純愛祭

 「ザキ」
 「山崎」
 温んできた風が通り抜ける広間を覗いた俺の声に、土方さんの声がハモる。
 山崎は俺たちに丁度背中を向ける状態で座ってお茶を飲んで寛いでいたのだが、呼ばれた瞬間に飛び上がった。
 「……イヤですよ…」
 振り向きざまに山崎が俺たちを交互に見る。
 「まだ何も言ってねぇだろィ」
 「…イヤです」
 「話くれぇ聞けや」
 「…イヤです」
 山崎は茶器を丁寧にお盆に乗せて俺たちの間をすり抜けていこうとした。
 その腕を俺がぐっと引き寄せると、何故か土方さんも山崎のもう片方の腕を押さえている。
 「総悟。お前、手ぇ引け。こっちは急ぎなんだ」
 「アンタこそザキ離しなせェ。俺は今すぐ入用なんでィ」
 土方さんと俺が言い合いを始めると、山崎がキレた。
 「今日まで面倒見切れませんよ! 丁度二人揃ってるんだからご自分たちでどうぞ!」
 山崎の言葉に土方さんが横を向いたのがちらりと目に入る。
 だが俺もそれ以上は土方さんを見ていることはできなくて目を逸らした。
 そんな俺たちを残して、山崎は広間を出て行ってしまう。
 「……オイ」
 ふいに土方さんに声を掛けられ、思わずそちらを向いてしまった俺は馬鹿だ。
 見事に視線が絡まってしまった。
 「な、なんですかィ?」
 「穏便に話し合いの方がイイだろ」
 「……は?」
 まさかこの人は今ここで欲しいものを言えとか言い出すんじゃ…。
 「お前は何が欲しいンだ?」
 バレンタインデーの、あの深夜の厨房での出来事が俺の頭を駆け巡った。
 「バカひじ、かた…そんなの――…」
 何をどうして良いか解らなくなった俺は、土方さんをそのままにして自分の部屋へダッシュした。

 部屋の襖を後ろ手で閉じて、その場に座り込む。
 「どうしろってンだよ土方のヤロー」
 土方さんが欲しいものが解らない。
 バレンタインデーに鬼の副長にチョコレートを作らせたということには満足したものの、貰ったチョコレートがアレなのだ。
 ホワイトデーに礼をしようとリサーチしても、今日までにこれといった情報が得られなかったので、山崎にそれとなく探らせようと広間に行ってみれば。
 「なんで本人がいやがる!」
 むしゃくしゃしてきた俺は、深呼吸で落ち着こうと隊服のスカーフに手をかけた。
 「しかも『何が欲しいンだ?』じゃねぇよ…アレ以上の何があるってンでィ」
 土方さんのようにストレートに訊けば良かったのだろうが、先に俺が訊かれてしまってはどうしようもない。
 軽くスカーフを引く。
 それと同時に、俺の頭にひとつの案が浮かんだ。
 欲しいものを探すからいけないのだ。
 正面から行って駄目なら、裏を行けば良いだけのこと。
 そして。
 俺は、土方さんがいらないと言うものなら、解っている。
 …その理由まで。

 夜になってから土方さんの部屋へ向かった俺は、土方さんの正面に座ると開口一番その質問をぶつけた。
 「アンタ、何が、いらねぇの?」
 珍しくきょとんとなった土方さんが可笑しい。
 「そこは『何が欲しいの?』じゃねぇのか?」
 当然のことを問い返してきた土方さんに、俺はもう一度同じコトを訪ねた。
 「アンタが一番いらねぇモノが知りたいんでさァ」
 頼む。
 いらねぇって。
 俺が思ってるものをいらねぇって言って。
 そうしたらそれを今すぐ渡せるから。
 じっと土方さんを見つめていると、土方さんは少し困った顔をした後、真剣な表情を浮かべて、言った。
   「『沖田総悟』だ。俺はお前がいらねぇ」
 俺は息をするのを忘れたように、凍ってしまった。
 解っていて願っていた言葉だった。
 だが実際に土方さんの声で言われてしまうと、その衝撃は予想よりも遥かに大きかった。
 「お前、息止まってるぞ」
 言われて本当に息を止めてしまっていたことに気づいたが、呼吸が上手くできない。
 「あー。ったく、お前が変なコト訊くからだろうが」
 抱き寄せられても息ができない。
 「お前がいらねぇってのは、総悟、お前は俺が守らなくてもいいからだ」
 それも解っていた言葉で、願っていた言葉だった。
 なのに息ができない。
 俺の顔に土方さんの手が伸ばされる。
 土方さんに上を向かされた俺は、溺れた者のように人工呼吸を受けて、やっと息の仕方を思い出した。
 「で? 貰えンのか?」
 「何を、でさ…?」
 浅く息を繰り返す俺を土方さんが抱きしめてくる。
 「『沖田総悟』。お前、俺がいらねぇっつったモン寄越すつもりだったろう?」
 俺は土方さんの肩に頬をくっつけた。
 「アンタが何をくれるかに懸かってまさァ」
 「お前、バレンタインに俺がやったモン、忘れてンのか!?」
 「覚えてますぜ?」
 ――だからこそ。
 土方さんのお陰ですっかり呼吸を取り戻した俺は、その背中に両腕を回す。
 「でも土方さんは『何が欲しいンだ?』って、さっき訊きやしたよね?」
 「そりゃ訊いたがよ…ならお前、何が欲しいンだ?」
 大好きな肩から顔を離して、俺は土方さんを真っ直ぐ見つめる。
 「なにもいらねぇ」
 土方さんが切れ長の目を見開いた。
 「もう、なにもいらねぇ」
 黙った土方さんは、俺を抱いたまま固まってしまっている。
 「特別には何もくれなくていい」
 「…………」
 「いつものアンタが、いいんでさ」
 固まっている土方さんの顔に指を滑らせて唇に触れると、漸く反応が返ってきた。
 「……総悟?」
 「アンタ、鈍いですねェ…」
 「……ハァ?」
 俺は大きく息を吐き、思い切り息を吸って、一気に捲くし立てた。
 「いつものアンタをくれたらイコール俺がアンタのモノになるでしょうが!」
 その瞬間、今の今まで不思議そうにしていた筈の土方さんが、ニヤリと笑みを湛えた。
 「もう一回だ」
 指先に触れている土方さんの唇が、信じ難い言葉を紡ぐ。
 「もう一回、言ってみろよ」
 「な…っ。あ。…アンタ、いつから!?」
 「何が? なあ総悟、もう一回言ってみせろよ」
 反射的に身を捩ろうとしたが、遅かった。
 こういう時の土方さんの素早さには勝った例がない。
 声を上げる間もなく、俺は畳に縫いとめられてしまった。
 「総悟」
 「も、もう言わねぇ! 言わなくてもアンタちゃんと出来てまさァ!」
 半ば自棄になった俺は頭だけを起こして、土方さんに勢い良く口吻ける。
 「………ぅ?」
 いつもの煙草の苦さが、ない。
 さっきの人工呼吸では気づかなかった。
 広がる甘さに思わず目を開くと、離れていった唇がすぐに答えをくれる。
 「飴玉、食っといたンだよ」
 「…何味ですかィ?」
 俺の質問に、土方さんがふっと笑った。
 「当ててみろ」

 あとはまた口吻けられて、抱きしめられて、融け合うだけ。
 俺というかたちごと土方さんが貪って。
 上がる一方の息と熱。
 それが、土方さんのなのか、俺のなのかなんて、もう。

                               2012.3.14

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