秘修羅

 まだどこか幼さを残した亜麻色の髪の少年に、人を斬らせる人生を選ばせた自分たちは修羅だろう。
 近藤さんには口が裂けても言えないが、俺は常に総悟に対してそう思ってきた。
 それには、あのことも、関係している。

 斬り込み隊長として前線に立つ総悟は、誰よりも多く人を斬ると言っても過言ではない。
 その日の捕り物の最中、総悟が一瞬だけ俺を見た。
 (ああ、コイツ、また斬り過ぎたな)
 俺は目の前のヤツを斬り捨てながら、そう思った。
 だが、俺も充分に斬りまくっていたので、総悟の視線を責めることはできない。

 捕り物が終わった後、俺はその場での一通りの報告などの雑務を終えると、瓦礫に腰を下ろしてふうと煙草の煙を吐き出した。
 俺の傍らに、いつの間にか総悟がいた。
 息を整えることもままならず、赤い瞳には爛々と鎮めることができない殺気が灯っている。
 それでも興奮状態を鎮めようと、総悟は総悟なりに必死になっていた。
 煙草を銜えている俺だって、今日捕り物に参加していた隊士達だって、同じ興奮状態にあることには変わりない。
 誰もが何らかの方法で、その興奮状態を鎮めるのだ。

 「土方さん…」
 総悟が俺を呼ぶ。
 俺たちの場合は、それが合図だった。
 「…屯所まで、もたねぇのか?」
 俺の問いかけに殺気を宿したままの総悟が肯定の答えを出したので、同じように殺気を纏った俺は煙草を足元に放ってぐしゃりと揉み消した。
 こちらとて、何も冷静な訳ではないのだ。
 近くにいた隊士に、総悟がかなり疲労しているため少し休んで戻ると告げて、俺は捕り物があったその場から離れた廃屋に向かって歩き出した。
 数歩遅れて総悟がついてくる。
 たった数歩、それなのに凄まじい殺気だ。
 まだ若い総悟に、これほどのことをさせてしまっている俺たちは、充分に修羅ではないだろうか?
 そして…これから………。

 「…土方さん…」
 廃屋に入った途端、総悟はまた俺を呼んだ。
 殺気を振り撒き、返り血で汚れてしまっているが、愛しいことには変わりない。
 そんなことを思っていると、総悟が俺の首に両手を回してぎゅっと抱きついてきた。
 俺は自分の殺気を鎮めようとする努力を半ば放棄し、血の匂いがする中で総悟の体を抱き返した。
 どちらからとも言わず、噛み付くような口吻けをする。

 いつもとはまったく異なる歪な状況での行為が、俺と総悟の正気を取り戻す手段だった。

 隊服に隠れて血を浴びていなかった総悟の白い肌を辿ると、押し殺した声が聞こえた。
 俺は凶暴になりそうな衝動を堪えながら、総悟の体を開いていった。
 「そんな風に、しないでくだせェって、言いやした…っ」
 総悟が息を切らしながら抗議の声を上げる。
 なるべく傷つけないようにと、俺が必死に衝動をやり過ごしながら触れていることが気に食わないのだ。
 「…痛いだけだろうが」
 低い声で言う俺の言葉にも、総悟は聞く耳を持たない。
 「痛くて、いいから…痛い方がいい…っ!」
 狡い俺は常にその言葉を待ってから衝動に身を任せることにしていた。

 体を繋ぐ瞬間。
 殺気を鎮められる、その瞬間。
 交わされる互いの言葉は解っている。
 この行為に対しての、本音だ。

 「こんなことさせちまって、すまねぇ」
 「いつも助けてもらって、すいやせん」

 口に出したことは、一度もない。
 これからも絶対に言わないだろう。

 「…っつ!」
 痛い、と言葉にならない総悟の悲鳴が廃屋に響く。
 可哀想だと思いながらも、俺は止めてやることはしない。
 痛みだけが今此処に自分を繋ぎ止める方法だと、総悟が思っているからだ。
 総悟をこんな風に乱暴に抱きながら、そんなことを思わせる俺は、一体何なのだろうか。
 こんなことまでさせておいて、本当に愛していると言うことができるのだろうか。
 「ひじ、かたさん…泣いて…?」
 「ねぇよ」
 少し息を整えることができた総悟が、俺の顔の返り血に指を伸ばそうとしてまた悲鳴を上げた。
 泣いているのか、と見透かされたように問われ、俺の方が堪らなくなって動いたためだ。
 ただし悲鳴といっても、嬌声でしかないということがさっきまでと違っている。

 もう、殺気は、ない。

 快楽で虚ろになった赤い瞳が、真剣な表情を湛えようと必死になって俺を見上げる。
 その瞳に同じような表情の俺が映っていた。
 俺がじっと総悟の瞳を見つめていると、急に総悟が俺を抱きしめてきた。
 こういう日には、俺はなかなかいつものように言葉が出てこない。
 「アンタ、馬鹿、でしょ?」
 さっきからだんまりでさァ、と息継ぎをしながら総悟が言う。
 言葉が出てこない俺は、代わりに動きを激しいものに変えた。
 途端に上がる高い声は限界を訴えている。
 互いの最後の最後で、総悟がこの異常な状況下にそぐわない言葉を発した。


 「すき」


 このような時には、いつもなら絶対に言わない言葉だった。

 くったりと俺に体を預けた総悟は、まだいつもと違う言葉を続けた。
 「どんな土方さんでも、好きでさァ」
 小さな声で言いながら、荒い息を整えている。
 「土方さんも、俺が好きですかィ?」
 「ああ」
 俺は短く答えることしかできなかった。
 しかし次の瞬間、総悟ははっきりとした声で俺に訊いたのだ。


 「俺が胸の中に修羅を飼っていて、修羅の道を選んでいても好きですか?」
 

 その言葉に俺は思わず総悟を強く抱きしめた。
 「ああ、お前が好きだ。どんなお前でも、好きだ」
 むせ返る血の匂いの中、総悟が笑った。
 それはいつもの悪戯好きの子供のものではなかった。
 微笑んだ赤い瞳は俺が心配していたよりも、ずっと大人の色をしていた。
 だが、それでも確認しなければならないほどに不安だったのだろう。
 綺麗に笑う総悟につられるように、俺も少しだけ笑った。

 笑い合った後で俺たちは、やっと優しいと呼ぶことができる口吻けを交わすことができた。

 人を斬って生きているから、人を愛する重さも知っているつもりだ。
 それを知って堕ちた恋には、優しさだけでなく修羅も狂気も秘められている。
 そして俺たちは、互いの胸の奥に修羅がいたとしても、愛し合っていくことができる。

                               2011.7.31

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