花蜜火

 その日、非番の隊士は、祭りへ参加しても良いということになっていた。
 とは言っても隊士が全員揃って出払う訳にもいかないため、いくつかのグループに分かれることにはなっている。

 はしゃいでいる隊士たちと俺は関係ない。
 俺には鬼の副長の手によって、ばっちり祭りの警護が入っていたからだ。
 そして一緒に警護できればまだしも、当の鬼は内勤で、今夜中に仕上げなければならない書類が山になっているそうだ。
 それでも祭りを至近距離で見ることができるだけマシかもしれない。
 いや、遊べないなら蛇の生殺しか…?

 「…はぁー」
 昼食を終えた食堂で一人頬杖をついてため息を漏らすと、その場にいた隊士のほとんどが何故か俺を見て固まっていた。
 「?」
 不思議に思っていると、俺はひょいと担がれて自室とは違う部屋へ運ばれてしまった。
 「あのな、総悟」
 漸く下ろしてもらえた俺がいるのは、土方さんの部屋。
 「頼むから自覚を持ってくれ…」
 半分呆れて半分怒った土方さんが、いつものように訳の解らないことを言う。
 「まーた。此処は男所帯だから、俺が断じて認めてねェ俺の可愛らしさ云々が色んな意味で危ないってヤツですかィ?」
 先手を打って言いたがること言ってやると、土方さんが頭の後ろをがしがしと掻いた。
 「解ってンなら、あんなトコであんなため息吐くな」
 「俺、こんな顔は土方さんにしか、しやせんよ?」
 常に悔しい7センチ差を逆手に取ることができるのはこういう時だ。
 俺は土方さんの至近距離まで近づくと、ほんの少しだけ口を開き、伏目がちのまま顔を上げた。
 そのままゆっくりと目を開いて土方さんを見つめる。
 俺から視線をずらした土方さんは…低い声で鬼の命令を下した。
 「お前、今夜内勤な」

 「職権濫用ー! 鬼ー! 祭りを返せー!」
 急に内勤に切り替えられても、はっきり言って俺にはすることがなかった。
 仕方がないので土方さんの仕事でも邪魔してやるかとちょっかいを出す。
 何回目かの俺の悪戯に、土方さんは苛々した様子で言い放った。
 「ウゼェ」
 カチンと来た俺は部屋を出て行こうとしたが、何故か土方さんが許してくれない。
 色々と諦めた俺が取ることができる行動と言えば、もう寝ることだけだ。
 土方さんが黙々と書類を捌いていく背中を見つめながら、俺はうとうとし始めた。

 「…ご、総悟!」
 重たい瞼を持ち上げると、端正な顔が間近にあって一気に目が覚めた。
 「何ですかィ!? 何かありやしたか!?」
 テロでも起きたのかと驚いて尋ねる俺に、土方さんはニッと笑って俺の着物を差し出す。
 「え?」
 「とっとと着替えろ」
 そう言う土方さんは、いつの間にか隊服から着流し姿になっていた。
 「祭り、行きたかったんだろ?」
 「え?」
 同じ言葉ばかりを繰り返す俺に、土方さんは笑い出した。
 「…だって…アンタ、書類。…俺のことウゼェってくらいあるんでしょ?」
 着物を受け取らないまま、俺はさっき言われた台詞を思い出していた。
 「あ…。悪ぃ…」
 土方さんがバツの悪そうな顔になる。
 「さっさと片付けて祭りに連れて行こうと思って…つい」
 「え?」
 俺はまた同じように言葉を返してしまった。
 「だーかーらー! …いいから着替えろ! 祭り終わるぞ」
 時計を見れば結構な時間になっている。
 土方さんの様子が面白くて嬉しくて、俺は着物を受け取った。

 時間が時間だっただけに、人はまだいるものの、出店は殆ど片付けに入ってしまっていた。
 すると土方さんは急に方向を変えて、祭りの会場とは反対へ歩き出してしまった。
 (来たばっかりなのに帰るのかな? ラストに花火あんのにな)
 そう思ったけれど、俺はちょこちょこと土方さんについて行った。
 しかし前を歩く土方さんは、明らかに屯所へ帰る道とは違うルートを辿っている。
 俺が戸惑い始めた頃、着いたぞ、と土方さんが声を掛けて来た。
 そこは小高い丘になっている人気の少ない…というよりも皆無に近い場所だった。
 「花火なら、此処からがよく見える」
 土方さんは草むらに腰を下ろした。
 びっくりして突っ立ったままの俺に、横に座るようにと視線が向けられてきたので、慌てて土方さんの横に座った。
 「花火のこと、よく知ってましたねェ」
 言ったと同時に夜空に大きな花が咲いた。

 いくつか花火が上がる内に、土方さんが花火を見ている俺を見ていることに気づいた。
 「…何ですかィ?」
 訊くと額にちゅ、とキスが降ってきた。
 腰の辺りから抱き寄せられる。
 「俺、まだ花火見たいんですけど…」
 「見ててイイぜ?」
 そう言ったくせに打ち上げ花火が消えて周りが暗くなる度、頬に瞼にとキスをされるので花火になんて集中できなくなってしまった。
 一度も唇に来ないキスに俺が焦れ始めた時、祭りの会場が沸いて、一際大きな花火が上がった。
 どうやら最後のものらしい。
 その日一番綺麗に輝いた花火に照らされた土方さんと俺は、丁度見つめ合う形になっていた。

 重なった唇から差し入れられた舌が俺の口腔を犯していく。
 真っ暗になった草むらでは土方さんがはっきり見えなくて、水音だけがやけに耳についた。
 「続き、俺は此処でも構わねぇが…。やっぱ屯所に戻ってからにするか」
 土方さんは腰が砕けている俺を、昼間の食堂の時のように担ぎ上げた。
 「あの顔、見せてくれンだろ?」
 くっくと喉を鳴らしてからかってくる土方さんに、俺はちょっと悔しくなって言ってやった。
 「もっとすごいの、見せてやりまさァ」

                               2011.8.3

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