| 夏の総悟はだらしない。 暑ィ、怠ィ、食いたくねェと、いつもに増しての我儘三昧。 故に、何だかんだと手が掛かる。 梅雨は何処へ行ってしまったのかと、どうにもならない自問自答をしたくなる程の暑い日が続いている。 地獄の市中見回りを終えて屯所に戻り、まずは涼を取ろうと広間に行くと、亜麻色がぐでんと畳の上に伸びていた。 コイツは今朝から食欲が無い。 元々今日は非番ということもあり、外出せず休むようにと言い渡しておいた。 「オイ、調子は?」 「うー」 「昼飯は? 何か食ったのか?」 尋ねてみるが、総悟はざりざりと畳に頭を擦り付けながら、首を横に振るだけだ。 朝も昼も食べていないのでは、余計にバテてしまうだろう。 「食わねぇなら、今夜の宴会は、一滴たりとも呑ませねぇからな」 我ながら意地が悪いと思ったが、この場合は仕方ない。 俺の言葉を聞いて、弾かれたように、総悟が顔を上げた。 「酷ェや、土方さん。俺の誕生日なンですぜィ?」 「空きっ腹に酒なんざ、おめぇの腸に余程酷ぇ仕打ちだろ」 言外に、さっさと何か食べろと含ませると、渋々体を起こした総悟が、ぽつりと呟く。 「素麺」 「あ?」 「素麺、茹でてくれるンなら」 「……俺が前に茹でた時、一塊になったの覚えてる?」 以前も総悟が体調を崩したことがあった。 その時、俺は簡単だと侮って素麺を茹でたのだが、それが恐ろしいことに失敗したのだ。 茹で時間が悪かったのか、茹で方の問題だったのか、麺がすべてくっついて塊になってしまった。 以来、俺はすっかり諦めて、素麺を茹でたことはない。 「覚えてまさ」 「だったら」 「でも、素麺がイイんです」 結局、具合の悪い総悟に指示を貰いながら、俺は昼過ぎの閑散とした厨房の隅で、素麺を茹でた。 総悟は素麺を啜り、時折面白そうに薬味を箸で摘まんで眺めている。 「悪ぃ」 「何がです?」 「いや、ソレ、食い辛ぇだろ」 ソレと指差す先の薬味皿には、葱と茗荷、大葉、海苔を刻んだ心算のものと、生姜を辛うじて摩り下ろした状態になったものがあった。 薬味はどれも、刻んだ筈がぶつ切りになっているし、摩り下ろした筈なのにごろごろ欠片が混ざっている有様だ。 「別に平気ですぜ?」 二人きりの食堂で、総悟は何処か満足気に素麺を食べた。 昼番の仕事上がりの隊士たちが、続々と広間に集まってくる。 素麺を食べられたからなのか、夜には総悟の顔色は少しよくなっていた。 主役なのだから、やはり総悟を宴会に出してやりたい。 特等席に座っている総悟から、離れた位置に陣取った俺は、まずは腹を満たそうと所狭しと並ぶ料理を見回した。 そうこうしている内に、近藤さんが乾杯の音頭を取る。 彼方此方から一斉に「おめでとうございます!」「今夜は呑みましょう!」と声が掛かった。 総悟の元に包装された箱を持った一番隊の隊士たちが押し寄せるのを眺めながら、俺はちびりと酒を煽り料理を口に運んだ。 「こうして見ると、沖田さんって此処では最年少なんだなって実感しますね」 いつの間にか隣に座っていた山崎が、空になった俺の猪口に酒を注ぎながらそんなことを言う。 「ああ」 「副長は、何かプレゼントするんですか?」 「さあ? どうだろうな」 俺と山崎は宴席にも拘わらず、ちょっとした仕事の話や他愛ない話をし、飲み食いを続けていた。 そうやって宴は何事もなく進んでいっていたように思えたのだが。 「あれ?」 不意に山崎が訝しがるような声を上げる。 「どうした」 「沖田さん、何か、変じゃないですか?」 山崎と話していたため、俺は総悟に背中を向けてしまっていた。 慌てて振り返ると、確かに総悟の様子がおかしい。 「ありゃあ、悪酔いしてやがンな」 「薬と水の用意してきます」 「頼むわ」 短い打ち合わせの後、山崎は広間を飛び出し、俺は総悟の元へ駆け寄った。 膝の上で拳を作っている総悟は、明らかに顔色が悪い。 周りは既に出来上がっている連中ばかりで、総悟の異変に気付いている者はいないようだ。 視線を総悟の前に並べられている料理の数々へ遣ると、どれにも殆ど手を付けていないこと解る。 「馬鹿かおめぇは。食わねぇまま、がばがば呑むからだ」 「…う……」 「部屋戻ンぞ」 頷くことすら一仕事といった様子の総悟を、半ば担ぐようにして支えた。 先ずは山崎が薬を準備してくれているであろう食堂へ行こうと、総悟を連れて廊下をゆっくりと歩く。 薬を飲ませ、その場で四半刻程休ませることにした。 「こりゃもう寝るしかねぇだろ」 「皆、騒いでるだけになってるでしょうし、沖田さんが不在でも問題ないかと」 総悟は器用に椅子に腰掛けたまま、うつらうつらと舟を漕いでいる。 俺と山崎は其々、総悟を部屋に届ける役と宴会の様子を見る役に分かれた。 「それじゃ、俺は適当に宴会の方をやっときます」 「ああ」 食堂から広間に戻っていく山崎を見送ってから、こくりこくりと揺れる亜麻色の頭に手を遣る。 「総悟、起きろ」 「んー?」 「具合は?」 「……治ってきやした」 俺たちは連れ立って食堂を後にし、総悟の私室へと向かった。 部屋の隅で総悟に着替えさせ、その間に押し入れから布団を出して敷いてやる。 着替えが済んだ総悟の手を取り、ころんと布団に転がした。 「ほら、とっとと寝ちまえ」 まるで子供にしてやるように、肌掛け布団を被せて軽く腹の辺りを軽く叩くと、総悟が赤い瞳をぱちくりと瞬かせる。 「ンだよ」 「いえ」 「もしかして、腹減ったか?」 「それは、平気でさ」 宴会で総悟が食事をしていなかったことを思い出したが、本人は大丈夫だと言う。 「じゃ、とっとと寝ちまえ」 「アンタは食わねェの?」 「……は?」 たっぷり五秒程固まってから、間の抜けた返事をした俺に、総悟が両手を伸ばしてくる。 「何、言ってンの?」 「野暮なお人だ」 そこまで言われて漸く、俺は総悟の言う「食う」の意味に気付いた。 「あのなぁ、体調悪ぃンだから、大人しくしてろよ」 「アンタさえ張り切り過ぎなきゃ、俺ァ、吐いたりしやせんよ」 「吐きそうなんじゃねぇか!」 思わずツッコミを入れてしまった所為で、ほんのりと漂い始めていた甘い空気は台無しだ。 だが、本当に総悟の具合もよくないことだし、ぶち壊れてしまった方がよいのかもしれない。 そんな風に思った時だった。 総悟が口の端を持ち上げる。 そうして、艶やか…いや、嫣然とした……兎に角、なんだかもうそれはそれは壮絶なレベルのエロい顔で微笑んだ。 「食わねェの?」 繰り返す総悟の声は、既に濡れたものになっている。 本能のまま、俺はごくりと喉を鳴らし、その場に膝を突いて、半身を起こした状態の総悟を掻き抱いた。 望みが叶ったとばかりに、総悟が俺の背中へと手を回す。 「このエロ餓鬼が」 言いながらもくっついている総悟を、引き剥がすことはしなかった。 それ所か、此方の表情を見られないように、亜麻色の髪の間に鼻先を埋める始末だ。 総悟が僅かに肩を揺らして笑ったことは、見て見ぬ振りをした。 夏の総悟は色っぽい。 そんな風に思うくらいに、俺の頭も暑さにやられているらしく。 故に、何やかんやで火が灯る。 |