いつものことだとは思う。 まるで猫のように気まぐれな総悟は、何を考えているか解らない行動をする。 バズーカもそのひとつ。 藁人形もそのひとつ。 が、しかし。 それに輪をかけて最近の総悟の様子は…大人しい…おかしい。 何か隠している、と直感した。 この数日、総悟は食事時の食堂に顔を出すことがない。 恐らく俺と時間をずらしているのだろう。 勿論部屋に来ることもない。 メールには目を通しているようだが、電話にも出ない。 明らかに、俺を避けている。 監察なら、総悟の行動も探ることができるだろう。 俺は迷わず副長命令と称して山崎を呼んだ。 しかし報告は期待した程のものではなかった。 総悟はちょこちょこと食堂に牛乳を取りに行っているだけだ、と。 あとはいつも通り屯所の裏で昼寝をしているとのことだ。 そこまで聞いた俺は、山崎の隊服の袖が綺麗に裂けていることに気づき、額に手をやった。 恐らく総悟に脅されたのだろう。 山崎なりのギリギリまでの報告だろうが、これでは意味がない。 「山崎…」 呼ぶと山崎は悲鳴を上げ、何度も謝罪して逃げていった。 それからも総悟の不気味な大人しさと、俺を避ける行動は続いた。 1週間もすると、こちらとしてもイライラしてくるものがある。 (総悟のヤツが捕まれば早いんだが…) そうは思ってみても、総悟は会議の時にしか俺の前には現れない。 見回りのシフトが一緒になっても、仕事はそれなりにしているようなのだが、何処かへふいと消えてしまうのだ。 消えてしまっていても、サボっている訳ではないということがまたおかしい。 俺がそんなことを考えながら屯所の廊下を歩いていると、角を曲がった所で、どん! と誰かとぶつかってしまった。 「すまねぇ……って、総悟!?」 「ふぇ!? 土方さん!?」 おかしな声を上げて猛ダッシュしようとする総悟の襟を、俺は思いきり掴み上げた。 「テメェ、逃げるたぁイイ根性してンなぁ、コラ!」 言い様、イライラの頂点に達していた俺は、すぐ横の空き部屋に総悟を押し込んだ。 「離せ! 土方コノヤロー!」 喚き散らかす総悟は俺を振り切ろうと必死になっている。 「お前がおかしな真似してるから、こんなことになってンだろうが!」 総悟の手首をぎり、と掴んで尚も畳み掛けるように詰問しようとした矢先に総悟が喚くのをやめた。 「…俺ァいつも通りですぜ。だから離し…っ」 俺を避けまくって、今も逃げ出そうとしたという状況…この期に及んで“いつも通り”と言われて手を上げそうになった俺は、いくらなんでもマズイと思い、代わりに思い切り凶悪なキスをかましてやった。 部屋のすぐ外の廊下を通る隊士達の足音を聞いて、総悟が小さく震える。 それでも続いたキスに、今度は総悟が完全にキレた。 口の端に鋭い痛みが走る。 総悟が噛み付いたのだ。 「アンタの方がおかしな真似してんじゃねぇですかィ!」 今度こそ俺を振り切ると、総悟はバタバタと逃げていってしまった。 …サイアクだ。 そこからは本格的に総悟が捕まらなくなってしまった。 仕方ないと言えば仕方ない。 俺のイライラも問題だったが、仕事に支障が出る可能性が高くなってしまったということが最大のネックになってきた。 上からの指示で総悟に直接連絡することが出てきてしまったのだ。 何としてでも総悟を捕まえなければならなくなった。 とは言え、どうしたものか…。 俺はふと山崎の報告を思い出した。 総悟がよくいるという屯所の裏には、何か用事があるのではないだろうか。 そこなら捕まえられるかもしれない。 屯所の裏へ行くと、やはり総悟はそこにいた。 こちらに背を向けしゃがみ込んだ状態で、山崎のギリギリの報告通り、片手には何故か牛乳パックが握られている。 俺は気配を完全に殺して総悟に歩み寄った。 いくら総悟でも逃げられはしないという距離まで近づいた時、目の前の体がビクリと跳ね上がった。 抜刀しなかったのは俺だと解ったからだろう。 慌てて立ち上がりこちらを向いた総悟は、既にバレているのに牛乳パックを後手に隠すようにしている。 俺は俯き加減の総悟の前に仁王立ちの状態になった。 「最近…何してンだ、お前」 いつもならその俊敏さでかわすだろうに、動揺していたのか僅かに遅れを取った総悟の両手を、パッと捕らえて体の前に引っ張り出した。 「これは?」 「見ての通りの牛乳でさァ…」 歯切れの悪い答えが返ってきた。 思わず顔を顰めた俺に、総悟はいつもの調子を取り戻そうと必死な様子で底意地の悪い笑みを浮かべようとしている。 「背、伸ばそうと思いやしてねェ。土方さんを見下ろすのが俺の野望のひとつでさァ」 「それと食事時間をずらすのと、どう関係してんだ? しかもここんトコ俺に寄り付かねぇよな?」 ニヤリと笑んで言ってやると、総悟がぐっと詰まる。 「…疲れてるから、更に疲れるのがイヤなんでィ! なのに土方さん、あんなトコであんなコト…」 「人がいつも盛ってるみたいに言うんじゃねぇ! アレはアレで仕方なかったんだよ、殴っちまいそうだったからな。で、この牛乳を飲んでンのは何匹だ?」 ぽかん、と総悟が俺を見上げた。 俺は思わずため息を吐く。 こんなことのために振り回されたのかと思うと、がっくりと力が抜けた。 「馬鹿。縁の下のダンボールから尻尾がはみ出てんだよ」 「あ」 「屯所じゃ飼えねぇぞ」 総悟はこくりと頷く。 だが、すいやせんでした、と見上げてきた総悟の顔に、俺は白旗を上げた。 結局総悟と共に、勤務時間外に子猫の里親探しをするハメになる。 総悟にいつもの笑顔と破天荒な行動が戻ったのは、それからすぐだ。 「屯所じゃ…」 腕の中で少しぐったりとしている総悟に言いかけると、もう貰い手がついたでしょう? と眠そうに返された。 「猫なんざ、一匹だけでもこんだけ手がかかるんだ」 少し考え込んだ総悟は、俺のことですかィ、と小さく笑って猫のように俺の唇を舐めた。 |