――文目も分かぬ夜ならば、貴方の私は、迷子でしょう―― きっと、サボって、ほっつき歩いて、そんな風に見えているだろう。 事実、俺は巡回のルートから外れた道を歩いている。 数日前からこんなことをしているから、土方さんには怒鳴られっぱなしだった。 けれど、コレは、必要なコトで。 つまり、俺は、サボってはいない。 真選組忙殺イベント・ゴールデンウィークの隊務は何処かに行っているが。 人生においては、サボってはいない。 かぶき町にひしめく店をちょこちょこと覗きながら、俺は大きく溜め息を吐いた。 「今日中に何とかしねぇと間に合わねェ」 青い空を見上げて、また溜め息をひとつ。 俺の頭を悩ませているもの。 サボっていない理由。 そして、間に合わなくなりそうなモノ。 …土方さんの誕生日のプレゼントだ。 五月五日は、土方さんは巡回に出ない。 それは数年前から組内で取り決められている。 メス豚共が大挙して押し寄せるため、仕事にならない所か反対に仕事が増えてしまうのだ。 そのため根性の入ったメス豚に至ってはフライングして、何日か前から土方さんにプレゼントを渡している。 あとは当日、監察を通ったモノが段ボールに詰められ、土方さんの部屋まで届けられることになっていた。 ここまでならクリスマスやバレンタインにも同じ現象が起きるので、誰も動じない。 だが。 今年、土方さんはそれらをすべて断った。 道端でのプレゼントをきっぱりと拒否し、今朝届いた大量のソレも即刻処分。 一体何故そんなことをしているのか、屯所に届いたプレゼントの処分係になってしまった隊士が半泣きで理由を訊いてきたが、俺にも解らない。 それよりも。 何かいいものを見つけなくてはならないミッションが発生した。 土方さん本人があんな調子では、何を選んでも受け取ってはもらえない確率が高いとは思うけれど。 プレゼントをあげないという選択ができない俺は頭を抱えた。 一度あげなかった時があったのだが、拗ねてしまって三日間殺気を振り撒き、これまた隊士たちを半泣きにしたのだ。 「クソ土方…」 俺は近くの店をまた覗いたが、目ぼしいものを見つけることができなかった。 何軒目だろう。 店を出て、ふと空を見上げると、晴れていた筈の空に、嫌な雲が垂れ込めていた。 時間を確認すると、もう夕刻に差し掛かっている。 それでも、何も見つけていない以上、俺は屯所に戻れない。 ポツ。 小さな雨粒が頬に当たった。 「降り出してきやがった」 舌打ちしながら別の店に入る。 土方さんがよく立ち寄る本屋なのだが、俺が本を読むのは極めて稀の上、落語関係のものだけなので、肝心の土方さんの好みが解らない。 出てくるのは溜め息ばかりだった。 そんなことを繰り返していたら、あっという間にかぶき町にはネオンが灯り、雨は本降りになった。 隊服が水分を含んでどんどん重くなっていく。 でも、帰れない。 あげるものが、見つかっていないのだ。 しかしこれ以上無断で遅くなるというのもマズイ。 俺は仕方なく携帯電話を取り出した。 ディスプレイには容赦なく雨粒が当たってすぐに見えなくなるので、濡れた隊服で何度も拭いながら、目的の番号を探す。 「近藤さん、近藤さんっと…」 こういう時は土方さんに電話をするべきだと解ってはいる。 だけど、あげるものが、見つかっていないのだ。 俺は近藤さんへの番号を表示させて、通話ボタンを押す。 だが、電話を取った相手の声に、体が硬直した。 『総悟か?』 「……」 言葉が出てこない。 『お前、何処で何してる』 「な、んで…? 俺、近藤さんに」 『近藤さんなら裸で踊ってンぞ?』 しまった。 土方さんの誕生日の宴会が始まっている時間になっているのか。 『雨、降ってるだろ? 傘は?』 「……」 『どうした?』 「今日、俺、帰らねェ」 振り絞るように、それだけ言って電話を切ろうとした。 『総悟』 俺の名を呼ぶ、その声は少し掠れていて、こんな所で思い出すのはどうかという光景が頭を過る。 嗚呼、あげられるものが、ひとつ、あった。 俺は続いている土方さんの呼びかけを無視して電話を切ると、五月の闇に降る雨の中、屯所へ向かって歩き出した。 喜んでなどもらえないかもしれないが、土方さんは要らないとはきっと言わない。 だけど、どうして俺の気持ちは、こんなに晴れないのだろう。 どうして、この雨と同じように、闇と同じように、冷たく暗いままなのだろう。 折角、あげるものが、見つかったのに。 ぽたぽたと髪から顔へと雫が垂れて、首筋へと入り込み、気持ち悪くて堪らない。 どうして、俺はその雫に紛れ込ませて、涙を流したくなっているのだろう。 「悔しい」 この角を折れれば屯所へ着く。 俺はその場へしゃがみ込んだ。 「悔しい…」 こんなものしか、見つからなかった。 ざあざあという雨の音が耳につく。 此処でいつまでもこうしている訳にもいかない。 隊服姿なのだから、怪しむ人もいる筈だ。 ともすれば眩暈すら起こしそうな重たい体を引き摺って、俺は屯所の門をくぐった。 のろのろとブーツを脱ぐ。 廊下を水浸しにしながら、自分の部屋へと廊下を進んで行く途中、いきなり横から腕を強く引っ張られた。 ぐらり、と体が傾ぐ。 そんな俺を容易く抱き留めた人からは、消えることがない煙草の匂いがして、俺はぐっと眉間に皺を寄せた。 まだ、会いたくは、なかったのに。 「アンタ、宴会は?」 「殆どが潰れて話になンねぇよ」 抱き締められたままでは土方さんの着流しまで濡らしてしまうだろうと、必死に腕を突っ張ってみたが、当の土方さんは気にしてはいない様子で、俺を離してくれる気配がない。 「後で。後で部屋に行きやすから」 「駄目だ」 きっと懇願するような声を出してしまっている。 なのに、ぴしゃりと跳ね除けられた。 「土方さん、後で行くって」 「なんで帰らねぇなんざ言ったンだよ」 土方さんを押しやろうと、じたばたしていたら、両手首を一纏めにして掴まれる。 「……」 「来い」 拘束された手首を引かれて、俺は相変わらずぽたぽたと廊下に雫を振り撒きながら、大浴場へ連行された。 ずぶ濡れになっていた体を温めて、脱衣所へと出ていくと、そこにはまだ土方さんがいて居た堪れなくなる。 「部屋、戻っててくだせェよ」 「駄目だ。お前逃げるだろ」 そんなことを言いながらも、土方さんは俺の単を持ってきてくれていた。 単の帯を締めたところで、俺は土方さんの横を通り抜けようとしたが、当然それは許されない。 まだ、捕まりたく、なかったのに。 「何がしてぇンですかィ?」 「お前がしたいコト」 土方さんを見上げると、青鈍色の目には明らかな情欲の色が灯っていた。 嗚呼。 だったら、あげられる。 だけど。 だけど。 顔を伏せた俺の手を取って、土方さんが自分の部屋へ向かって廊下を歩く。 すらり、と襖が開かれたその部屋の敷居を、俺はそっと跨いだ。 「土方さん、手…」 ぽつりと言うと、漸く解放してもらえた。 その代わりに単の袂を軽く引かれて、腕の中に囲われる。 重ねられてくる唇に、俺は、きつく目を閉じた。 あげられるものが、いつもと、何も変わらない、なんざ――嗤える。 「総悟」 その声は、やはり、掠れながら、静かに俺の耳に入って来た。 当たり前のように結んだばかりの単の帯が解かれていく。 土方さんの指が、俺の鎖骨をゆっくりとなぞった。 その指は、俺の心臓まで滑り、熱い掌が其処へ押し付けられる。 「どくどく言ってンな。緊張でもしてンのか?」 俺は首を横に振った。 嘘だ。 凄く緊張している。 初めてのコトでもない癖に、俺は今、確かに緊張しているのだ。 「…あ」 心臓にあった手が僅かに持ち上がって、胸の頂に触れられた。 息と共に小さく声を出してしまった俺を見た土方さんが、其処を執拗に弄り出す。 「ふ、ぅ…」 膝から崩れそうになって縋りつくように目の前の肩を掴んでいたら、片手が俺の背中に回り、座るよう促された。 単を、する、と落とされる。 そのまま俺の体は後ろへと倒されて、そこへ土方さんが覆い被さって来た。 首筋を這う舌が、くすぐったい。 今夜は、できれば、後ろからが良かったのに。 この体勢ではきっと前からで、顔を見られてしまう。 考えながら、俺はぼんやりと天井を眺めていた。 「総悟、何処見てる?」 「アンタを見てまさァ」 「嘘吐くな」 少しだけ俺の腰を抱えて、土方さんが下着までを脱がす。 くれる口吻けは、いつもと変わらないから甘い筈なのに、砂のようだった。 下肢へと伸びた手に、中心を撫でられて、体がびくりと震える。 「ん…っ」 根元から先端までを往復する掌が、先走りで徐々に濡れていくのが解って、嗚呼こんな時でも感じるんだなと呆れた。 「オイ」 触れられたまま声を掛けられたので、ゆるりと顔を動かして、土方さんを見る。 「なんで、泣いてンだよ」 俺は慌てて自分の両頬へ手を当てようとした。 だが、それよりも早く土方さんが俺の手首を顔の脇に強く押し付ける。 「…っく」 自覚させられれば、嗚咽が漏れるのは簡単だった。 「なあ、なんで泣いてンだ?」 だって、何も見つからなくて、こんなものしか、あげられないのだ。 言う心算は毛頭なかったのに、土方さんの視線が酷く優しくて、俺の口は勝手に言葉を紡ぎ出す。 「アンタがプレゼント、要らねェって」 「は?」 「女からの、全部、断るし捨てるし」 「で?」 「俺、こんなのしか…」 言い終わる前に、土方さんは長い溜め息を吐いて、俺の胸に顔を埋めてしまった。 「ひじ、かたさん…コレ、しか…」 「総悟」 先程まで触れられていた場所に、いきなり強い刺激を受けて、体が仰け反る。 「ひあ! あ、うあぁっ」 ぐちゅぐちゅと立てられてる音を聞いている耳から、土方さんだけを映している瞳まで犯されていた。 「ひじ…たさ…っ! コレ」 コレも、要らねぇって、言うんだろうか? 溶かされる体が厭で、土方さんの肩に爪を立てた。 そうやって必死に流されまいとしている俺を、意地悪な土方さんが追い詰める。 「う、んっ。あぁ――ッ」 ポタポタ垂れるモノを長い指が拾って、その指にそっと後ろを撫でられた。 駄目だ。 肝心なコトを聞いていない。 俺は、土方さんがこれ以上何もできないように、全身に力を籠めた。 「そうご。ほしい」 唐突な土方さんの声は、まるきり、おもちゃか何かが欲しいというトーンで、俺は思わず瞬きを繰り返す。 「何が?」 「阿呆なお前が」 言われて、深く口吻けられた。 「…プレゼント、全部、要らねェ…って」 俺の言葉に、土方さんが切れ長の目を軽く開く。 「そりゃ、お前が、嫌がったからだ」 「!」 「この前の非番、俺が和菓子貰って来たの、嫌だったンだろ?」 どうして。 俺の表情は完璧だった筈だ。 声も、仕草も、全部いつもの通りにした筈だ。 「……」 「解るンだよ」 呆けて、体に入れていた力が抜けてしまった俺の隙を突くように、土方さんがゆっくりと指を入れてくる。 「ん、はぁ…っ」 「だから素直になってやったってぇのに」 土方さんの何が素直で、どうしたいんだか、俺にはよく解らなかった。 「ん、んぅ!」 中で動かされて、増やされて、熱が上がって。 「…ヤ、ヤだ。も…」 切れ切れに言うと、土方さんが俺の顔を覗き込んできて、ぼそりと呟いた。 「俺が欲しいモンを『こんなの』とか言いやがって」 「――え? う、あぁっ。待ってくだせ…!」 引き抜かれた指の代わりに、熱いモノが押しあてられる。 「ひ、土方さん、後ろから…っ」 「顔見てぇ」 言うことを聞いてはもらえないと思ってはいたけれど、案の定、土方さんはそのまま腰を進めて入って来た。 「う、あああっ。ああ、あ!」 耳元で、土方さんが熱い息を吐く。 「そうご」 「う、んん…ん、あっ」 甘ったるく俺の名前を呼びながら、ゆっくりと動く土方さんの首に、両手を回した。 「イイ、んですかィ? 俺で」 「ああ」 「俺、イイ?」 「好過ぎだ」 俺は馬鹿みたにその質問を繰り返し、土方さんは答えをくれながら徐々に動きを速める。 「あ、うあ! 俺…っ」 「もう、黙れ」 そこからは、何も訊くことができないほど激しくされて、何も考えることができないほど、激しくされて。 強い快楽の瞬間に、思い切り体が撓った。 「ん、く…っ。うあああっ」 体の奥に、出された熱で、蕩けてしまうかと思った。 いつもよりも時間をかけて抱かれたような気がする。 紫煙が漂う部屋の中で、ごろりと体をうつ伏せにして、土方さんの横顔を眺めながら思った。 「…土方さん、もしかして、怒ってやす?」 「そうだな」 「あの…どう…すりゃイイんですかィ?」 俺の声は段々小さくなってしまっていて、情けないとは思ったが、とうとう土方さんの着流しの裾をきゅっと握りしめるだけになる。 「こっち来い、プレゼント」 プレゼント、と呼ばれた俺は体を起こして土方さんの前に座った。 顔が、上げられない。 土方さんは煙草を消して、突然立ち上がると、布団を敷き始めた。 丁寧に扱ってもらったわりに、俺たちは畳の上でコトに及んでいたのだと、その布団を見て思い出す。 土方さんはさっさと布団に入ってしまい、手招きされた俺が傍まで行くと勢いよく引き込まれた。 「…どう、すりゃ…」 「俺より先に寝るなよ?」 「へ?」 「いつもお前が先に寝るからな。たまにゃ堪えろ」 罰ゲームだ、と、土方さんは目を閉じてしまった。 けれど、土方さんの腕の中で、ぽかぽかとした体温を感じていると、睡魔は自然とやってくる。 「コラ寝るな」 体をそっと揺さぶられたので、慌てて瞼を持ち上げようとしたが、上手くいかなかった。 「ん…ひじかたさん…も、だめ」 なんとか限界だということを伝えた直後、夢の中に引きずられる。 「総悟」 「んー…」 「もう、聞いてねぇか」 土方さんが何か言おうとしているのが解った。 多分、大事なコトだ。 それなのに、意識は浮上してくれない。 いつもより、もっと、お前が欲しいと、思ったンだよ。 強く抱き締められて、ごめんな、ありがとなって聞こえた気がしたから。 夢路で、絶対、おめでとうって、言わねェと。 ――彩、目も眩む朝になれ。貴方に私が、着くように―― |