隠鬼

 見つけないで。
 暗くなるまで。


 我ながら見事、と思えるほどに上手くサボってみても、どういう方法を使っているのか土方さんは俺を見つけ出す。
 「総悟! テメェまたサボリか!!」
 昨日も、一昨日も盛大に怒鳴られた。
 確かに見廻りのシフトを組んでいるのは土方さんだから、当然ルートが把握されていることは解る。
 だからと言って俺だって単純バカじゃない。
 完全にルートから外れた場所、しかもそこをランダムに狙ってサボることにしているのだ。
 …だが、必ず見つかってしまう。

 「此処なら絶対見つからないだろィ」
 予想外だろうと思える場所、そこはいかにも怪しげな建物ばかりが並ぶ、所謂ホテル街。
 ビルとビルの隙間へと体を滑り込ませて、地面まで這うダクトの影で惰眠を貪ることにする。
 昼間のホテル街なんざ、往来も少ないし真選組の見廻りもそうそうあるもんじゃない。
 俺が夢の世界に落ちるまで、そんなに時間はかからなかった。

 「どうせ、土方さんには見つかっちまうんだから」

 喧騒と雑踏が入り混じる音の中でアイマスクを押し上げると、辺りはすっかり暗くなっていた。
 「ヤッべぇ!」
 流石にこれはマズイ。
 屯所に連絡を、と思ったがあまりのマズさに連絡を入れにくい。
 始末書ものなのは明白だ。
 まして此処はホテル街。
 こんな所で寝てました、ということが土方さんに知られれば、怒鳴られるだけじゃなく、明日の朝まで寝かせてもらえないことは必至だ。
 「なんで今日に限って…」
 携帯電話をじっと見て、思わず一人ごちてしまった。
 「…見つからねェようにしたの、俺だっけ…」
 念のため携帯電話をチェックするが、不思議なことに土方さんからの怒りの留守電やメールは入っていなかった。
 何だか気が抜けて、俺はダクトに座ってぼけっとネオンを見つめていた。
 もう一度、携帯電話に目を落とす。
 鳴らない電話。
 待っている訳じゃないが、俺は何度も携帯電話を確認してしまった。

 「見てるだけじゃ、かからねぇぞ」
 聞きなれた声が背後からして、同時に嗅ぎなれた煙草の匂いがふわりと香った。
 驚いて振り向くと、壁にもたれた土方さんが俺を見ていた。
 「ひ、土方さん」
 だらりと冷や汗が流れる。
 舌打ちをした土方さんは煙草を足元に放って揉み消すと、近づいてきて無理矢理俺を立ち上がらせた。
 「こんな危ねートコですやすや寝てンじゃねぇよ!」
 置いとく訳にいかねーだろが、しかもいつまでも起きやしねぇとぶつぶつ言っている。
 「え?」
 俺は思わず耳を疑った。
 (こんなトコで……すやすや? いつまでも?)
 「俺が寝てたの、知ってたんですかィ?」
 よく見れば土方さんが立っていた場所には、数え切れないほどの煙草の吸殻が落ちている。
 携帯灰皿に入りきらなかったのだろう。
 つまり、かなり前   恐らく昼間   から土方さんは俺を見つけていて、此処でずっと見ていたことになる。
 見ていたというよりも、危なすぎる場所にいた俺を見張ってくれていたのか。
 俺の問いに土方さんはフンと横を向いてしまった。
 「お前がこんな所でふらふらしてンのが悪ィんだよ。挙句の果て寝やが…っ」
 不謹慎にも嬉しくなって思わず飛びついた俺に、土方さんがバランスを崩しかける。
 「離れろ! 俺たち隊服だぞ!?」
 俺を引きはがそうとする土方さんの唇に、人差し指を当てて蓋をする。
 「こんなビルとビルの隙間なんざ、誰も見てやせんって」
 「…ったく」
 素早く俺の腰を引き寄せた土方さんは、掠めるようなキスをしてくれた。


 見つけて。
 暗くなる前に。

                               2011.8.10

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