※Arinosuさま主催・2015.11.15発行「ひじおきごはん」の準備号に寄稿しました 突き抜けるような空の色と、心地の良い風が秋の訪れを告げる。 食堂から見える縁側の軒先には、仕舞い忘れた風鈴がひとつ、ちりんちりんと揺れていた。 勿論、朝飯時の食堂に、それらを愛でる情緒の持ち主もゆとりも、ありはしない。 時間通りに動かなければ鬼に切腹させられるのだ。 その鬼――土方さん――は、俺の隣に陣取り、涼しい顔で犬の餌を生成していた。 「犬の餌なんざ食ってるから」 「あ?」 「アンタの周りにゃ、誰も座らねェんでさァ」 マヨネーズを絞る土方さんの手が止まったので、何気なく顔を見て、嫌な予感を覚える。 底意地の悪い笑みを浮かべた口元が、俺の耳にくっつくくらいに近づいてきた。 「お前が座ってりゃ、それでいい」 がちゃん。 危うく味噌汁を零す所だったが、それを予想していたらしい土方さんの手が、椀を押さえてくれている。 「オイコラ、椎茸避けてンじゃねぇか」 「あ」 俺が折角、皿の上の青菜の陰に隠していたのに、土方さんが頭の沸いたコトを言うから、ついでにバレてしまったじゃないか。 「…アンタのために、心を込めて取っておきやした」 「真心ごとバットで打ち返す。食え」 箸で摘まんだ椎茸を、唇のすぐ手前まで持って来られて「あーん」と促される。 口を真一文字に結んで、頭を横に振ろうとしたら、がしっと後頭部を掴まれて固定された。 だが、そこで食堂が静まり返り、隊士全員の視線が此方に注がれていることに気づく。 「副長が沖田隊長に」 「『あーん』て」 「可愛すぎだろ!」 「いや、可笑しいだろ!?」 未だ唇に押し当てられている椎茸を、食べてからバズーカを撃つか、食べずに撃つか逡巡していたら、結局土方さんがその椎茸をぱくりと食べてしまった。 何の類が解らない悲鳴に似た声と溜息が俺たちを包むが、土方さんが動じる訳がない。 「こんなのは、看病か子守だろが」 その台詞に殆どの隊士は納得したようで、ややすると食堂は元の活気を取り戻した。 俺は正直、少しだけ、ほんの少しだけ面白くなかったけれど、黙って焼き鮭を突付いて、すべてを受け流そうと思っていた。 だが、土方さんが、ぽつりと呟いたのだ。 「嬉しいか? 子守」 ぶちん。 頭の中で何かが切れる音がして、気が付いた時には、菊一文字を抜いていた。 「うおッ! 何しやがる!」 「重傷負わせねェと、看病できやせんからねィ!」 「悪かった! 悪かったって!」 「そう思うんなら、ちょっと斬られなせェ!」 どたんばたんと土方さんを追い掛ける。 本当は、子守で十分なのだ。 だって、看病は――…辛い。 言えないまま、近藤さんに拳骨を食らうまで、土方さんを追い回すだけ追い回し、いつもの朝食が過ぎていく。 そう言えば、今夜、近藤さんと土方さんには、上層部との会合の予定があった気がする。 どうせ二人とも酷く酔うのだろう。 迎えに行ってやらなければ。 それまでの体力温存のためにも、しっかりサボっておこうと決めた。 |