年明けの宴会騒ぎは、本当なら明日まで続く筈だった。 だが、俺が屯所に戻ればそうはいかなくなるだろう。 冷え切った夜の道に立ち尽くして、溜め息を吐く。 何せ副長たる俺が血塗れなのだから。 ――…返り血だが。 「ったく新年早々ぶった斬らせやがって」 俺は煙草に火を点け、仕方なく携帯電話を取り出した。 討ち入りではないため血だらけで指示を出すわけにもいかず、駆けつけてきた十番隊の原田に場を預ける。 俺の足にと原田が指差したパトカーへ向かって歩き出し、助手席のドアに手をかけようとして思わず動きを止めてしまった。 運転席には何故か総悟がいる。 総悟は俺を見て一瞬顔を顰めた後、後部座席をがさごそとやって、窓を開けると無造作に大きなビニールを差し出してきた。 「あん?」 受け取ってぽかんとした俺に、抑揚のない声が放られた。 「ソレ巻きなせェよスプラッタ土方」 誰が掃除すると思ってんですかィ、と続けるその総悟の視線が、俺の体をひと滑りして逸らされた。 「いや、お前が掃除するワケじゃねぇだろが」 返しながら一応はビニールを体に巻きつけてパトカーへ乗り込む。 そうして血が付いた隊服のスカーフを緩めると、総悟が俺の手元を気にしつつアクセルを踏んだのが、解った。 「別に怪我なんぞしちゃいねぇよ」 がごん。 パトカーが大袈裟に揺れる。 そこまで動揺する必要が何処にあるのだろうか。 「んなコト、誰も言ってねェでさ!」 前を向いたままの総悟は、ハンドルを切って細い路地へとパトカーを入れた。 「オイ…?」 停止したパトカーの運転席で、総悟は今度は下を向いてしまっている。 「此処で今……しろィ」 何を、しろって? 聞き取れなかった部分を視線で問おうにも、総悟が視線を合わさないので顎を捉えて此方を向かせた。 白くて綺麗な肌に、赤がぬっとりと付く。 慌てて手を引こうとすると、俺の手首を総悟がぐっと掴んだ。 同じ赤でも生きているという違う色をした瞳が、ゆっくりと閉ざされる。 「キスしろってか」 素早く、掠め取るようなキスをしようとした俺の後頭部を、総悟ががっちりと押さえ込む。 「…んっ、ん」 控え目に差し入れてくる舌と漏れ出す声に一瞬ぐらりとしたが。 「お前…! 何してンだ!」 総悟を無理やり引き剥がすと、ふ、と息を吐いた口元が動いた。 「血の臭いが、しまさァね」 それだけ言うと、後は屯所に着くまで、総悟は黙ってパトカーを走らせた。 言われなくとも血の臭いなんぞ、ぷんぷんしていると解っている。 屯所に戻れば案の定、正月の宴会はぶち壊しになっていて、俺の姿を見た瞬間、部下である筈の山崎に有無を言わさず風呂へ叩き入れられた。 体を流していると、脱衣所の方から山崎の声がする。 恐らく俺の隊服の始末をしてくれているのだろう。 「沖田さんが部屋に来て欲しいって言ってましたよ」 「ああ、解った」 応じてから、先ほどのパトカーでの出来事を思い出す。 わざわざ現場までやってきて、あんなコトをした意味を問いただすためにも、総悟からの呼び出しは丁度いい。 風呂上がりを真っ直ぐに総悟の部屋へ向かった。 「俺だ」 襖の前で声を掛けると、すぐに中から応えがある。 すらりと襖を引いて部屋に入った瞬間、重厚でいて何処か甘さを含んだ香りがした。 隊服から袴に着替えている総悟は、部屋の真ん中辺りに座っていて、訝しがる俺をじっと見上げている。 「突っ立ってねェで座ったらどうです?」 「あ? ああ」 勧められて適当な場所に座ると、そこから総悟の傍らに、香炉があるのが見えた。 それで甘い香りの正体が、香によるものだと知る。 俺の視線が香炉に向いているのに気付いたのだろう、総悟は香炉を自分の陰になるようにずらした。 「いや、お前ソレ、もうバレバレだろ」 「アンタには見て見ぬフリってのができねェんですかィ?」 「こんだけ盛大に香焚いといて、何言ってやがる」 俯き加減の総悟に近づいて香炉を引っ張り出そうとすると、総悟がその手を押し留める。 「まだでさァ」 「何が」 「いいから、まだ」 俺は仕方なく総悟の傍に座り直し、総悟の基準で「もういい」と言われるまでの間をどう過ごすべきなのかを悩み始めた。 「なあ、ソレ何て香なんだ?」 「黒方ですけど…」 「成程、正月だかンなぁ」 正月だから、という俺の言葉に、総悟がきょとんとする。 「まさか慶事に使うって知らねぇまま焚いてンのか?」 「店で香が欲しいって言ったら、今はコレがオススメって言われたんでさ!」 弔事用の香だったらどうする心算だったんだコイツは。 がくんと頭を落とした俺の周りで、黒方が強く香った気がした。 「土方さん。もう、いいですぜ?」 言葉と同時にふわりと総悟の両手が髪に差し入れられた感触がする。 「さっきっから何なん――…」 言いかけた俺の唇に、総悟の唇ががつんと当たった。 じんじんする口を割って、僅かに舌が入り込んでくる。 先ほどのパトカーの中でも、総悟はこんな風だった。 やられっ放しが気に入らなくなって、そして、一連の総悟の不審な行動の理由が知りたくて、逆に此方から舌を絡めた。 「ぅん…!? ん、んっ!」 総悟が俺の胸元をどんどんと叩く。 その手を封じ込めて更に口腔を侵食するように舐めると、強張った体が小さく震えた。 「ん、んぅ…っ」 「何がしてぇンだよ?」 総悟の耳元へと唇を移動させて耳朶を軽く噛む。 「ちょっと! …あっ!」 声を上げる総悟を、構わずその場へ押し倒そうとすると、珍しく本気めいた力で抵抗された。 「だから何がしてぇンだってんだオメェは!」 「アンタ、が、今年、最初、に」 俺に抗う合間に、息継ぎをするように総悟が言葉を紡ぐ。 「斬ったら、香で、血の、臭い――…」 もう全部言わせる必要もない。 相変わらず力を緩めない総悟を、俺は力尽くで腕に囲って、深いキスをする。 唇を離すと、総悟は小さく呟いた。 「今だけ騙されてやってくだせェよ」 どうせ染みついて、血の臭いなんざ、取れねェんだから。 「まあ、そうだな。お前の今年初めての時にゃ…」 そのまま総悟を見つめていると、ぶすっと怒ったような顔をされる。 「アンタの言い方、ヤラシイ」 言ってくすくす笑った総悟が俺の首に両手を回してきたので、そっと体を押すと、今度は大人しく倒れてくれた。 黒方の匂いに塗れて、今年初めて人を斬った手で、今年初めて総悟を抱いた。 |