深々と冷え込む夜。 寝返りを打とうとした俺は身動きが取れなくなっていることに気がついた。 腹に温かくて小さなモノが乗っかっている。 途端、噴き出してくる冷や汗。 ぎゅううっとしがみつくようにしているからには、生き物なのだろう。 意を決してソレを抱えたまま行燈に火を入れれば。 「総悟かよ」 どっと疲れがやってきた。 このクソガキ、寒さに弱かったのか。 偶々この家に泊まる流れになって、同じ部屋に布団を敷かれた時にはぎゃんぎゃん吠えまくってミツバの手を焼かせたというのに、寝入って此方に転がり込んだ挙句、人の腹の上とはイイ根性してやがる。 だが。 「悪かねぇな…」 仄かな灯りに照らされて、丸い輪郭と淡い色の髪、同じ色をした睫毛が綺麗に浮かび上がっていた。 黙っていればそれなり所か整った顔立ちの部類だろうに、普段は何故、ああも可愛げがないのか。 一度悪戯に耳元へ花を飾ってやったことがあったが、アレは自分でやっておきながら後悔した。 予想以上に、可愛かったのだ。 そんなコトを考えていたら、眩しかったのか、総悟が「ん」と声を漏らしたので慌てて行燈の火を落とす。 小さな背中をぽんぽんと、自然と叩いている自分に苦笑した。 きっと。 自分も兄にしてもらっていたのだろう、と、そう思いながら、俺はそのまま目を閉じた。 ばしん! 「…ってぇ!」 頬に走った痛みに無理やり意識を覚醒させられる。 飛び込む朝の光に目を眇めていると、怒りで真っ赤に顔を染めた総悟が俺の腹の上に正座していた。 「説明しやがれクソ土方!」 「あ?」 「なんでテメーの布団に俺がいるんでィ! へんたい!」 総悟の拳はふるふると震えている。 いや…多分、変態じゃねぇとは…思うンだが。 「オメ…沖田センパイがこっちに入って…いや、スンマセン。俺が寒かったンで」 自分が転がって俺の布団に入ってしまったということは、総悟も解っているのだろう。 しかし、それを認めたくはなかったようで。 しかも、俺のフォローは間に合わなかった。 総悟の目から、ぼろ、と涙がこぼれる。 見られまいと下を向いた後、もう一度俺を引っ叩いて、俺が痛みに顔を顰めた隙に総悟は部屋から飛び出していった。 その日、総悟はとことん俺を避けまくった。 常日頃の悪態もなく、ただただ俺に近寄らない。 稽古の間もそんな風なので、流石に近藤さんが心配したようだった。 「トシ、総悟はどうしたんだ?」 真相を話すのは簡単だが、それでは総悟が余計に頑なになってしまうだろう。 「…まあ、なんだ、その…」 「また喧嘩でもしたか!」 言葉を濁した俺に、近藤さんが豪快に笑う。 俺たち二人の視線の先には、むくれた顔をして竹刀を振る総悟がいた。 「任せとけ!」 俺の肩をバンバン叩いて、近藤さんは竹刀を握り直すと総悟の元へ行き、普段通り、稽古を始めた。 近藤さんは、何を言う訳でもなく、総悟と向かい合う。 始まった打ち合いでは、完全に総悟が押され気味になった。 「総悟は、トシと仲直りしたいと思ってるから、剣が乱れるんだぞ」 とんでもない台詞を総悟に投下して、亜麻色の髪を掻き交ぜる近藤さんに、総悟が目を丸くした。 「そっ、あ、なっ」 意味を成さない総悟の言葉に、何故かうんうんと頷く近藤さん。 「アレを使えばいいじゃないか、ほら、昨日やっただろう?」 「なんで土方なんかに…!」 何やら、アレ、というのを使うらしいが。 「使わないなら返してもらっちゃおうかなー」 「だって近藤さん! 今日は…今日は…」 「総悟ー」 近藤さんがニコニコしながら、総悟をジワジワ追いこんでいく。 そこまでしなくても、総悟と俺の喧嘩など日常茶飯事だというのに。 「……」 渋々といった様子で承諾したらしい総悟がとてとてと道場を出ていった。 心なしか門下生一同がニヤけているのは気のせいだろうか。 と。 そこへ道場の外から俺を呼ぶ女の声がした。 先日フッたばかりの女だった。 泣き腫らしたのか目元を赤くしている。 「こんなトコ来るンじゃねぇよ」 竹刀を肩に背負うようにして女に近づくと、綺麗な和紙の包みを差し出された。 「せめて、これを」 「何だあ?」 訊き返した俺に、女は、舶来の甘味だと告げる。 「悪ぃが、俺は甘味の類は…」 「トシィィィ! 待ってェェェ!」 近藤さんが悲鳴のような声を上げる。 「好かねンだ。ついでにあんたもな」 構わず女に告げると、流石に走り去って行った。 やれやれと道場の中へ視線を戻して、今度は一同が一点を見つめて凍りついていることに驚く。 その視線の先を辿って、もう一度入口を見ると、総悟がいた。 何故か、また泣き出しそうな顔をして。 そうして、俺を見上げた後、近藤さんへとゆっくりと近づき、ぎゅっと抱きつく。 総悟を抱え上げた近藤さんは、苦い笑いを湛えて俺の傍を通り過ぎ、そのまま立ち去ってしまった。 一体、何だと言うのだ。 夕方になって俺が道場から出ていこうとすると、近藤さんに引きとめられた。 少ない具材だが、鍋をするので沖田家に寄っていけと言うのだ。 昨日も世話になった上、二度も総悟に引っ叩かれていた俺は断ろうとしたのだが、近藤さんにぐいぐいと引っ張られて家の前まで来てしまった。 俺が戸口を見た瞬間、亜麻色が慌てて身を隠す。 近藤さんの魂胆が何なのか、そして総悟が何をしたいのか、俺は段々興味が湧いてきた。 だから鍋を馳走になることにした。 が。 「泊まるとは言ってねぇンだが」 昨日と同じようにミツバは俺の分の布団を総悟のものと並べて敷いてしまった。 敷かれた布団の上に行儀悪く座った俺は、隣の小さな布団を見遣る。 主不在のその布団は、きっとまた酷く冷えているのだろう。 「そういや今夜は暴れなかったな」 布団を並べられても、総悟は大人しくそれを見ていた。 しかしこの時間になっても部屋に戻らないということは、流石にミツバの所で眠ったのだろう。 俺は部屋の灯りを消して、布団に横になった。 ぼんやりと天井を見ていると、足音を消した心算のとてとてという音が近づいてくる。 総悟だ。 ここは眠ったフリが良いのだろうか、と、俺は目を閉じることにした。 部屋に入って来た総悟は、やはり俺が眠っているのかを確認している。 そうしておもむろに、俺の腹の上に、乗った。 …これ、フツー、俺起きねぇか? 腹の上の総悟は、何かをぺりぺりと剥がすような音を立てる。 薄く目を開けると、差し込む月の光を頼りに、小さな丸い包みをひとつずつ開いているようだった。 「10個あるから…半分すると6個?」 違ェェェェェ!! 心の中でツッコミを入れたが、総悟に届く筈もなく、どうやら6個になったらしい。 「俺が半分食ったら、ホントにコイツ、残り食えるのかな…」 は? 「近藤さんは大丈夫だって言ってたけど」 目を閉じたまま恐怖を覚えたが、総悟が半分食べると言っているからには変なものではないのだろう。 「でも、嫌ェって言ってたし…」 独り言を駄々漏らしている総悟が「あ」と小さく声を上げた。 「溶けちまったィ」 暫くして口に、ふにゅっと何かが押しつけられて、口中に甘さが広がる。 一度離れた柔らかいそれが、総悟の唇だと解るまでに、俺は更に2回の甘さを感じていた。 はああ!? 総悟は6個あると言っていた。 つまりコイツ、あと3回は俺に口吻ける心算でいるのか? 軽くパニックに陥っていると、総悟が何処か満足そうに呟く。 「なんでィ。ハクライの甘味でも食うじゃねェか」 嗚呼。 話が、見えてきた。 つまり近藤さんが総悟に甘味をやって、それを総悟が俺にくれるということで、仲直り、という流れだったのか。 ちゅ。 だが、やり方が違うだろ!! 総悟の唇が俺の唇を割って丸い甘味を差し入れてくる。 この悪質極まりない戯れに、あと2回付き合えと? ちゅ。 ところが最後という所で、総悟は止まってしまった。 「半分こって…違ってたらどうしよう…」 は? そうして降って来た総悟の最後の口吻けは、とんでもないものだった。 唇を押しつけたままで、丸いソレをがじがじと食べ始めたのだ。 コイツ、まさか、1個を半分にしたいのか? 人の口の中でやるなァァァァァ!! 絡めてしまいそうになる舌を動かさないようにして、総悟が口を離してくれるのを待つ。 やがて、ぷはっと総悟は唇を離すと、また俺の上で静かになった。 「コレ、仲直りだけだからな…違ェからな!」 「仲直りだけでも違ぇだろうがッ! 更に何が違ぇンだッ!?」 総悟の言葉に俺は思わず突っ込んでしまった。 赤い瞳が、いっぱいに見開かれて、頬から耳までが朱に染まっていくのが月明かりでも解る。 「あ…て…う…」 再び意味を持っていない総悟の言葉を聞いていた俺の目が、その後ろのカレンダーを捕えた。 2月14日。 「オイ、まさか」 耳を塞いで目までを閉じた総悟は、俺の上で小さくなってしまっている。 「違ェからな! 違ェからな!」 繰り返すその体を抱え上げると、冷えた寝間着に反して熱くなっていた。 これでは冷たい布団が尚更冷たいだろう。 「…こっちで寝るか? クソガキ」 「『寝てくれますか? 沖田先輩』」 まったく素直でない。 「寝てくれますか? 沖田センパイ」 言い直してやると、総悟はもぞもぞと俺の布団に潜り込んだ。 |