年の初めに思うことは『今年は負けらんねェ』。 勿論、真選組の一員として、何者にも負けらんねェという気持ちは絶対だ。 真選組への思いはもう当然のものになっている。 それは確認しなくても良いくらい当然だ。 俺が一々『負けらんねェ』なんぞと思うのは、何故か正月だけいきなり酒が強くなる土方さんに、だ。 ただの飲み比べなら負けてやっても構わない。 正月の宴もたけなわとなった広間の一角で行われているこの勝負は、傍目には副長と一番隊隊長の、ただの戯れにしか見えないだろう。 判定に山崎を置いているのも手伝って、さぞやのほほんとしている光景に違いない。 しかし、正月のこの飲み比べは、ただの飲み比べではないのだ。 『飲み比べの翌日、素面の状態で、負けた方は勝った方の言うことを聞く』 ベタだが俺たちはこのルールに懸けている。 ルールができたのは、いつだったかはあまり覚えていないが、土方さんと関係を持ってからなのは確かだ。 …俺は、勝ったことが、ない。 俺の酒癖の所為とか何とかで、酒量が制限されているとは言え、土方さんがあの量を飲んだらぶっ倒れるのは間違いないのに、正月に限ってそれがない。 どういう訳か、俺の方がふらふらになってしまうのだ。 結果として、毎年俺は、土方さんの命令という命令に従わされる羽目になってきた。 それはもう思い出すのも憚られる、あれとか、これとか、それとかだ。 「もう少し、楽しそうに飲めねぇのか? 総悟」 今も目の前で自分の分の一升瓶から直接湯呑みに酒を注いでいる土方さんが、少しだけ赤くなった顔で俺を見る。 「アンタは随分楽しそうじゃねぇですかィ」 言いながら俺もマイ鬼嫁から湯呑みへと酒を注いだ。 「そりゃ、今年も俺が勝つからなァ」 くくっと笑った土方さんと、恐らくむっとなっているだろう俺は、同時に湯呑みを空にする。 さっきからその行動を繰り返しては短い会話をしているのだが、土方さんに潰れる気配はなかった。 「今年の俺は違いまさァ!」 「いや無理だろ。戦歴考えろよ」 俺はぐっと言葉に詰まった。 確かに戦歴を思えば、分が悪い。 「ってか、おかしくねェですかィ? 戦歴」 「いやおかしかねぇだろ」 飲み進めていけば飲み進めていくほど、俺はイライラしてきた。 「大体、何でザキが判定してンですかィ?」 俺はその件にもイラついていたし、疑問にも思っていた。 「沖田さん、それは…」 「いい。山崎」 焦った声で言いかけた山崎を土方さんが制してしまう。 更にイラついた俺は、立て続けに3杯ほど酒を飲み干した。 呆れ顔の土方さんも続けて飲む。 …気づけば、マイ鬼嫁の一升瓶が殆ど空だ。 俺は途中から半ば意地になっていたので、そんなに飲んでいるとは思っていなかった。 「オイ、総悟。そろそろ止めとけ。悪癖が…」 土方さんが突然俺に声を掛けてくる。 「まだ、いけやすよ…?」 言いながら、俺はニヤリと笑って、着物の合わせ目を少しだけ寛げた。 流石に体が火照って暑いし、何となくそういう気分だった。 「おっ、沖田さんの負けですッ!」 山崎が声を上げるのと同時に、土方さんがぎらりと睨んで俺の胸倉を掴む。 「なにすんで…す……?」 ぐいと合わせられた俺の襟元を掴んだままの大きな手を見て、それから俺は、ああ、キスしたいとか、色々どうしようとか考えながら、土方さんの顔を見た。 「テメェの負けだ」 何故負けなのかが解らないので、俺は首を傾げるばかりだ。 「なに? どうしてですかぃ…?」 「沖田さァァァん! やめてくださいィィィ!」 山崎が相変わらず焦った声を出しているのが聞こえる。 いつの間にか瞑っていた目を開くと、土方さんの顔が至近距離にあった。 どうやら俺から寄せていってしまったらしい。 端正な顔がばっと離れて、みるみる怒りに染まっていく。 「ひじかたさん…?」 「山崎、後頼む。ったく毎年毎年この馬鹿は…」 俺は土方さんに引き摺られるようにして、広間を後に、させられた。 「お前な…広間ってのを忘れンなよ。悪癖、発揮しやがって…」 「わすれてませんぜ?」 何となくついて来てしまった土方さんの部屋で、何となく土方さんにキスをする。 「それより、なんで、おれのまけ?」 「完ッ璧に酔っ払ってンだよ! お前は!」 気に食わない。 非常に気に食わないので、もう一度キスをしてやった。 やっぱり体が火照って暑い。 俺は衿をもう一度寛げた。 「それが悪癖だっつーの! 所構わずサカって誘ってンじゃねぇよ!」 「あんたといっしょに、しねぇでくだせぇ!」 ……気に食わない。 が。 言われてみれば、事実、シたいような気はする。 俺は、何故そんなことが解るのだろうかと、土方さんを見上げた。 土方さんの顔を見ていたら、余計にシたくなってきた。 「衿元開いて、キスかまそうとして、そしてかまして、ンな顔しやがって…! ああクソ…ッ!」 一気に捲くし立てた土方さんに、噛み付くようなキスをされる。 酒が入っている所へそんなキスをされたら、意識が朦朧としてくるじゃないか。 俺の体は、もう、ぐにゃぐにゃだ。 対する土方さんはやっぱりそんなに酔っていない。 今年もどうやら俺の負けらしい。 ………ん? 「はっ…。あ、んた、なんで、さけのにおいが…うす、い……?」 「まあ、気にするな」 かくんと落ちる俺の体を抱き留める力強さも、いくらなんでもおかしい。 「まさか…みず…まぜ、て……?」 「毎年同じコト訊くな」 楽しそうな土方さんが、所構わずキスを降らせてくる。 気持ち良くて蕩けてしまいそうだ。 あー、シてぇなァ。 でも眠ィ…。 「さて、今年の姫初めは、どうすっかなー」 土方さんは、本当に、楽しそうにしている。 馬鹿な男に思わず、俺は少しだけ笑ってしまった。 その馬鹿な土方さんが、俺の顔を覗き込んで、楽しそうだった顔を強張らせた。 「凄ぇ顔…。なぁ、総悟。明日じゃなくて、今、シていいか?」 眠そうだからやっぱマズイか、という呟きを聞きながら、俺は睡魔にも負けた。 |