加虐解禁日

 毎年この時期になると総悟の機嫌が上昇する。
 それはもう天にも昇るんじゃないかという勢いだ。
 しかし、現在、目の前の布団の山は例年と違ってドス黒いオーラを発していた。
 「土方さぁん」
 いつになく甘えた声が出ているが、そんなコトに屈する俺ではない。
 「…土方さ」
 「何回言わせるンだテメェは! ダ、メ、だ!」
 布団から目だけを覗かせていた総悟がすごすごと中に潜っていく。
 途中、小さな悲鳴が上がるのを聞いて、やれやれと肩を竦めた。
 総悟は酒が飲みたいのだと、ずっと頑張っている。
 今は許すことができなかった。
 いや、そもそもコイツは未成年なんだが、喩えそこに目を瞑ったとしても無理な話だ。
 怪我を、しているのだから。

     *

 一週間前。
 天人で構成された或る犯罪組織が、非常に度数の高い酒を裏で流しているという情報が入った。
 取引をしているだけなら、それほど大きな問題にはならない。
 酒に酔わせての犯罪が多発しても、通常は、捜査対象になるだけだ。
 しかし、その酒が原因の急性中毒死が随所で起き始めた。
 こうなってしまうと、大元になっている酒の出所を速やかに潰さなければならない。
 問答無用の討ち入りが決定した。

 各隊の配置を済ませて、突入の時刻まで待っていると、無線に呼び掛けがあった。
 「総悟か。どうした」
 「これって、天人は生け捕らないとダメなんですよねィ?」
 緊張感のない声でのとんでもない台詞に、銜えていた煙草を落としてしまった。
 「当たり前だ! ってかこのタイミングで何言ってやがる!」
 怒鳴りつけると、無線がぷつっと切れた。
 何か起きたのだろうか?
 生憎、俺は屋敷の表側にいるため、総悟がいる裏庭付近の状況が解らない。
 しかし、万が一異変があったとしたら、一番隊の道案内をするために同行させた山崎からも連絡が入る筈だ。
 今回は俺たちが先に突っ込んで、その後、総悟の一番隊が少数で裏庭から元締めをしている天人の捕縛へと向かう予定になっていた。
 酒の取引のルートを知るためにも、当然その天人は生け捕らなければならない。
 なのに、何故そんなことを今更確認してきたのか。
 手元の無線機に視線を落としたが、それはもう鳴らなかった。
 此方から呼び掛けようかと思う間もなく、突入の時間が訪れてしまう。
 「御用改めである!」
 どかん、とドアを蹴り飛ばし、隊士たちと共に屋敷の中に雪崩れ込んだ。
 すぐに数人の天人が刀を抜いて此方に斬りかかってきた。
 「!?」
 受け止めた刀が予想以上に重い。
 事前に仕入れた情報には、この種族にはそれほど腕力がないとあったのに。
 どういうことだ?
 思ったのは、俺だけではなかったようで、周りの隊士も明らかに動揺している。
 「鬼のぉ、副長サンがぁ、こんなもんかぁ?」
 ぎりぎりと刀で俺を押す天人が、呂律の回らない言葉を吐いたのを聞いて納得した。
 コイツらは恐らく、酒を注射している。
 酒や麻薬は、恐怖心を取り除き、限界を超える力を発揮するため、戦場で使われる。
 そこまで考えて、ふと、総悟の言葉を思い出した。
 アレは。
 この事態を予想していたからではないか?
 総悟は普段は頭が悪そうに見えるが、こういう時には異常に考えが回る。
 体力のない天人が戦うとしたら、こうすることを解っていたのではないか?
 「あの馬鹿が…っ」
 総悟は、侍としては、小柄だ。
 一般人よりは鍛えているだけの体はしているが、俺やほかの隊長格、隊士たちより小さくて細い。
 この天人を複数相手にした時には、いずれ、押し負ける。
 いや、総悟が身軽さを活かして躱したとしても、それでは一緒にいる連中が駄目だろう。
 裏庭側を少数部隊にしたことを、猛烈に後悔したが、遅かった。
 だが、それより大切なことがある。
 後悔よりも、この戦い方を見抜いただろう総悟を信じることを選んで、取り敢えず目の前の天人をぶっ飛ばした。

 屋敷の一階部分を制圧し、昏倒させた天人を縛っている最中、無線がジジっと音を立てた。
 応答すると、山崎の焦った声が返ってくる。
 『副長、すみません。ちょっと人を貸してください』
 時計を見て、舌打ちした。
 突入から三十分経過している現在、総悟たちが制圧できていないというなら、失敗に近かった。
 「解った。俺が行く」
 『いや…ちょっとそれは…って、あ! 沖田さん!』
 『おうえんなんざ、いらねぇでさぁ!』
 今のは、何だ?
 『あんたはとっとと、とんしょにかえりなせぇ』
 『沖田さん、退いてくださいって!』
 非常に嫌な予感がするというか、嫌な予感しかしない。
 無線を切って、近藤さんへ短く状況を話し、総悟たちの所へと向かった。
 馬鹿と煙はなんとやらとはよく言ったもので、辿り着いたのは屋敷の最上階の奥の部屋だ。
 まだ天人を捕縛できていないのかもしれないと、慎重にドアを開けて、絶句した。
 縛り上げられた元締めらしき天人と側近が二人転がっているのはいいだろう。
 だが。
 「ひじかたさんだー」
 山崎に抱えられている総悟が、頬を紅潮させてご機嫌で俺をとろんと見つめているのは、大問題だ。
 「オイ、山崎」
 俺に向かって手を伸ばしてくる総悟を受け取りながら、山崎に説明を求めようとすると、腕の中から鼻歌混じりの報告が始まる。
 「いやあ、どんなあじがするのかって、さけ、のんじまいやした」
 「で? この怪我はなんだ?」
 左足から流れる血を指摘すると、へにゃりと総悟が笑う。
 大した傷ではないかもしれないが、酒が入っているため、酷く出血している。
 「ちょっとこけただけでさぁ。あり? めが、まわ…る……」
 「って、コラ! 寝るなァァァ!」
 すうすうと寝息を立てる総悟を抱いて、暫く途方に暮れていた俺は、此処にいる隊士たちが先程から一言も発していないことに気づいた。
 訝しく思って視線を滑らせるが、どいつも俺と目を合わせようとしない。
 そんな俺に、山崎が真実の報告をし、全員が涙ぐみながら謝罪した。
 本当のコトこそ、コイツらしかった。

     *

 再び、布団の中から亜麻色の髪が覗き、続いて赤い瞳がじとっと俺を見た。
 「土方さぁん」
 「一生飲むなとは言ってねぇだろが」
 「土方さぁんってば」
 思わず溜め息を吐いて、吸っていた煙草を消す。
 「だって今日をずっと待ってたンでさァ」
 「別に逃げていかねぇって」
 「早く飲まねェと味が落ちちまう」
 総悟が飲みたいと駄々を捏ねている酒は、予約してあったのを先程取りに行って、半刻程前に冷蔵庫に入れてあるのだが。
 「討ち入りを反省してねぇのか」
 態と、嫌な言い方をしてみた。
 途端に総悟の機嫌が悪くなったので、顔を拝んでやろうと布団を捲ると、思った通り、ぷくっと頬が膨らんでいる。
 ――ンな顔しても、可愛いだけだから。
 言いたくなるのを抑えていると、総悟がさらにじっとりと俺を見つめた。
 傷は深くないと松本先生から聞いたが、熱が続いている所為で、その目はしっとりと潤んでいる。
 ――やべぇ、ヤりてぇかも。
 「アンタ、今、余計なコト考えてませんでした?」
 「いや、誰もお前を可愛く啼かせてぇなんざ――…」
 しまった、と、口を覆ったが、時既に遅し。
 「ふっざけンな土方ァァァ!」
 総悟がばさっと布団を跳ね飛ばす。
 「酒は駄目で、ソッチはイイって、アンタどんだけなんですかィ!?」
 ぎゃあぎゃあ喚き出した総悟を見て、ふと、意地悪を思いついた。
 「落ち着けよ。酒が飲みてぇンだろ?」
 「だからそうだっつってンでしょ!」
 「もう冷蔵庫に突っ込んであるから、それでイイな?」
 「へ?」
 総悟がぽかんと俺を見る。
 「折角のボジョレー解禁日だもんな」
 「解ってるンなら、とっとと出しなせ――う、んんっ!?」
 がぶ、と、生意気を言う口に噛みついて、先手を打つ。
 「んんんんんん!」
 多分「なにすんでィ!」だろう言葉を無視して舌を絡ませ、ちゅうっと吸うのを繰り返していると、総悟の喉が鳴った。
 反応してしまったのが悔しいのか、俺の着流しを掴む手に力が入る。
 唇を離し、罵倒される前に次の手で追い込む。
 「酒、飲めるくらいだって、証明しねぇとな、総悟」
 「証明って、ヤんの…?」
 「脱げよ。飲みたいンだろ?」
 そこまでして酒が飲みたいワケじゃないのだろうが、怪我の所為でお互いご無沙汰だ。
 だから、言うコトを聞くだろうと、解っていた。
 案の定。
 総悟は一度、顔を歪めたが、自分の単の帯に手を掛けた。
 しかし、その手は一向に動かない。
 行為においては殆ど俺がひん剥いているため、総悟が自分から、まして俺に見せつけるように脱ぐなどということは皆無と言っていい。
 「総悟」
 「う、う、煩ェ!」
 言葉とは裏腹に、固まっている手を仕方なく引っ張ると、余程強く握っていたのか、帯が一緒に崩れてきた。
 「あ、ちょっと」
 「そのまま脱いでみろって」
 開いてしまった単の前を掻き合わせようとしていた総悟の両手がぴたりと止まる。
 「なんで、そんな…」
 「酒飲みてぇなんざ言うからだろ」
 丸い頬をするりと撫でると擽ったかったのか、総悟は軽く体を捩じらせた。
 弾みで単が肩から滑り落ちる。
 「あ」
 「お。できるじゃねぇか」
 「違ェ! これは」
 「じゃ、次いくか」
 「は?」
 戸惑っている総悟の手を取って、両足の間にすとんと入れる。
 「まさか、アンタ」
 「上は弄ってやるから、な?」
 「『な?』じゃねェよ! このド変態!」
 罵る口を口で塞いで、薄い胸に指を這わせた。

 どのくらいの時間、ソコを虐めていただろうか。
 すっかり赤くなってしまった乳首を吸うと、総悟が「ひっ」と声を上げた。
 「も…しつこい…でさ」
 下へ目を遣れば、しっかりと勃っているのに、流石に躊躇いがあるのか総悟の手は何もしていない。
 その代わり、向かい合って座る俺の膝に擦りつけようと、もぞもぞと体が動くので、軽く押さえて止めさせる。
 再び胸に唇を寄せて、ちゅ、ちゅと吸い続け、焦らしに焦らして遊んでいたら、喘ぎに泣き声が混じり出した。
 「ひじかたさ…ヤ…もうヤだ…っ」
 「やめるか? 酒飲まなくてイイのか?」
 「も、もう駄目…だから…さ、触――うあ!?」
 総悟の手を掴んで、その下着の中に一緒に突っ込み、硬くなっているモノを握らせて、上から手を添える。
 ぐしょぐしょになっているソレを最初から激しく扱いた。
 「あ、ヤだあっ! ひじか、ヤ!」
 刺激が強い上に、自分の手でさせられている。
 半分泣きがら喘ぐ総悟を見つめて、綺麗だなとぼんやりと思った。

 あの討ち入りの時。
 総悟は、その場にいた隊士全員の命と引き換えに、酒を飲むことを承諾したという。
 いくらコイツが酒豪でも、敵わない酒だと解っていただろう。
 天人たちが総悟に何をしようとしていたのかは、山崎の報告を最後まで聞くまでもなかった。
 反射的に抵抗し、傷を作って大量に出血した総悟を見た奴らが怯まなければ、捕縛は難しかったかもしれないと、俯いた山崎と涙を浮かべた隊士たちに「口外するな 」とだけ言った。
 一番隊隊長が部下の前で犯されかけました、では面子が立たないだろう。

 こんなに綺麗なのに、簡単に投げ出そうとした。
 とても、総悟らしかった。
 ふるふると震え出した体を抱き締めながら、重ねていた手の動きを止める。
 もう達するという時だったのか、総悟は俺が手を離したにも拘らず、自分で刺激を与え続けて、すぐに小さく息を詰めた。
 「…んっ」
 「すげぇ。エロい」
 呼吸が整わないままの総悟の下着を引きずり降ろして、俺を跨ぐように促す。
 余韻で頭がぼうっとしているのか、思いのほか素直に従った総悟の後ろを、既にべとべとになっていた指で擽った。
 「んあ! まだ…っ」
 聞こえないフリをして指を沈めると、総悟の体がびくびくと跳ねる。
 ぐちゃぐちゃと掻き混ぜながら、三本まで増やしたところで、必死に膝立ちを続ける総悟に囁くように言った。
 「ココ、奴らにヤらせる心算だったのか?」
 総悟の体が一気に強張った。
 それに抗って勢いよく指を引き抜く。
 「あ、ああっ」
 倒れ込んできた体を受け留め、恐らく総悟にとっては絶望的だろう言葉を放つ。
 「挿れるトコ見せて」

 こうして、こんなコトを言って、ここまでのコトをして、すべて許されるのは俺だけだ。

 赤い瞳は、暫く俺の目を、静かに見つめていた。
 何を考えているのだろう。
 てっきり張り倒されるのかと思ったが、総悟はのろのろと体を動かして、俺の着流しの裾を捲るとソコに腰を落とそうとした。
 「ん、ああ…あ!」
 「…ッ」
 だが、予想通り上手くできずに、先端を咥えただけで止まってしまう。
 これでは俺の方が堪ったものではない。
 思わず動こうとした俺の肩に総悟の爪が食い込む。
 「やりまさ…やるからっ」
 「意地張ンな」
 「ヤだ! やりまさァ! ふ、う…っ」
 ぐ、と腰を落としても、総悟は全身に力を入れてしまっていて、挿入らない。
 「もういいから、総悟」
 言うと、亜麻色の髪がぱさぱさと左右に揺れた。
 「挿れる!」
 「なんで、そんな意地になってンだ?」
 「俺がこんなすんのは…アンタだけだって…思い知らせてやるんでさァ…っ」
 どうやら、俺の浅ましさなど、コイツにはお見通しだったらしい。
 白い頬に一筋だけ涙が伝うのを見て、酷いことをしてしまったと思った。
 尚も腰を揺らし、挿れようと頑張っている総悟の、前を撫でて力を抜かせる。
 不意打ちを食らって自分の重みですべて飲み込んでしまった総悟が悲鳴を上げた。
 かたかたと体を小刻みに震わせて、懸命に耐えながら俺の頭を掻き抱く。
 流石にすぐ動くのは可哀想だと思い、渦巻く衝動を遣り過ごした。
 「総悟、横になりてぇなら、変えるけど」
 「嫌だ! 俺が動きまさ!」
 駄目だ。
 完全にキレている。
 「悪かった」
 「死ね土方…っ。百万回…死…んうっ。あ!」
 言いながら体を揺するものだから、自業自得で文句が途切れた。
 総悟の気が済むようにさせようと思ったが、足の怪我への負担がある上、俺の我慢が利かない。
 繋がったまま強引に仰向けに倒して、傷から出血していないか確認した後、滅茶苦茶に突いた。
 「あっ。う、うああっ」
 がくがくと揺さぶると、結合部からぐちゃりぐちゃりと淫猥な音がして、ソレが聞こえているらしい総悟が耳を塞いでしまう。
 両手を掴んで外させ、動きを止めることなく耳元で囁いてやる。
 「ヤラシイ音」
 ぶんぶん首を横に振って嫌がるわりには、きゅううっと締まるので、これはこれで感じているのだとほくそ笑む。
 だが、先程あれだけ怒らせたことを考えると、あまり甚振る訳にはいかないと思い直した。
 甘い声で啼いている総悟を抱き締めて、善くなるように善くなるようにと角度を変えて突き入れた。
 途端に腕の中の体は震え出し、舌足らずに俺の名を呼ぶ。
 「ひじか…ひじかたさ…!」
 しがみついて、それでも堪え切れずに仰け反った喉に、赤い花を咲かせる。
 「そうご」
 低く呼んだ瞬間、大きく震えて達した総悟のナカに、思い切りぶち撒けた。


 程好く冷えたボジョレーと、グラスをふたつ持って総悟の部屋に戻ると、なんとか単を身に着けたらしい亜麻色が舟を漕いでいた。
 「やっぱ今日は寝とけよ」
 「んー…やでさぁ」
 白い手が空中を彷徨うので、冷たいボトルを手渡してやる。
 それで目が覚めたのか、にんまり笑った総悟が開ける物を寄越せと、また手をひらひらさせた。
 屯所にはなかったソムリエナイフは、きちんと買ってきてやっている。
 パッケージから取り出して総悟へ放り、あとは煙草に火を点けて、総悟がコルクと格闘するのを眺めた。
 「お前、そういうトコ不器用だよな」
 「黙ってなせェ」
 ぎりぎりとコルクにスクリューを食い込ませては引っ張り、溜め息を吐いてを繰り返すので、コルクが駄目にならない内に、総悟からボトルを取り上げる。
 「あー! 酷ェ!」
 すぐにぽんっと抜けたコルクを見て「俺の貫通式が土方さんに奪われた」と些か問題のある表現で詰られた。
 なんとも言えない気持ちになりつつ、グラスにワインを少しだけ注いで手渡す。
 量に不満があったのか、総悟が顔を顰めた。
 「お前は怪我人なンだよ。熱もあンだよ」
 「ケチ方」
 「誰がだ!」
 俺を横目に、こくん、とグラスの中身を飲んだ総悟は、やはりおかわりを催促した。
 「あんなに証明したのに酷ェ」
 その言葉に、ぐ、と詰まる。
 仕方なしに注ぎ足してやると、赤い瞳が同じ色の液体を見つめたまま、ぽつりと零した。
 「俺、あのままヤられるなんざ、なかったと思いやす」
 言いながら、着乱れている単から覗く、包帯の巻かれた脚を見つめる。
 「ザキたちを信じてやしたし」
 「それは…そうかもしれねぇが」
 「でも」
 俺の言い訳を、総悟が遮った。
 「さっき滅茶苦茶にされて、よく解りやした」
 「あ?」
 「何かあったら、アンタにヤり殺されるンだって」
 少しだけ笑ってから、総悟がグラスに口をつける。
 否定しようとして、できないまま、白い喉が液体を嚥下するのを見つめた。
 あまりにも俺がじっと見ているので、居心地が悪くなったのか、総悟が俺に背中を向ける。
 「アンタも飲めば?」
 俺も俺で行き場がなかったので、手元のグラスにワインを注いだ。
 「ついでにおかわりくだせェ」
 「こっち向いたら、もう少しだけ飲ませてやる」
 釣られたように、ゆるり、と此方を向いた総悟の唇を柔らかく食む。
 珍しく総悟の方から突っ込まれてきた舌に、口中を舐め回された。
 ワインの味がするのだろう。
 そうやって、長く口吻けを続けているうちに、総悟の足がもじもじと動くのが見えて、思わず笑ってしまった。
 「ひじかたさん…あの、証明もおかわり…」
 「馬鹿だろお前」
 慌てて総悟を引き剥がす。
 しかし、絡まってくる熱を持った体には逆らえず、なんだかんだと言いながら、再び交わってしまった。
 二度目だから、怪我人だからと加減しようとしても、どうしても総悟が他人へ差し出そうとしたのがちらついて止まらない。
 気づいた時には腕の中で、総悟は意識を飛ばしていた。
 ――コレはコイツが起きたら、俺の方が殺されるパターンじゃねぇか。
 一瞬、逃げようかとも思ったが、眠る総悟の手が俺の着流しの袂を手繰り寄せているのを見て、やめた。
 「何かあったら、ヤり殺す、か」
 確かにそれくらいしてしまうだろう。
 無事だったのに、此処まで苛め抜いたのだから。
 「…ひじかたさぁん…」
 むにゃむにゃ言う総悟の髪をそっと梳きながら、温くなってしまったワインを飲んで、未だ獰猛な方へと傾く心を宥めた。

                               2014.10.25

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