輝夜秘

江戸の散らぬ戀さま主催・2013.10.27発行「もっと!!愛でなせェ!」に寄稿しました


 この一ヶ月、自分が異常に天気に敏感になっていることを、感じていた。
 言わずもがな総悟の所為だ。
 ある捕り物が終わった夜、閨でくたりと力を失くした亜麻色が、ヤケにはっきりと俺に言い渡した。
 「俺から此処に来るまで触ンねェでくだせェ」
 何故、と問い返せば。
 「俺がシてぇ時だけするンでさァ」
 と。
 どんな我儘だとその体を押さえつけると、総悟は小さく笑った。


 捕り物は、失敗だった。
 以前から攘夷側と癒着している疑いがあった幕臣の一人を検挙するという、重要な捕り物。
 しかし踏み込んだ時には会合が開かれていた筈の屋敷はもぬけの殻で、此方の情報が流れていた事実だけが残っていた。
 幸いだったのは爆発物の類が仕掛けられていなかったため、どの隊にも死者が出なかったことくらいだ。
 上からのお咎めは免れない失態を演じた。
 「あ、月が出てきましたねィ」
 傍らで総悟の暢気な声がする。
 苛々と煙草に火を点けた俺に視線を寄越すことなく、がらんとした室内から月を見つめる総悟だったが、その気持ちは痛いくらいに解っていた。
 コイツだって本当は悔しいのだ。
 今回のことでは近藤さんが厳しい状況に置かれる。
 上の阿呆共に好き勝手にさせる心算はないのだが。
 「帰るぞ」
 「へィ……え?」
 小さな声を捕えて其方を振り返った瞬間、総悟が物凄い勢いで部屋を飛び出して行った。
 何かあったのかとその後に続く。
 屋敷の外は撤収の準備をしている隊士たちで溢れ返っていた。
 亜麻色を探し出して追いつくと、総悟は、またじっと月を見上げている。
 「どうした?」
 「あ、いえ。見間違いみたいでさァ」
 訝しく思って総悟の顔を覗き込んだが、いつものポーカーフェイスしかない。
 「俺たちも帰りますかィ?」
 俺が頷くのを見て、総悟はパトカーの運転席へと乗り込んだ。

 今夜を逃しては、きっと忙しくなる。
 俺たちは早急に肌を重ねた。
 コトを終え、気だるくも甘い余韻に暫し浸ろうかと思えば、先程の総悟の言葉だ。
 赤い瞳を見据えると、それが一度だけ、ゆらりと揺れた。
 「もう一回シやしょう」


 あの夜、身勝手に笑った総悟は、本当に気紛れになった。
 そうして、確実に俺と共に過ごす時間を減らしている。
 程なく総悟が俺の部屋を訪れる夜に、一定の法則があることに気付いた。

 月が隠れていると、総悟は来る。
 月が照っていると、総悟は来ない。

 天気に敏感にならざるを得ないだろう。
 書類の束を手に、換気のために開けた窓から、広がる茜色の空を見つめた。
 こんなに綺麗に晴れているなら、今夜はきっと月が出る。
 総悟が俺の所に来ない夜、様子を見に行こうと何度か思ったが、それを邪魔するように細かな事件が起きていた。
 ただでさえ失敗した捕り物の件で忙しいというのに、これでは総悟の様子を確かめる暇がない。

 「副長! 辻斬りです…!」
 夜半、見事な月を見上げていると、山崎が廊下を走ってきた。
 今度は辻斬りだと?
 「ったく、何だってンだ!」
 俺は盛大に舌打ちをして、現場へ向かった。
 怖いもの見たさで集まっている人々を掻き分けて被害者に近づく。
 と、亜麻色がちらりと見えた。
 「総悟?」
 「おや、土方さんじゃないですかィ」
 まるで何でこんな所に俺がいるんだと言いたげな総悟に状況を説明しようとしたのだが、何かが引っ掛かる。
 「ありゃあ、一太刀で殺られてまさァ」
 それだけ言って立ち去りかけるのを、腕を引いて止めた。
 「なんでお前が此処にいる?」
 引っ掛かりはコレだ。
 一番隊に出動要請はしなかった。
 総悟がこの場にいるのはおかしい。
 「偶々」
 「偶々通った場所で、辻斬りがあったのか?」
 「アンタ、しつこい」
 振り払われた俺の腕は、行き場を失くす。
 「…後で俺の部屋に来い」
 「ヤでさ」
 言い残して俺に背中を向けた総悟は、その夜、俺の部屋に来ることはなかった。


 秋というのは恨めしい。
 これが春なら朧に月が霞むものを。
 総悟が俺の部屋に現れたのは、辻斬りがあった五日後だ。
 襖を閉めた単姿を見た俺は、吸い掛けの煙草を灰皿へ遣った。
 胡坐をかいている俺の上に総悟がそっと座って、子供がするように胸元に頬を擦り寄せる。
 「なんだ? 珍しい」
 「見りゃ解るでしょ? 甘えてるんでさァ」
 その仕草が、何処となく疲れを訴えているように思えるのは、気の所為だろうか。
 「止めとくか?」
 「なんでです?」
 「疲れてンだろ?」
 総悟がぶんぶんと首を横に振って、俺の言葉を否定する。
 激しく首を振ったために眩暈を起こしたのか、腕の中にぽすんと体が収まった。
 「疲れてねェから…土方さん」
 嘘だと、解った。
 現に抱えた体は、痩せてしまっている。
 しかし、指摘する前に、俺の口は塞がれた。
 「はやく」
 離れた唇が強請る言葉を紡ぐから、ソレを言い訳にして総悟の単に手を掛ける。
 白い手が持ち上がって、文机の灯りを消した。


 翌日は晴れた。
 その翌日にも澄み切った夜空が広がって、総悟はまた俺の部屋から足を遠のかせた。
 総悟の一連の行動に、いい加減痺れを切らしていた俺だったが、そこへまた辻斬りの一報が入る。
 態と一番隊に待機を命じて、総悟が現場に現れないように手筈を整えてみた。
 私情が入っているのは解っているが、どのみち斬り込み専門の一番隊は、辻斬りのような事件が起きてしまった後には向いていない。
 だが。
 「…また、偶々ってか?」
 「そうですねィ」
 総悟は、俺よりも先に、その場にいた。
 「茶化してンじゃねぇよ! テメェは此処んトコ何してンだ!?」
 「アンタには関係ねェ!」
 怒鳴った俺に、総悟が同じように声を荒らげる。
 背を向けるのを阻むために、手首を掴んだ。
 細さにぞっとした。
 よく見れば月明かりに照らされている顔も色が悪い。
 本当に、コイツは、何をしているんだ?
 「そう」
 ご、と名前を呼ぼうとしたその時、ぐらりと目の前の体が傾ぐ。
 「オイ!?」
 意識を失った総悟を慌てて抱き留めた。
 「山崎ィ! 車回せ!」
 「ハイィィィ!」
 血相を変えた山崎が、猛スピードで走っていく。
 程なく滑り込むように俺たちの前に停車したパトカーの後部座席に総悟を連れて乗り込むと、山崎はちらりと総悟見て、すぐにアクセルを踏んだ。
 「あの、副長…」
 「なんだ?」
 恐る恐るといった感じで山崎が俺に声を掛けてきた。
 「いくらなんでも無理させすぎじゃないですか?」
 山崎が何を言っているのか解らない。
 「ここから先の隠密活動は、自分にやらせてください」
 「ちょっと待て! 何の話だ!?」
 「――あ…」
 話してはならなかったと察したのだろう、山崎が、しまった、という顔をする。
 俺はぐったりと此方に身を預けている総悟に視線を遣った。

 サボっているとはいえ隊務をこなし。
 月夜には、恐らく単独行動をしていた。
 月がない夜には、俺に抱かれて。

 倒れるなという方がどうかしている。

 屯所に着くと、山崎は手際良く総悟の布団を敷いた。
 そこへ取り敢えずは隊服のままの総悟を寝かせて室内の灯りを落とす。
 「コイツが動いてンのは、先月の捕り物からずっとか?」
 「多分、そうです」
 「知ってるコトを全部――いや、いい。色々悪かったな」
 薄らと開いた赤い瞳を見て、山崎に下がるよう言った。
 山崎はひとつ礼をして、静かに部屋から出て行く。
 俺はまだぼうっとしている総悟の傍らに白い単を抱えて座った。
 「着替えろ。隊服じゃ寝られねぇだろ」
 「……置いといてくだせェ」
 言って、総悟はまた目を閉じてしまう。
 スカーフだけでも緩めてやろうと、総悟の首元に手を伸ばして、凍りついた。
 窓から差し込む月光。
 寛げたシャツの襟から覗く白い首筋に、つけた覚えのない赤い痣が浮かんでいる。

 だから、月のない夜に部屋を真っ暗にして、俺に抱かれていたのか。

 「――総悟、起きろ」
 自分でも驚く程、低い声だった。
 総悟がふっと目を開く。
 「テメェ…何してやがンだよ」
 「いきなりなん――…ッ!?」
 声が途切れたのは、総悟が自分の隊服の状態に気づいたからだ。
 慌てて起き上がって、襟元を掻き合わせる姿に、無性に腹が立った。
 「言うことはねぇのか?」
 「…こっちの情報が漏れてたの、アンタも解ってンでしょ?」
 捕り物のことか。
 「アレは月明りを鏡に反射させて合図にしてたンでさァ」
 あの時、月を見ていた総悟の姿を思い出した。
 「二番隊にいやす。ソイツと目ぇ付けてた幕臣が繋がってて」
 「どっちから仕入れた?」
 「アンタにゃ関係ない」
 総悟は此方を見ようとはしない。
 「あるだろ。叩っ斬ってやる!」
 「駄目でさ!」
 「何でだ? イイ具合だったってか?」
 シャツの襟を掴む総悟の手に力が入っていく。
 その手を引き剥がして、無理やり総悟を仰向けに倒した。
 「ひじか」
 「ヤらせたのかよ」
 総悟が顔を背けたことで、首の痣がまた目に入ってくる。
 そこへ思い切り噛みついた。
 「い、たッ。やめ…」
 「淫乱」
 途端、腹に衝撃が走る。
 咳をした俺の腹を、総悟がまた蹴り上げた。
 「何とでも呼びなせェ! 近藤さんのためになら、何にだってなってやらァ!」
 「こんなやり方、近藤さんが喜ぶと思ってンのか!?」
 それでも続けて蹴りを入れてこようとする足を膝で押さえ込むと、観念したのかぱたりと抵抗が止んだ。
 しかし。
 「…辻斬りは、ただの仲間割れですぜ」
 まだそんなことを言う。
 「奴ら三日後にまた会う心算でさァ…」
 「総悟」
 先程までの勢いがなくなってきている総悟は、俺が名前を呼ぶと、びくりと震えた。
 「…て、ねェ…から…」
 小さく小さく、おまけのように。
 総悟は「シてねェから」と付け足した。
 「シてねェから、何?」
 情けないとは思ったが、まだ総悟を責めずにいられない。
 「……軽蔑、しねぇでくだ、せぇ…」
 もっと小さな総悟の言葉が聞こえたのは、細くなった体が俺にしがみついた瞬間だった。


 総悟が持ってきた情報にあった『三日後の会合』に向けて捕り物を行う準備が始まった。
 辻斬りが仲間割れだというならば、この捕り物が成功すれば、自然と起きなくなる筈だ。
 「お前は、情報源を絶対に明かすな。入手方法もだ」
 朝の定例会議の前に総悟を呼び止めて、釘という釘を刺しまくった。
 総悟は大人しく頷く。
 俺と喧嘩になった夜、やっとのことで聞き出した総悟の色仕掛の相手は、幕臣の側近だった。
 隊士であれば揉み消すことは簡単だったが、疑いはあるとは言え向こう側の人間相手では難しくなる。
 もっとも、話では総悟から仕掛けたのではなく、ヤツから総悟に色々と要求があったというから、コトが明るみに出ることはないだろう。
 夜を待って特定した料亭の周囲をぐるりと囲む。
 内通者がいるとされる二番隊も敢えて連れてきた。
 ソイツについては永倉が苦しげな表情を浮かべながらも「斬る」と俺に言っている。

 月が、見え隠れする、複雑な天候だった。
 鏡の合図は使えているのか、使えていないのか。

 「御用改めである!」
 俺の声と同時に、特攻をかける一番隊の、その先頭には総悟がいる。
 この三日、半ば軟禁状態で休ませたが、体調が戻っているのかは微妙な所だ。
 すぐに聞こえてきた怒号や悲鳴で、中に目的の集団がいることが解った。
 「一人残らず捕縛しろ!」
 言葉を強く放って料亭の中へと飛び込む。
 そんな俺と擦れ違うように逃げていく人影がひとつあったが、総悟がすぐに追って行ったので大丈夫だろう。
 思いながら、迫ってきた刀をまだ鞘から抜かぬままの愛刀で受け止めた。

 「コイツで最後か?」
 連行されていく男を見送り、傍にいた隊士に確認を取っている所へ一番隊の隊士が二人やってきた。
 「沖田隊長をご存知ないですか!?」
 「知らねぇ…って、いないのか?」
 「局長と副長の安全を確保しておけとだけ連絡があって、姿が見えないんです」
 ざわり、と嫌な感覚が背を駆け上る。
 「近藤さんは!?」
 「沖田隊長の指示通りに安全を確保してます!」
 「総悟が追ってったヤツはどうした!?」
 そこへ山崎が走り寄ってきて俺を見上げた。
 「副長! ホシがまだ一人捕まってませ――…」
 最後まで待たずに体が動く。
 走り出した俺を引き留める隊士たちの声が聞こえたが構ってはいられない。
 先程総悟と擦れ違った場所まで戻って、そこからの動きを予測する。
 この場所から逃走しようとした犯人なら、間違いなく外へ出るという位置にも拘わらず、二人の姿がない以上建物内に留まっている可能性が高い。
 通ったと思われる場所を辿っていくと、とりわけ薄暗い空間が広がる扉に行き着いた。
 一階である此処から下へと続く階段が伸びている。
 「地下…?」
 地下と言っても半分は地上に出ているという造りだ。
 下りて行った先でも斜め上にある窓からずっと月の光が入ってきている。
 奥にはひとつの扉があった。
 息を潜め、刀に手を遣りつつ窺うと、中から人の気配が伝わってくる。
 思い切って扉を開いた俺の目に飛び込んできたのは、隊服のシャツとベストだけをひっかけて刀を握っているという、ほぼ全裸の総悟の姿だった。
 その傍には男が一人倒れていて、割れた鏡も散乱している。
 珍しくぜえぜえと息を切らしている総悟が、此方に気づいて猛然と突っ込んできた。
 反射的に抜いてしまった刀で総悟の刀を受ける。
 「ちょ…っと待て! 総悟、俺だ!」
 「……」
 「俺だっつってンだろが!」
 無言で打ち込んでくる体を包むのは明らかな殺気で、我を失っているのか俺の言葉をまったく聞いていないと、思った。
 「解ってるから、死んでくだせェよ…!」
 迫り合いになった刀越しに、再び総悟の姿を見ると、首にも胸にも痣ができている。
 独特の、痣。
 『局長と副長の安全を』
 隊士の言葉が蘇る。
 「俺の安全確保しといて、手前で殺るたぁイイ根性してるじゃねぇか!」
 僅かに力が抜けた総悟の隙を衝いて刀を弾き飛ばした。
 床を滑っていくソレを追おうとした総悟の腕を捕まえる。
 「総悟」
 「だって、狙撃するって」
 「総悟」
 引き換えに要求されたことと自分が取った行動が、総悟のこの取り乱しように繋がっているのだろう。
 俺は床に沈む男と割れた鏡にちらりと視線を送った。
 ――幕臣の側近。
 本来なら斬らずに捕縛しなくてはならない人物だ。
 それを総悟が違える訳がない。
 「服着ろ。帰って飯にすんぞ」
 俯いた頭が左右に振られて、亜麻色の髪がぱさぱさと揺れる。
 「…帰れやせん」
 「なんでだ?」
 問うと、総悟は更に下を向いてしまった。
 「鏡割って狙撃を阻止したのに、その後で俺は斬ったんでさぁ」
 戯れに抱き合ってきたのではない。
 一目見て無事だと解っていた。
 俺に斬り掛かったのは、それでも今の姿を見られたくなかったから。
 この男を斬ったのは、最後の最後でこれまでのことを、許せなかったから。
 ただ、当たり前の感情を、持っただけ。
 一体誰が責められるだろう。
 「それじゃ、お前が自分の矜持を護ったことを、喜ぶ俺も帰れねぇな」
 漸く俺を見た総悟を思い切り抱き締める。
 「お前の無事を泣いて喜ぶ近藤さんも他の奴らも――…あァ? 全員宿ナシか?」
 「土方さん…」
 「そういうことだ。帰るぞ」
 総悟は、かなりの間を置いてから、こくりと頷いた。
 泣き出しそうな、顔をしながら。


 一足先に総悟を屯所に連れ帰ったのは風呂に入れるためだった。
 俺でさえ此処まで派手に痕を残したことはない。
 今夜はもう眠るように言って、早々に部屋に押し込んだ。
 俺も自室へ戻ったが、部屋を明るくするのも億劫で、取り敢えず煙草に火を点け、煙と息を混ぜて深呼吸をした。
 月明りが部屋に差し込むので、それを頼りに着替えを済ませ、布団を敷いて横になる。
 総悟は眠れただろうか。
 ぼんやりと考えた次の瞬間、部屋の外で小さく床が軋む音がした。
 やはり、眠れなかったか。
 「入れよ、寒ぃだろ?」
 寝転んだ体勢のまま、其方へと言葉を放る。
 ややして静かに引かれた襖から顔を覗かせた総悟は、少しだけ躊躇った後、部屋へと入ってきた。
 そのまま俺の枕元に正座すると、俺の煙草を取り上げて灰皿へと押し付ける。
 「気が済まないんでさァ」
 総悟がぽつりと言った。
 何のことだと見上げると、静かな赤い瞳と視線がぶつかる。
 「アンタが俺の矜持、手折ってくだせェ」
 「俺が何したってお前の矜持は折れねぇだろ」
 総悟の考えに予想はついているが、どうやればイイんだ、と敢えて加えた。
 「そ、れは…」
 口籠る総悟を横に置いたまま体を起こすと、驚いたのか、その単の袂が揺れたのが見える。
 「なんで素直に『嫌だったからちゃんと抱け』って言えねぇの?」
 白い肌が一気に赤く染まって、顔がぷいと横を向く。
 そんな総悟を自分の下へ引き摺り込んだ。
 「あ…アンタ、勘違いしねぇでくだせェよ!」
 「そうでもねぇだろ。俺、怒ってンだし」
 縫い止めた体がびくっと震える。
 「どうされた?」
 「…へ?」
 「何処をどうされたかって」
 丸みのある頬を、つっと指でなぞると、総悟は嫌がるように身動ぎをした。
 「キスは?」
 「この…っ。エロ親父!」
 「されたか?」
 「知りやせ――…う、んん!」
 部屋に来るという可愛さはあるのに、可愛げのない言葉を紡ぐ唇を塞ぐ。
 知らない、で誤魔化した心算でいることが可笑しかった。
 舌を差し入れて丹念に口の中を舐め取っていくと、息継ぎがしたいと総悟がもがき始める。
 望み通りに唇を解放した俺が、単の合わせ目に忍ばせた手で肌を辿る度、総悟から吐息が漏れた。
 「ココは?」
 胸元を探っていた手を止める。
 「さ、触られ…」
 「れた? れてねぇ?」
 「…た」
 会話が無茶苦茶だが、意思の疎通にはなっている。
 頂きに触れると、背中が僅かに反って、単の衿から赤い痣が見え隠れした。
 そのひとつひとつを吸いながら、これでもかと胸を弄っていると、総悟が膝を擦り合わせて足の間を隠そうとする。
 「ひ、土方さん…っ」
 「何」
 下への刺激が欲しいのだろうが、まだ口吻ける場所が残っているのだから、我慢してもらおう。
 ちゅ、と新しい華も咲かせていると、総悟がまた俺を呼んだ。
 「もう…そこ、ヤでさ…!」
 「ヤ、じゃねぇよ。されたコト言えっての」
 「……っ」
 総悟が息を飲むのが解った。
 とても自分からは言えないようなコトをされたのだとも解った。
 「イかされたのか?」
 ストレートに訊く俺を、総悟が目をまん丸くして見つめてくる。
 「手で? 口で?」
 膝を開かせて勃ち上がりかけているソコを覗き込んだのに合わせて、太腿が一度ふるりと震えた。
 ふうっと息を吹きかけた瞬間、総悟が目を伏せて口走る。
 「あ、あっ。――…て、手で」
 「クソ」
 「うあ! ん…あっ」
 いきなりでは可哀想だと思ったが、他の男に手を出された事実に耐えきれなくなり、俺は総悟の中心を大きく扱いた。
 「土方さ…っ! あ、う!」
 されたコトよりも上回るコトをしてやろうという欲が首を擡げる。
 硬くなった中心を口に含み、音を立てて吸い上げた。
 「ヤだ…! そん…な、のっ」
 そんなコトはされていないと首を横に振り続ける姿に構わず、口淫を続けて総悟を追い詰める。
 髪を引っ張られたが、殆ど力は入っていなかった。
 「んあ、あっ。離し――ひ、あああっ!」
 逃げようとした腰を抱えて強く吸うと、口の中に独特の苦みが広がる。
 嚥下しても良かったが、総悟に見えるように掌へ出して、後ろへ塗り込んだ。
 総悟の体がびくりと跳ねる。
 「こっから先は?」
 態と、訊いた。
 荒い息を繰り返しながら、赤い瞳が俺を見つめる。
 「解ってるクセに…酷ェ」
 不満の声を聞きながら、後ろへゆっくりと指を沈めた。
 「ん、ん…っ。ああっ」
 総悟に当たる月の光が眩しいように思える。
 そう言えば、こうして顔を見ながら抱くのは久しぶりだ。
 「顔、見せてくだせぇ…!」
 思ったと同時に総悟が俺の頬へと両手を伸ばしてきた。
 顔に手が触れて、確かめるように撫でられて、そっと包まれて。
 堪らない。
 解していた指を引き抜き、細い腰を持ち上げた。
 「こっから先は?」
 「アンタ、だけ」
 矜持を手折ってほしいと、総悟は言っていた。
 だから、俺にすべて言わされて、暴き立てられ辱められ、これで矜持に傷がついたことにできるだろう。
 「うあ、あ! あああ――っ」
 一気にすべて挿れた所為で零れ落ちた悲鳴と涙。
 「やっと、泣いたか」
 「ひじ、かたさん。ひじかた、さん…!」
 見たことがないくらい、わあわあと泣く総悟を、強く、抱き締めた。
 コイツは、なんだかんだ言っても、まだ十八なのだ。
 まして侍なのだから、体を差し出すくらいなら、腹を切った方がマシだろう。
 総悟の呼吸のタイミングを見計らって、少し動いてみる。
 「はぁ、んあっ」
 くん、と仰け反る体を、そのままゆっくり侵食していくと、総悟が焦れて腰を揺らした。
 どうして欲しいのかと訊いてみたい気もしたが、いくらなんでも虐め過ぎだと、貫いた体を抱え直す。
 その時。
 「アンタ、だけ…っ。アンタだけ!」
 ぐすっと鼻を啜りながら総悟が騒ぎ立てた。
 「アンタだけ、でさぁ!」
 「解ったから」
 喚く総悟に口吻けて、言葉を封じる。
 その後は、もう、滅茶苦茶に揺さぶった。
 「ひ、ああっ! うあっ」
 高い声で啼く喉元の赤い痣がまだ気に入らなくて、突き挿れながら、ガリ、と歯を立てる。
 首へと回されてくる両手にぐっと力が入って、中の締めつけが強くなった。
 血が滲んだソコを見た俺が口角を上げると、総悟も僅かに微笑んだ。
 あまりに綺麗に笑うものだから。
 「あ! うああっ」
 弱い所だけに狙いを定めて、追い上げる。
 「ひじかたさ…ひじかたさん!」
 腕の中の体ががくがくと震え始めて、限界なのだと俺に知らせた。
 「イく?」
 「あ、んあ…っ」
 答えらしい答えは、最早返ってくることはない。
 張り詰めている総悟の中心に手を伸ばして、解放を促すために動かす。
 「ひう! あ、うあああ!」
 大きく体を震わせて達した総悟に一拍遅れて、その体の中に吐き出した。

 心地良い重さを持った体を離すことなく絡めていると、安心したのか、総悟がうとうとし始めた。
 「寝ていいとは言ってねぇ」
 「まだ、怒ってるんですかィ…?」
 ぱちぱちと瞬きを繰り返しながら、懸命に意識を持ち上げようとしている。
 「怒ってはねぇけど、いや、まあなんだ」
 「なんです…?」
 言いたいことは、実は山のようにあったのだ。
 もう、勝手をするな、とか。
 もう、無茶をするな、とか。
 俺に、秘密を持つな、とか。
 だが。
 きっと、今必要なのは、そんなことではなくて。
 「頑張ったよな、お前」
 きょとんと開いた赤い瞳が俺をじっと見つめた。
 「…そうでしょう?」
 ついさっきまで泣いていたというのに、コイツは。
 溜め息を吐いた俺とは反対に、総悟は微かに笑みを浮かべる。

 月に照らされて、とても、綺麗だった。

                               2013.9.7
                          Web掲載につき一部加筆修正

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