南瓜祭

 真選組屯所内が騒がしいのはいつものことだ。
 だが今日はとりわけ騒がしい。
 天人がもたらした「ハロウィン」という行事に乗じた俺が、屯所中を駆け巡っているからかもしれない。
 いや、そうだろう。

 両手にある抱えきれない程の菓子に俺の頬は緩みっぱなしだ。
 俺の訪問は毎年のことなので、皆何かしらの菓子を用意してくれている。
 午前中は勿論のこと、午後にも十数名の隊士と各隊の隊長の部屋を巡った俺は、菓子を強奪しまくって、はっきり言ってご機嫌だ。

 夕食前には訪問先として残る部屋が、あと二つとなっていた。

 「近藤さーん、いやすかィ?」
 ぼすぼす、と襖をノックすると、中から返事があったので襖を開けて滑り込む。
 「総悟は今年もやってるのかー」
 にこにこと笑う近藤さんだったが、俺の姿を見た途端に吹き出した。
 俺は現在、頭にシルクハットを乗っけていて、隊服の肩にマントをかけ、スカーフの代わりに蝶ネクタイを結んで、ついでに口には牙をつけた簡易吸血鬼となっている。
 いくらなんでも勤務中に隊服を脱ぐのは躊躇われたので、中途半端だが仕方ない。
 そして…間違っても猫耳なんざはつけたくはなかった。
 そんなモンをつけた日にゃ、残りの一部屋から、俺は出てこられなくなるだろう。
 「Trick or Treat? でさァ!」
 「Treat~~~~!」
 近藤さんが小さな包みを俺に渡してくれる。
 「これってCMでやってる結構値が張る饅頭じゃねぇですかィ」
 「一年に一度のハロウィンだからな。買ってみたんだ」
 そう言いながら近藤さんは、俺が目一杯抱えていた菓子を側にあった紙袋に入れてくれた。
 近藤さんの人柄は、こんな時にも表れる。
 俺は礼を言って饅頭と紙袋を受け取った。
 「もう全部回ったのか?」
 「ラストに土方さんの部屋が残ってまさァ」
 にっこりと笑った俺に、近藤さんが青ざめる。
 「…トシは勘弁してやってくれないか?」
 「ヤでさァ」
 笑顔の俺の後方を見て、近藤さんがさらに青くなった。
 「総悟ォォォ! まじで勘弁してくんないィィィ!?」
 「まじでヤでさァ」
 殆ど涙目の近藤さんの顔が青いまま引きつる。
 俺の後ろには、愛用のバズーカが立てかけてあった。

 足音を消すこともせずに、俺は土方さんの部屋へ向かった。
 勿論、バズーカを片手にだ。
 すぱんと襖を開いた瞬間に、書類を捌く土方さんが顔も上げずに怒りの声を放つ。
 「入る時くれぇノックできねーのかっていつも言ってンだろうが!」
 「土方さん、Trick or Treat? でさァ!」
 まったく会話になっていない状態に土方さんは諦めたように溜息を吐いた。
 そして、俺を見て小さく舌打ちをする。
 「…アンタ、俺が猫耳とかつけてると思いやしたか?」
 「テメェは俺をそこまでの存在にしてぇのかよ!?」
 「もうなってるンじゃないですかィ?」
 土方さんは、単に呆れているのか本当に残念だったのか良く解らないが、がくりと肩を落とす。
 俺はそんな土方さんのすぐ横まで移動して正座した。
 「とにかく、Trick or Treat? ですぜィ?」
 しかし、にやりと笑ってバズーカを撫でる俺に、顔を上げた土方さんは焦る様子を見せてはくれない。
 それどころか文机の引き出しを開けてごそごそと中を探っている。
 「ほらよ」
 「?」
 茶色い紙包みが俺に向かって放られた。
 「え…?」
 俺の頭の中は、計画が崩れたことで真っ白になった。
 まさか土方さんが菓子を用意しているとは思ってもいなかったのだ。
 ぼけっとしている俺を他所に、土方さんは煙草を吸い出した。
 「去年みたいに屯所内でバズーカ撃たすワケにいかねぇだろうが」
 紫煙が天井へと昇っていく。
 「一昨年みたいに刀振り回されて…今度こそ怪我人出たらどうすンだよ」
 そこで土方さんが再び俺を見た。
 「…つまり、俺のためじゃ、ない訳ですねィ?」
 絡まる視線から俺は横を向くことで逃れる。
 「むくれてンじゃねぇ。やっぱガキだなお前」
 土方さんの指が俺の頬を突付いた。
 「突付くの止めてくだせェ。ガキでもねぇでさァ」
 その指が俺を無視して頭の上のシルクハットまで伸びてくるのと同時に、土方さんがもう片方の手にあった煙草を揉み消す。
 さっと取られたシルクハットを俺は目だけで追いかけてぎょっとなった。
 ぽす。
 「総悟、Trick or Treat?」
 ニヤリ、と笑う土方さんの頭には、シルクハット。
 「!?」
 俺は思わず固まった。
 土方さんがこんなことをするなんて予想外というよりも、予想外の範囲すら遥かに超えている。
 だって、あの土方さん、なのだ。
 「どうしたよ?」
 「…………ッ!」
 当然だが俺は菓子など持っていない。
 「菓子なら、あそこの袋に詰まってまさァ!」
 俺は必死で逃げ道を探した。
 「ありゃ、お前の戦利品だろ」
 思った通りの言葉と共に土方さんの笑みがどんどん意地悪くなっていく。
 取り敢えず此処は後方へ…と思った瞬間に、手首をぐっと掴まれる。
 「貰えねぇンなら、悪戯、だったよな」
 心底楽しそうな土方さんは、そのまま力任せに俺を押し倒してきた。
 「ちょ、何す…でさ……っん!」
 「牙、邪魔」
 土方さんは俺の口の中へ差し込んできた舌で、吸血鬼の牙を器用に取ってしまう。
 「んぅ…ん…」
 何とかならないものかと俺は手足を動かそうとするが、土方さんは見事なまでに俺を押さえ込んでいた。
 「…ん、ん…ぅん…っ。んう――ッ!?」
 そのまま俺のマントを剥いで、隊服の上着を寛げようとする土方さんに、俺は出せるだけの声で待ったをかける。
 唇が離れた隙を狙って俺はここぞとばかりに一気に捲くし立ててやった。
 「解りやした! 何が食べたいンですかィ!? 夜に持って来てやりまさァ!」
 途端、俺の隊服にかかっていた土方さんの手が止まる。
 「まあ、確かに…今は勤務中だしな」
 土方さんが、嫌な、笑みを浮かべた。
 俺はそこで漸く我に返って、言質を取られたことに気づいた。
 「じゃ遠慮なく。お前、で」
 やはり予想を裏切らない土方さんの言葉に、俺はこの一連の遣り取りを振り返り、恥ずかしすぎてくらくらした。

 夕食のデザートとして添えられたかぼちゃプリンを見つめながら軽く溜息を吐く。
 これを食べ終わったら、夜になる。
 食堂ということもあって、俺はくらくらした頭を抱えながらも極力平静を装った。
 「よく考えたら、その…それって菓子じゃねぇですよねィ?」
 顔が赤くなるというのは堪えられるものなのだろうかと考えながら、土方さんを見遣る。
 向かいに座る土方さんは、早々に食事を終えて、煙草を吸っていた。
 …何もイヤな訳ではないのだが、俺としては見事に墓穴を掘ったこともあり、ちょっと抵抗してみたい。
 「それ以前に、アンタ、甘味嫌いじゃねぇですかィ」
 土方さんの前には、当然というようにかぼちゃプリンが残された状態だ。

 「ひとつだけ、好みの甘味があんだよ」

 知ってンだろ、と続く土方さんの潜められた低い声での答えに、俺は耐え切れなくなって、顔を通り越して体ごと火を噴いた。

                               2011.10.19

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