一人静

 清鑑、という言葉がとてもよく似合う夜。
 俺は主不在と解っている副長室の襖を細く引いた。
 今夜は土方さんはいない。
 上層部との付き合いだ、とか何とか言って、花街に出掛けて行った。
 昼間聞かされたその話にはさして興味も沸かない。
 今更、土方さんが女に手を出すとは思えないし、出したら出したで切り刻めばいいことだ。
 ただ。
 話を聞かされたシチュエーションが悪かった。



 まだ明るかったその部屋に呼び出された俺は、先月撃ったバズーカの弾を数えていた。
 それくらいしか用事がないと思ったのだ。
 だが、部屋に入って襖を閉めた途端に、胡坐をかいた土方さんがぽんぽん、と膝を叩いて乗るようにと促してきた。
 「総悟、ホラ」
 「…暑ィからヤでさァ」
 「いいから来いって」
 強引な物言いに、バズーカの弾の数を考えて、大人しく傍まで歩いて行くと、ぐるりと体を返されて後ろから抱き締められた。
 「どうしたンですかィ? 盛りやした?」
 「バーカ、盛らすンだよ」
 言うが早いか土方さんの手が無遠慮に俺の隊服のシャツを引っ張り出して肌を這い出した。
 「ちょっと! アンタ、今、昼間!」
 「俺、今夜いねぇから」
 「……は?」
 それと今ヤるのと何の関係があるのだろう。
 思っていると、不埒な手が器用にベルトを外して下着の中まで入り込み、息が詰まった。
 「あ…っ。ヤ!」
 「ヤ、じゃねぇの」
 背後から回った両手が、胸と前を同時に弄るので、暑い中、すっかり体も熱くなってしまう。
 「ひ、ひじかたさん…!」
 やわやわと前を触る土方さんは、何故かソコに決定打をくれないままで、思わず振り返るとイヤな笑みを湛えていた。
 「あ、あ! う、も…ヤ」
 「イくなよ?」
 「なんで…?」
 意地悪をする手は急に止まって、握り込んだままになった。
 「俺、今夜接待だから」
 「花街、行くンですかィ?」
 答えの代わりに、相変わらず達せない刺激を受けた。



 俺はその暗い部屋に入るかどうか、少しだけ躊躇った。
 薄くなっている煙草の匂いは、襖を開けていることで更に薄くなりそうだ。
 そう思ったら、自然と足は敷居を跨いでしまって、ついでとばかりに後ろ手に襖を閉じた。
 こんな所へ来る予定ではなかったのだ。
 夕食も風呂も済ませて、土方さんの不在をいいことに晩酌もした。
 なのに、眠れない。
 何が原因なのかと考えたくもないことを布団の中でどうしても考えてしまい、行き着きたくない答えに行き着いてしまった。
 小さく溜め息を吐くと、それが持つ温度が答えを示していて嫌になる。
 昼間火を点けられて治まらなくなっただけのこと。
 しかし、俺にとっては大問題だ。
 何せ俺はほとんどそういったことを…自分で抜くということをしない。
 する前に土方さんが盛るし、何も知らなかった頃に土方さんと関係を持ったのも手伝って、何かもやもやして自分ではしない。
 「どうしてくれンだよ土方クソヤロー…」
 単の上から心臓の辺りに触れると、どくどくと脈打っているのが生々しい。
 「……」
 その手を少しずらしてみようと思った。
 いや、実験的に。
 あくまで実験で。
 「…んっ」
 信じられない気持で自分の口を押さえる。
 俺は、ここから先がもう止まらないという実験結果を得てしまった。

 部屋の中に正座を崩した状態で座った俺は、そろりと単の裾を捲って手を差し入れた。
 それだけで太腿がふるりと震える。
 「んあ…」
 足の付け根まで辿って、既に先走りで濡れているモノにそっと触れると、自然体が折れそうになった。
 右手で軽く先端を擦りながら、女でもないのに左手で胸を触る。
 「ふ、うあ」
 くちゅ、と右手が音を立てる度に、居た堪れない気持ちがしたのは最初の内だけで、俺はソレを大きく扱いた。
 ――土方さんが、するみたいに。
 「あ、ああっ」
 大きな掌に包まれる感触を思い出すが、俺の手では少し足りなくて、仕方なく両手を使うことになってしまう。
 ぐっぐっと強弱をつけながら上下させていると、上がってくる息の中で、後ろがひくりと動くのが解った。
 「んー…う、んう…」
 濡れた指を後ろへ一本だけ挿れて、そっと動かしてみる。
 総毛立つ感覚に捕らわれ、一瞬体が強張ったが、すぐにもっともっとと自分に強請ることになった。
 前だけならともかく、後ろまでを同時に弄っていて、こんな格好、誰かが見たら卒倒するんじゃないだろうか。
 そんなことを思う余裕があるのは、土方さんがいつも俺を滅茶苦茶にする場所が、よく解らないからだ。
 だけど。
 『        』
 「うあ、あ!」
 『        』
 土方さんに言われる言葉を追いかけるだけで、俺の体はどんどん追い詰められていく。
 「ひじかたさん、ひじ、かたさ、ん」
 自分の体の状態を把握できなくなって、ただ土方さんの名前を呼んだ。
 『   』
 「ん、んん…っ」
 『そうご』
 「ひじか…さっ。あ、あああっ」
 俺を呼ぶ声が、脳内で忠実に再生された瞬間、思い切り吐き出した。

 はあはあと、必死になって酸素を取り込む作業をしながら、俺は両の掌と太腿に目を遣ってしまったと気づく。
 慣れないことをしてしまった上、途中から訳が解らなくなっていたので、汚してしまうということまでを考えていなかった。
 「どーすんだコレ…」
 それもこれも。
 「クソ土方のヤロー!」
 そうだ。
 ヤツの所為でこんなコトになっている。
 イヤイヤイヤ。
 今はそれどころじゃなくて。
 「どーすんだコレ…」

 「どーすんだよソレ」

 「取り敢えず、拭く感じでさァ」

 「ベトベトだしな」

 「………」
 冷たい汗が、背中を、つうっと流れた。
 今のは何だ?
 襖を背にしている俺は、振り向くことができない。
 「総悟」
 「ひ」
 達した時に思い出したものと同じ、いやそれよりも艶を含んだ土方さんの声に、顔が引き攣った。
 「いーモン見せてもらったわ…ってか、お前スゲぇ。エロい」
 背後からゆっくりと抱き込まれ、耳朶を軽く噛まれながら、そう流し込まれる。
 体が大きく震えた。
 「…アンタ…いつ、から…」
 何とか言葉を絞り出した俺の肩へ土方さんがぐりぐりと額を擦りつけてくる。
 「あ?」
 「だから! いつから!?」
 きっと今、俺の顔は発火寸前だろう。
 しかし幸いなことに土方さんは俺の肩に顔を埋めたままだ。
 「いつって…最初から最後まで見てたぜ?」
 完全に固まった俺の手を土方さんがそっと持ち上げて舐める。
 ぴちゃりと舐め取られる白い飛沫に、羞恥すべきなのだろうが、もうそんなことはどうでもいい。
 最初から?
 最後まで?
 見てた…?
 「だって、接待って…」
 「ああ、ありゃ嘘だ」
 「そんな、嘘って…」
 「可愛いな、俺の名前呼びながら、なんてよ」
 言葉が、出なくなった。
 あんな所を見られていたなんて。
 しかも土方さんは、こうなるようにご丁寧に昼間から仕掛けていた。
 「お前、先月7回バズーカ持ち出してンだよ」
 言われている意味が解らずに瞬きを繰り返す。
 「だから、今の入れて、あと6回ヤれ」
 その言葉を聞いた瞬間。
 不本意だったのだが。
 限界で。
 「う…ぇっ。え…っく」
 嗚咽を堪え切れなくなった。
 「ちょ、そ、総悟!?」
 「ひじか…死ね。クソ…う…っえっ」
 「悪かったって! オイ泣くのやめろ!」
 慌てる土方さんが言えば言うほど、俺はどうしていいのか解らなくなって、泣き声までデカくなったらしい。
 俺の体を抱えるようにして反転させ、向かい合う形になった土方さんが、ちゅ、ちゅっと顔中にキスをくれる。
 「ん、ん、ん…っ」
 ゆっくりと土方さんの首に腕を回して掴まると、移動した唇に首筋を舐められた。
 「自分でしろとは、もう言わねぇからよ…」
 囁くように言う土方さんをじっと見つめる。
 きっと、俺の真下にある、この硬いのをどうにかしたいと言うのだろう。
 「知りやせん。自分でしたらイイじゃねェですかィ」
 「お前のナカの方がイイ」
 身勝手をきっぱり言い渡した土方さんは、解れてンだろうし、と、いきなり後ろへ指を這わせながら、俺をどさりと押し倒した。
 「今日の日付、言ってみ?」
 優しい声音に促される。
 「…7月2日…」
 ちょっと待て。
 「アンタ…そんなベタな語呂合わせで――…」
 言いかけた俺の唇はすぐに塞がれて、あとはいつも通り、乱され穿たれ愛されて。
 きっと凄まじい光景を、この人に見られてしまったんだろうけど。
 天地が解らなくなるほどに揺さぶられて、羞恥など、何処かへ吹っ飛んだ。

 小さな低い呻き声。
 その背中に立てた爪。
 仰け反る俺の背中。
 抱き留めてくれる腕。


 やはり一緒に逝くのがイイ。

                               2013.7.2

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