている俺に総悟が言葉を続ける。 「本当に、酷いでさァ」 俺は総悟から顔を背けた。 確かに酷いことを、したのだ。 「好きだからしたんじゃねぇんですかィ? そんな顔するなんざ、酷いでさァ」 思わず総悟を振り返ると、少し枯れてしまった、けれど優しい声が俺に届く。 「花見、行きやせんか?」 総悟は、笑っていた。 何も言えない俺は、言葉の代わりに総悟をそっと抱きしめた。 総悟の細い両腕が俺を抱き返してくる。 「でも、抱えて行ってくだせェ。……動けやせん」 俺は声を漏らして笑ってしまった。 …コイツには、敵わねぇ。 早朝だったのでまだ誰も起きてはいなかった。 総悟を抱えたまま屯所に咲いている桜を見上げる。 「桜は、潔い所がいいですよねィ」 そう言って俺を見る総悟は、桜の花よりも綺麗に笑った。 「お前も、充分潔いけどな」 俺の言葉に不思議そうな顔をした総悟へとキスをする。 恥ずかしかったのだろうか、総悟は俺の肩口に顔を埋めて隠してしまった。 「好きだ」 俺が言った後、少し遅れて、肩にほんの僅かの湿り気が伝わってくる。 敢えてそれには触れずにおいた。 「好きでさァ」 総悟が顔を隠したまま小さく呟いた。 ざあっと吹いた風に、桜が、舞う。 ――触れちゃ、なんねぇ。 もう、構わねぇんだよ。 総悟が、本当にいいと、言ったんだから。 * 桜が舞うと、嵐が来る。 足りないからもう一回とせがむように、総悟が腕を伸ばしてくる。 「お前、随分ヤらしく育ったな」 応えるために俺は総悟の首に舌を這わせた。 「ん…っ。土方さんがこういう風に育てたんじゃないですかィ」 見つめ合った後、二人で笑う。 「あんなに、怖がってたクセにな」 「アンタが、怖がってたんでしょう?」 言われた俺は総悟の口を塞いだ。 総悟は小さく声を漏らすと、俺の手に自分の手を合わせてそっと指を絡めた。 「明日、花見行きやしょうね?」 「ああ、そうだな」 俺たちは再び獣のように互いを貪った。 |