「土方さん、肩車してくだせェ」 「誰がするか! そんなモン!!」 総悟の間延びした声に、俺は振り向きもせずに怒鳴り返した。 「じゃあ、紅の花柄と藍染のバカップル探してくだせェ」 歩く俺の後ろから、相変わらず総悟ののんびりした声が聞こえる。 「バカップルだぁ? そんなモン探すほど暇じゃねーんだよ。きりきり見廻れ」 俺は言いながら振り向いて、思わず固まった。 無表情の総悟の左手には、半泣きの子供の手が握られていたのだ。 俺が初めて出会った総悟と同じ年頃の少年のものだった。 「きりきり見廻った結果、迷子見つけやした」 顔色を変えずに言う総悟が、俺にはどこか不自然に見えた。 「それでその親の格好がさっき言ってた着物なんだな?」 確認した俺に総悟と子供が同時に頷く。 俺は目元を赤くして涙を浮かべている子供の表情を見て、頭の中で舌打ちをした。 ガキは苦手だと、俺は自分を認識している。 こうやってすぐ泣くからだ。 ぎゃあぎゃあ喚かないだけ、このガキはまだマシかもしれないが。 俺が知っているガキは――…。 そこまで思って、俺ははっと我に返った。 とうとうガキが大泣きし始めたのだ。 「土方さん、アンタ子供になんて顔してんです?」 俺を見上げた総悟が溜息を吐く。 そうして子供の視線の高さまでしゃがみ込むと、何やら小さく呟いて笑った。 途端に子供が泣き止んで、総悟につられて笑う。 俺はそんな総悟の姿を初めて目の当たりにした。 てっきり総悟もガキなんざ面倒で嫌うタイプだと思っていた。 しかし。 これでは。 まるで。 驚いている俺に総悟は相変わらず色のない視線を送ってくる。 「アンタもきりきり働きなせェ」 暗に親を見つけて来いという、有無を言わせないものだった。 俺は総悟とガキをその場に残して、親を探しに向かった。 ガキは苦手だ。 総悟に連れられていたようなガキは特に。 扱いに困るからだ。 俺が知っているガキとは違いすぎて。 俺が知っているガキは、泣くことなんざ、なかった。 再びそこまで思って、俺は先ほどから総悟が見せていた不自然さを思い出した。 (そう言えば、アイツ、なんであんなに機嫌悪いんだ…?) 思った矢先にガキの親らしいおろおろしている二人を見つけた俺は、子供を保護したことを説明して総悟の元へと連れて行った。 再会に沸く親子を見る総悟の表情は穏やかで、別れ際に振り返った少年には僅かだが笑顔さえ見せていた。 しかし、逆方向を振り向いて歩き出した総悟には、またまったく表情がなくなっていた。 「おい、お前…」 「なんですかィ?」 まるで俺の言葉を遮るように総悟が問い返してくる。 「お前、ガキ、好きだったのか?」 俺が言うと総悟が少しだけ視線をこちらに寄越した。 「アンタが、嫌いなんでしょう? 子供」 総悟からは棘を含んだ言葉が返って来ただけだった。 「何で機嫌悪くなってンだ?」 訊いておかなければ後々ややこしいことになりそうな予感がして、俺は一番気になっていたことを尋ねた。 暫く間を置いてから、総悟は俺から顔を背ける。 「子供なんざ…置いていかれりゃ泣くのが相場でさァ」 「そりゃそうかもしれねぇが」 俺には総悟の言葉の意味が解らない。 「それとお前の機嫌に何の関係があるんだよ?」 「………」 更に尋ねた俺に、総悟は無言を貫いた。 もう少しで屯所に着くという時、俺はやはり総悟が気になって横を歩く顔を見た。 総悟のその表情が、急に思い出されたあの時のものと重なる。 (コイツ…まだ覚えてたのか? そうか。それで迷子見て…) あの時も、総悟は感情を隠そうと、必死に無表情を作っていた。 「…お前、思い出してたんだろ?」 俺が言った瞬間、総悟の顔色が変わった。 「何のこと、ですかィ?」 「武州で」 にやりと笑った俺は思い出したことを言葉の欠片にしていく。 「!」 総悟の顔が慌てた色を湛えた。 「俺が何日間か、ふらっといなくなって」 急に早足になって屯所に向かおうと焦りまくっている腕をぱっと掴んだ俺は、そのまま総悟を近くの細い路地に引っ張り込んだ。 「…っ。離しなせェ!」 「道場に戻ったら、お前いきなり蹴り入れてきやがったけど」 俺は綺麗に総悟を無視して、掴んだ腕を引き寄せた。 続けられる言葉を予想しているのか、総悟はぎゅっと目を閉じて顔を真っ赤にしている。 「目。赤かったの、知ってたぜ?」 自然と笑みが消えていた俺の顔を見て、総悟が後ろに引こうとするが、何せ細い路地に二人で入り込んでいるので融通が利かない。 「お、覚えてやせん…っ!」 「俺が覚えてる」 横を向いてしまっている総悟の、隊服から覗く首筋に軽くキスをすると、俺の方がびっくりするほど総悟が震えた。 「こんな、所で、何しやがるんでィ…」 そう言うわりに総悟の手は俺の腕をそっと掴んでいる。 「アレ、淋しかったのか? 怖かったのか?」 俺は総悟の首筋に顔を埋めたまま尋ねた。 「………っ」 黙った総悟に俺はどうしても答えを言わせたくなった。 「どうする? もうすぐ他のヤツら、戻ってくるぞ?」 いくら細い路地でも屯所のすぐ近くだ。 隊士たちにはこの位置はバレるだろう。 答えなければ離さないという無言の脅しをかける俺に、総悟は怒鳴るように言い放った。 「アンタなんかいなくなればイイって思ってやした! でもいなくなったら困ったンでさァ!!」 総悟は俺を振り切ろうともがいたが、そんな最大級の告白をされて俺が離す訳がない。 唇を重ねると、総悟から吐息混じりの抗議とも取れる声が漏れた。 息が上がってきてから俺が離した唇を尖らせて、総悟がなけなしの言葉を紡ぐ。 「困ったのは、嫌がらせする相手がいなくなったってことだけですぜィ!?」 あまりの説得力のなさに俺は吹き出した。 「だから、勘違いしないでくだせ…っ!」 可愛げがないのか、可愛いのか解らない総悟がじれったくなって、俺は再びその口を塞いでやった。 先程よりも深く舌を差し込んで、これでもかというほど口腔を嬲ると、総悟の膝がかくんと落ちた。 「コレは俺の嫌がらせな?」 崩れた体を抱えてそっと囁いた俺は我ながら意地が悪いと思う。 「アンタ、最低、でさァ」 「最高の嫌がらせだろ? あぁ、まだ凄いのがあったか」 俺の言葉に、エロ土方と小さな蹴りが飛んできた。 その日に行われたのが睦み事と呼ぶことができるものだったのかはよく解らない。 何せ俺は嫌がらせと称して総悟を苛め抜き、総悟は俺の悪態をつきまくっていたというおかしなものだったからだ。 ただ、最後の方で総悟が荒い息の下から言った。 「消える、時は、消えるって、言いなせェよ?」 「何で、だよ?」 俺が短く問い返すと総悟が形容し難い表情を浮かべた。 「二度と、俺の前、にっ、出てこない、なら…っ。あ!」 「…言うな」 総悟の顔つきに嫌なものを感じた俺は、早々にそれを崩してやる。 「俺……う、ぁ」 「言うなって」 嫌になった俺は総悟が言葉を発せない状態にしたが、それでも総悟はその言葉を悲鳴に乗せた。 「――俺も消えやす…っ!」 やっぱり。 聞きたく、なかった。 「探したり、しねぇのかよ」 今日の迷子みてぇに、と尋ねると、総悟は嫌だと首を振った。 「探すのも、待つ、のも、ヤでさァ…っ!」 「そんなに探して、そんなに待ってたのか?」 総悟が無言で俺にしがみつく。 まるで泣いているようだった。 あの時も、蹴りの代わりにこうしたかったのかもしれない。 俺は大きくなった総悟を、総悟が抱えたままだった小さな子供ごとしっかりと抱き締めた。 俺が知っているガキも、解り辛いことこの上ないが、普通のガキだった。 ――置いていかれりゃ泣くのが相場…。 いや。 ある意味では、かなりのマセガキだったのかもしれない。 |