もうすぐ昼食かという時間。 自室から食堂へ向かおうと廊下へ出た俺は、白刃の煌きに身を翻した。 刀の中でも見慣れすぎたソレは総悟のものだ。 「テメェは何をいきなり…!」 言いかけて、ふと、今日の日付が頭を過ぎる。 4月1日。 総悟のためにあるような日だ。 今日だけは総悟を相手にしてはならない。 「土方さん、実は…」 口を開いた総悟の前から、俺は猛スピードで逃走した。 しかし、総悟はそれからもずっと機会を窺っては俺を捕まえようと大暴れを続けていた。 厠へ行こうとすればバズーカが火を噴く。 煙草を買いに行こうとすれば落とし穴に落ちかけるという具合だ。 そこまでして俺をとっ捕まえて嘘を吐きたいという総悟は最早悪魔だろう。 こうなれば、こちらはとことん逃げるしかない。 何せ総悟の方があの状態なのだ。 捕まればどんな目に遭うか、そう思うと鳥肌が立った。 だが、今日の総悟は、かなりしつこい。 夕方を過ぎ、辺りが宵闇に包まれても尚、俺を捕獲しようとしていた。 屯所中にトラップを仕掛け、何人の隊士を巻き込んだことか。 流石の俺も疲れ果てた。 庭の片隅に身を潜めながら、一服しようと煙草を銜える。 「土方さん」 「うおわッ!」 突如聞こえた声に飛び上がった俺とは対照的に、悪魔の総悟は至極冷静な顔をしていた。 「観念して話聞きなせェ…」 いつになく真剣な表情が、逆に恐怖でしかない。 「テメェとする話なんざねぇよ!」 「俺にはあるんでさァ」 「どうせ嘘だろうが!」 煙草を噛み潰した俺に、総悟はふうん、と声を漏らした。 「そんなに俺が信じらんねぇんですかィ?」 「テメェのどこら辺を信じろっつーんだよ!?」 一連の総悟の行動を思い起こしながら、俺は新しい煙草に火を点けた。 勿論総悟の射程距離には入らない位置を保ったまま、だ。 総悟は何やら考え込んでいたが、やがて俺を見つめて言う。 「近藤さんが、土方さんに用事あるんでさァ」 俺はカッとなって、思い切り総悟の頬を張り飛ばした。 「近藤さん引き合いに出すンじゃねぇよ!」 総悟は打たれた頬をそのままに、俺を不思議そうに見ている。 「吐いていい嘘とそうでない嘘があるだろうが!」 吐き捨てるように言って、俺は庭から自室へ向かおうと廊下に上がった。 そのまま部屋に入って襖を閉めようとした所で、総悟が完璧に俺の後ろを取る。 鯉口を切る音が聞こえた。 「まだ懲りねぇのか! このクソガキ!」 間に合わないかもしれないとは思ったが、俺は鞘ごと刀を抜いて体を反転させる。 「死ね土方ァァァ!」 「こんのバカガキがァァァ!」 がきん、と抜き身の刀と鞘に納まった刀がぶつかる、嫌な音がした。 ――土方さん。「死ね土方ってお前、いつものコトじゃねぇか」って。 刀を交える内に俺は部屋の奥へ追い詰められた。 それでも今日の総悟の言うことは何も聞きたくなんぞない。 「今日のお前の言うコトなんざ…」 「アンタどんだけ、俺のコト…!」 悪態を吐きながら攻撃をしてくるくせに、総悟はいつも以上に本気ではなく、それが一層俺をイライラさせた。 焚きつけるくらいしても釣りは来るだろう。 こちらは1日総悟に振り回されっぱなしでストレスが溜まりすぎている。 「信じて欲しけりゃ足開け」 「……っ!」 総悟が、大きな目を、いっぱいに見開いた。 「…?」 そのあまりの表情に総悟の刀を押し留めていた俺の手の力が僅かに抜ける。 すると総悟はその隙を狙ったように刀を引いてしまった。 「オイ、冗だ」 「ひじか、た…さん」 総悟が刀をゴトリと放って、俺の言葉を遮った。 少しだけ声が震えている。 黙った俺に、総悟は下を向いてぽつりと言った。 「愛してまさぁ」 耳まで赤くしている総悟は、こんなことを滅多に言うことはない。 「それと同じなんでさぁ…コレ…」 俺の前に数枚の紙切れが差し出された。 受け取ってみれば、すぐに近藤さんの急ぎの書類だということが解る。 どれも俺の判が必要なものだった。 「――…っ。お前…」 総悟がゆっくりと顔を上げる。 「ちゃんと言えばイイだろ――…って、あ」 「言ったじゃねぇか! 言ったけどアンタ嘘にした!」 怒鳴った総悟は俺に背中を向けてしまった。 俺は急いで書類に目を通して判を押すと、まだ背中を向けている総悟を部屋に残し、書類を届けるために近藤さんの部屋に向かった。 部屋に戻ってみれば、予想通り総悟の姿はない。 思わず舌打ちをして総悟の部屋へ行くと、窓際に小さく蹲っている総悟がいた。 俺は総悟のすぐ傍にしゃがみ込んで、その亜麻色の髪に手を伸ばす。 「触んないでくだせェ…っ」 総悟の言葉に俺は一度伸ばした手を戻した。 「すまねぇ」 「…もう、ヤでさ」 小さな声に堪らなくなって強引に総悟の体を抱き込むと、総悟は両腕を必死に突っ張って拒む。 「俺だって今日が何の日か解ってやしたよ、でも!」 「総悟、すまねぇ。悪かった」 それなら俺の謝罪も嘘になるだろう。 「アンタなんか…!」 だが総悟は嘘だと責めずに、やっと俺に体を預けてきた。 「アンタなんか…!」 「俺のコトは嘘だって言わねぇのか?」 「バカ土方なんか…!」 ――土方さん。アンタ俺に謝る時は、一瞬だけ目を逸らすんですぜ? 謝罪を嘘だと責めない総悟は、そのまま俺の隊服の上着をぎゅうと掴む。 「アンタのコトなんか…!」 俺はまだ煩く喚くだろう総悟の口を塞いだ。 角度を変えて何度も口吻けていると、小さな嗚咽が合間に漏れ聞こえてきた。 「足、開きゃイイんですかィ?」 「ハァ?」 「信じて、もらうの」 総悟が二人分の隊服のスカーフと格闘を始める。 「そうじゃねぇだろ! あんなん冗談に決まってンだろうが!」 「信じて欲しけりゃしなせェよ」 泣きながら笑う総悟に完敗した俺は長い溜息を吐く。 「くそ…めんどくせーな。もう日付変わるまで喋んねぇぞ」 無言ルールを宣言してから、総悟にまた口吻けた。 首筋を唇で辿りながら、隊服のジャケットとベストを脱がせる。 する、と肩からシャツを落とすと、総悟から押し殺した声が漏れた。 「……っ」 浮き出た鎖骨を軽く噛んで、既に硬くなってきている胸の飾りを指先で弾くと、総悟は小さく体を震わせる。 そのまま口に含んで吸い上げると、腕の中で細身の体が、くん、としなった。 「……っ」 「そう…?」 名を呼ぼうとした俺の唇に、立てた人差し指がそっと押し当てられる。 どうやら行為の最中も、無言ルールを適用するということらしい。 思わず二人で笑みを浮かべて、これまた同時に時計を見た。 日付が変わるまでにはまだ少し時間がある。 時計に気を取られている総悟の、隊服のベルトに手をかけると、こちらを振り返った総悟が腰を浮かせた。 下着ごと脱がせてしまって、ゆっくりと手を添える。 声を耐えられるかどうかのぎりぎりのラインを保った俺のやり方に、総悟は浅く早い息を繰り返すだけになった。 「…っ!」 室内には総悟の息遣いと、ぐちゅぐちゅという音だけが響く。 それを聞いているのか、湿り気のある音が大きくなるにつれて総悟の体は一層熱を帯びていった。 「――…っ!」 そんなになっても強情なのは相変わらずで、まだ声を漏らさない。 俺はちらりと時計を見た。 日付が変わるまでの時間を確認する。 総悟をうつ伏せにさせて、一気に責め立てることにした。 先程からのしつこいほどの愛撫でどろどろになっている総悟には、比較的簡単に指が入った。 「……はっ、ぁ」 ぐっぐと指を抜き差ししながら前を扱くと、流石に総悟が掠れた声を上げた。 「しーっ」 手の動きはそのままに、俺は総悟の耳元で無言ルールの確認をする。 総悟はがくがくと頷いた。 いくらなんでも一番弱い場所に触れるのは忍びないので、そこは外して指を増やす。 やがて総悟が長く息を吐きながら、痙攣するように震え出したので、俺は前への愛撫を止めて後ろからも指を抜いた。 イけなくなった総悟は涙目で俺を見つめてくる。 そして声を出さずに俺を呼んだ。 堪らなくなって、それでも視界に時計を入れて、そして総悟に突き挿れる。 「日付、変わるぞ」 「ひ、うあ、ああ――っ!」 耐え切れなくなった総悟は、そこから滅茶苦茶に喘いだ。 揺さぶる度に、悲鳴のような嬌声が零れて、それはもう途切れない。 「…じ、かたさっ…も、やあぁ、あ」 一度もイかせていない所為か、総悟が音を上げるのはすぐだった。 「まだ、だ」 「ぅ…あ! やあぁ! あっ!」 イかせないように、俺は総悟を揺さぶり続ける。 やがて動きに変化を感じたのだろう。 急に総悟が俺を振り返って、激しく首を横に振った。 「嘘…っ! ヤでさっ! 中ヤだ…!」 「嘘じゃねぇ、よっ」 細い腰を引き寄せて、総悟の力のない抵抗を崩しにかかる。 かたかたと震えながらその体を支えている両腕は、いつ崩折れるだろうか。 「嘘、じゃねぇの、を、感じとけ…!」 俺が言った瞬間、とうとう総悟はかくんと上体を落して、肩だけで体を支える体勢になった。 「あ、ぅん…っ! や、あぁーっ!」 「…ッ」 総悟を促して、同時に中にそのまま放つと、腕の中の体がびくりと震えた。 力が抜けてしまって俺にもたれ掛かるだけの総悟が、先程解いた隊服のスカーフを指に巻きつけては落して、気だるげに遊ぶようにしている。 「日付…変わりやしたね」 スカーフを見つめている総悟に、俺は呟くように言った。 「悪かった」 つ、と総悟が顔を上げる。 「アンタ、馬鹿ですかィ? さっきから解ってまさァ」 「…すまねぇ」 ――土方さん。アンタのコトなんか、大抵は。 「だから、さっきから解ってまさァって」 「そうかよ」 「……コレも…許してやりまさ…」 軽口のような口調だが、総悟は見る間に赤くなって、スカーフを手に巻きつける。 「あ? ああ、中か。感じてンのか?」 「ち、調子に乗んな! エロ土方!」 スカーフごと総悟の拳が飛んできた。 それをかわして、思い切り叩いてしまった頬に唇を滑らせる。 少しだけ総悟が顔を顰めたことに、胸がちくりとした。 狡い俺はそれを打ち消すように、白い首筋に顔を埋める。 嘘にならないように赤い痕をつけると、総悟がお返しとばかりに俺の首筋に噛み付いてきた。 いつもと違う4月1日、総悟は、嘘を吐けなくて。 俺は、限りなく馬鹿だった。 |